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4月30日 連休の為、しばし日記を休んでおりました。決して30日坊主ではありませんので・・・・。 4月の30日、5月1,2日と出勤をすればまた4日間の休みである。中には11連休となる企業も多々あるとか・・・。そのせいかその中日である今日は比較的電話も少なく穏やかな午後でもある。 夕食は三宮にある希望(ホープ)軒に行こうと考えている。 豚骨味でなかなか美味しい。今までは元町にある天下一品がごひいきだったのだが、ついそちらに最近は浮気、をしている。 京都へ行けば駅の東側にある、新福菜館のラーメンを食べる。今までならば京大の農学部前にある天下一品で、生ビールとラーメン大盛りを注文していたのだが、こちらの方も浮気心がぐぐっと出てしまって・・・・・。 東京は新宿のアルタの裏側にある桂花ラーメンでしょう。熊本ラーメンで麺はかたいところが特徴であるが、うまい・・・・今のところ浮気はしていない。 高松に行った時、車窓越しに見えた看板が天下一・・・、「こんなところにも天一があるんですね・・・いや〜、どこでも流行ってるんですね・・・」、「いやいやよ〜く見て下さいよ、あれはね天下一大(なんかそういう名前だった)で、バッタもんなんですよね・・・」 そういえば店の構えとか雰囲気がどことなく違っていた。 流行りものの字を少しだけ変えて便乗する・・・、これは食べ物に限らず今の時代どの業界でもある、確かに。 以前、何かのニュースで見たのだが、ジュンコーポレーション(・・・だったかなんだったかよくは覚えてないがそういう名前で・・・)の社長が逮捕!なんて出ていた。 自分でその新聞を見てても、え!!なんで??と朝食を摂りながら焦りを感じたものだ。 似てはいるが全く違うもの・・・特に漢字4文字とかカタカナの場合は紛らわしいと思う。 構造計画と構造改革・・・一見似ているようだがぜんぜ〜ん違う。構造計画は理論を元に組み立てていけば形にはなるが、構造改革は・・・・どうなってんでしょうね〜小泉さん。 こんなセンテンスが出るようじゃあやっぱり暇なのかな? 連休中日のけだるい午後でした。 4月26日 そろそろこのダイアリーの引越しを考えている。 そのためには何かタイトルをつけないといけないのだが、いい名前が今のところ思いつかないままでもある。 盗撮小僧・・・これも考え直さないと、ちょっとまずいかなとも思う。 googleで検索すると、神戸、盗撮というキーワードを入れると一番目に飛び出してくる。その後は大人のサイトの盗撮関連項目がずらずらと並んでいる。 本来ならば建物を写すときは全て許可を得なくてはならないのだろうが、まあ風景としてならばいいじゃん、なんてことからあえて 盗撮 という言葉を選んだわけでもあるが・・・、イメージとしては確かに悪い。 まあそのうちにいつのまにかタイトルを替えていた、そういうところで考えておこうかと思う。 僕のほうのダイアリー・・・あまりイメージが悪いとそのうちにHP内から抹消されてしまう恐れがあるので、当り障りのないところを考えなくては、と考えている。 建築士日記・・・ぜんぜ〜ん面白くないというイメージがある。他のHPにこういうのがあるとすれば、僕ならば絶対に見ないと思う。 設計事務所の一日・・・・ますます見ないだろうな、こんなんじゃね。 設計事務所で、ポン!・・・・ネーミングのインパクトはあるだろうが、誰も見ないだろうし、すぐに抹消されてしまうことは目に見えている。 そういうわけで、今のところは仮称ではあるが うらじゅんあそしえいつ にしようかと考えている・・・・・・・。 今までの中で一番悪いんじゃないの?・・・・・ 4月25日 昨日はワインだけにしておけばよかったのに、締めくくりにとブッシュミルズというスコッチウィキーを飲んだおかげで身体がだるいまま京都に向う。 久しぶりの京都はやはり観光の街だけあって、修学旅行生とおぼしき団体が駅の周りを飛び跳ね、それを縫うようにしながらヨーロッパ或いはアメリカの片田舎から出てきたような集団がデジカメで記念写真を撮っていた。 地下鉄に乗り北大路で降りる。 ここから少し西に歩けば大徳寺というところがある。閑静な場所で僕の好きな場所の一つでもある。 以前、といってもかなり前のことになるが、京都で生活をしていたことがある。 その頃は自転車に乗って一日中京都の街を回っていた。夏の午後、せみの声が降りしきるお寺の境内は閑散としていて好きだった。庭を見ながらゆっくりと昼寝をするっていうのもまたいいものでもある。 右京区にある竜安寺でもそうやって同じように昼寝をしていた時である。先ほどのような感じのガイジンの団体がどたどたと濡れ縁を歩いてきて、 オーココハイイゾ!スバラシイニワダ・・ダケドアノマンナカニアルイシッコロハナンダ??オー!・・・なんてしゃべっている、ような感じがしたので、あれは当時の貴族が庭に石を並べることで狭い場所でその独特の空間を味わうように配慮したものなんですよ、ね、あれは虎の子渡しといって親の虎が子供を守っているように見えるでしょ?これが日本の風情というものなんですよ、とつたない英語で説明してしまった。 フゼイ・・・彼らはこの日本語はなんとなく感覚で解ったみたいであった。 だけど、トラノコワタシ・・・・これは彼らが覚えるのには非常に難しい単語であったに違いない。みんなでしゃべってるうちに・・トラノコタワシ・・・となっているのに気がついたのだが黙っていた。きっと彼らは帰りがけにその記念となる 虎の子たわし というものを京都駅で求めたのではないだろうか・・・・・。 ・・・・なんてその当時のことを考えながら、打ち合わせ場所である鷹ヶ峰にある設計事務所に向うタクシーの中でそんなことを思いだした。 4月24日 デザイナーのY氏と久しぶりに食事をする。 チリ料理の店でワインを楽しんできたので、今はいささか泥酔状態でもある。 ワインの飲み方の基本はコルクの栓を開けてから15分程そのワインが仮死状態から目を醒ますために飲みたいところを我慢して待つ、これはワイン通によれば定石らしい。 僕はチリワインは比較的やすくて美味しいと思う。 北野坂のどん詰まりから少しばかり左折したところにフランス人の友人であるエマニュエルが経営しているレストランがある。フランス人というのはプライドは非常に高い人種でもある。で、僕は彼のレストランに行くまでにチリワインをぶら下げて彼のところに行ったことがある。 フランス人の彼としては・・・・こういうワインを持ってくること自体が間違いである、君はどういうつもりでこのワインを持ってきたのか?フランスという国を冒涜するに値するものだ、ともうそれは非難ごうごうで言われ続けたわけですよ、自己嫌悪に陥るくらいにね。 で、その後彼はどうしたかといえば、キッチンに隠れてそのチリワインをさも美味しそうにぐびぐび飲んでた、・・・・・そういうことなんですよね。 あ〜、フランス人は扱いにくいよ。 4月23日 普通の生活 午前中はオフィスでスタッフと打ち合わせをしながら、電話の対応。昼一番から現場の打ち合わせを行い、それから打ち合わせをするために大阪に出る。ここんところオフィス内にいる時間が多かったせいか、阪神電車に乗り大阪に向うことが久しぶりのような気がする。打ち合わせを終え、午後7時頃オフィスに戻る。 今度は現場のトラブル対応のための電話を・・・、それが終わるとまたスタッフとのミーティング。もう時計は既に9時30分を幾分過ぎている。 さてと、これから僕自身の仕事が始まるわけだ。 デスクの上にオンザロックスにしたスコッチウィスキーを置き、BOB JAMESの爽やかな音楽を聴きながら現場処理のための書類作成を始める・・・・。 これがまあいつもの生活であり、自宅に戻るのはたいてい夜中である。 車を駐車場におき、そっと忍び込むようにマンションの扉を開け自宅に戻るわけだが、時には仕事がたてこんで帰るのが明け方になるときもある。 一度門を開け、外部階段を下りてから自宅、という一風変わった造りになっているので時には朝の新聞配達の人と出くわすこともある。彼から見ればおそらく夜遊びをしてきた不謹慎なオッサンと思っているに違いない。「いや〜仕事で遅くなっちゃって・・・・・」なんて言い訳をする方がよっぽど不自然だろうから黙って通り過ぎる。 今ではもうその不謹慎なおっさんで通ってることだと思うので彼も慣れたとは思うが、最初に会ったときは・・・・ こっそりと門を閉め、階段をこそこそと下りていく・・・・。僕もまさかこの時間に人がいるとは思ってないのでびっくりするが、そのときの彼の驚きようはすごかった。 階段を下からのぼってくる新聞配達の人、たいていは下向きになり駆け上るわけだから前は見ていない・・・突如上からあやしい男が降りてきたとしたら・・・「うをををを・・・・!!」 明け方男の大きな声が・・犬は吼えるは、猫は駆け回るはでそりゃあもう大変なことになりました。 これが僕の、普通の生活である。 4月22日 スタッフのI平君はワンルームマンション暮らしである。 もちろん結婚するまでの一人暮らしの時期を謳歌するためにそこに移り住んだわけで、そこに一生住む、と決めたわけではない。まあ彼の性格としてはどちらかといえば引きこもりたい!という明るい顔にしてはくら〜い性格がそうさせているところも、ないこともないが・・・・。 分譲マンションと賃貸マンションを比較すると、まずはネーミングのところで大きな違いがあるのではないかと思うことがある。 グレース北野坂U、とか、ガーデン異人館通り・・・とか、高級そうな感じを出しているのは常に分譲マンションである。一方賃貸マンションの場合・・・ちなみにI平君の住んでいるところは・・・ア・ムール団子坂(名前は差し障りがあるので仮名にしてますが)・・なんとなく少しトーンダウンした名前を控えめにそして堂々と出しているところがまた泣かせるところでもある。 次に、その総称である。 分譲・・・と賃貸。後者はイメージとしては安普請は少々は目をつぶろう、どうせ出て行くんだから、と諦めにも似た気持で決めてしまう場合が多い。前者はとなると、目をつぶって清水の舞台から飛び降りる心境で、ええ〜い、ままよ!と買ってしまうことが大抵ではないだろうか、いかに価格が下がったとはいえ。 共通点といえば最終的には諦めに似た気持が伴うということである。 その中間というものがあれば需要側はそういう気持にならなくてもすむ・・・そういうところを最近は考えてはいる。 例えば、男ばかりのワンルームマンション・・・イメージとしては汚いわけで入り手は少ないはず。従ってこういう場合はネーミングを従来よりもインパクトを与えなければならないだろう・・・・賃貸野郎とか・・・・。冗談です。 女性ばかりのワンルームマンション・・・男の側からすればまるで花園のようなイメージがある。まあこういう場合はネーミングなんて関係ないぜ!とお考えの男性も確かにいることはいるだろう。 ワンルーム・・・というところがネックにはなる。 もう少し広くてしかも快適で、閉鎖的ではあるが一種の特権意識を持てるような、そういう住宅があれば・・・。 最近は時間があればそういうことを考えている。 おかまっぽい人ばかりが集まる集合住宅・・・ローズガーデン三宮・・・・・。 たとえ名前がよくてもこういうところには決して入りたくはない。 4月20日 長男の旅立ちの日である。 18時15分NZ行きの飛行機に乗るべく、関西国際空港に向う。 朝からあわただしく支度をし、まあこのままあわただしく飛行機に乗っちゃうんだろう、そういう送り方が一番いいのかもしれない、と考えていたのだが・・・・状況は違った。 午後4時頃空港に着き、搭乗手続きをしているところへ次から次へと彼の友人たちがやってくる。9人ほどの友人が周りを取り囲んでその旅立ちを祝福してくれている。しかし時間が経ちそろそろ・・・という頃になると一人づつ涙ぐんでくる。 高校時代柔道部に属し県下に名をとどろかせた身長180を越える、通称ヒロリン(何故か名前はかわいい)までもが、泣いている・・・。 悲しみの涙ではない、大人になるためのこれも彼らにとっての一つの儀式ではないかと思う。 知らなかった長男の世界、いい友達に恵まれた彼の姿に僕もトイレでそっと涙した・・・。それは決して別れのそれではなく、成長した彼の姿にで、ある。 大好きなベースギターを何とか機内に持込むことに成功した彼はそれを抱えながら、手を振りながらゲートに消えていった。 うまくいけば4年後、一回り大きくなって僕の目の前に現れるであろう彼に負けないよう、僕ももうひとまわり大きくなっていたいと思う。 4月19日 朝一番で三重県名張市に行く。 昨年の今日亡くなった友人Yの1周忌のためである。 ソフトメーカーのSEをしていた彼とは、10年以上の付き合いでもあり、8年前僕が独立することを決めた時から何かと相談に乗ってもらっていた。当時東京勤務だった彼に頼み込んでコンピューターの周辺機器を車で神戸まで一緒に運んでもらったこともある。 仙台勤務になった時には某ゼネコンとの仕事を仲介してもらったこともある。 他人に対しては気を使い、最後まで面倒を見てくれる、そういう性格の持ち主でもあった。 コンピューター関係については全面的に信頼を寄せており、何かあればいつも時間もお構いなしに彼に聞いていたものである。 いつの頃からか、元気がないような口調ではあったが、しつこく電話で聞いてくる僕に対して、そんなことは自分でやってよ・・・・という程度のことかなと思っていたのだが、そうでもなかった。 彼が亡くなる前日まで電話で話をしていた。彼からの手紙がオフィスに届いたのは土曜日、 オフィスに出てはいたものの郵便受けを見ないまま週があけ、その手紙を見たのは月曜になってからだった。木曜日にその手紙(つまり遺書)を投函し、そのまま彼は、逝ってしまった・・・・・。慌てて月曜日に千葉に向ったのだが時既に遅し。 あれからもういつのまにか1年が経っちゃったんだね、と同行していた彼とは共通の友人でもあるT氏と晴れ渡った名張の住宅街を歩きながら彼の待つ家に向ったわけである。 最後に大阪のとあるバーで彼が飲んでいたJack Danielをぶら下げながら僕は家のインターホンを押した。 4月18日 一年に一度オフィス全員で定期検診を受けることにしている。 受ける日時は各個人ばらばらになる場合もあって、今日は僕のいとこでもあるT女史が朝から受けてきた。通常バリウム(胃の検査には必ず出てくるヤツです)を飲む場合、食事、水といった類のものは前日の午後9時までとし、朝食は摂らないで来院してください、と渡された注意書には書いてある。もちろん酒タバコは禁止であることは言うまでもない、と。 T女史はいたって健康で太陽が出た途端に起きだし、太陽が沈むと寝てしまう、まあそこまではいかないにしても、胃のほうは特にいたって健康である。 当然午後9時以降も腹は減る。朝はもうぐうぐうになってるのは言うまでもない。 検査室で・・・・バリウムを飲むときはあのまるでマックシェイクのようなコップにたっぷりと比重の大きい、つまりずっしりとした白いものを一気に飲まなければならない。その前に胃を膨らますためのピンク色をしたこなこなも一緒に飲む・・・・。 たいていの成人男性ならば、もうここで おえぇ〜 となるわけだが、彼女の場合はそうではなかった。 何せ腹が減ってもう目がまわっている状態だからして、そのピンクの粉を一気に空け、マックシェイクを・・・グビグビグビ・・・の、プハァ〜である。一気に飲み干していく彼女を検査室の窓を通してみていた検査員は慌ててそれを制止しようとしたのだが、時既に遅し、である。やっと落ち着いた彼女はおもむろにその検査員に向って一言・・・ 「お代わりいただけますぅ?」。 4月17日 今週の土曜日、長男が留学のためにニュージーランドに旅立つ予定となった。 18歳の独立である。 僕は彼に対して、大人になる前の儀式を今日はひそかに行おうと考えている。 三宮の一角、細い路地を北に歩くと、あるビルの2階にエリースというJAZZバーがある。時間を決めてそこのオーナーがトリオでのJAZZ演奏を聞かせてくれる店でもある。 ボーカルにベース、そしてピアノ、という編成である。 ハイボールというバーでの定石でもある飲み物を注文しながらほんの僅かな時間彼と一緒にその演奏を楽しもうという魂胆なのである。 手元の携帯の電話が鳴る・・・・。 いつもはなかなかできない親子の対話が今夜これから始まる。 (え?未成年なのにだめでしょって?・・・・・・) 4月16日 オフィス内のBGM・・・これは結構気を使うところでもある。 今までいろんな設計事務所に出入りしてきたが、そういったところに結構気を使ってるところもあるし、またそうでないところもある。 入った途端にCDプレーヤー(・・・だいたい本棚の上とか、まあそういうところに置いてあるのが設計事務所ではよしとされている)からモー娘が勢いよく流れてるオフィス・・・、男ばかりである。 FMから女性DJがけたたましくしゃべってるような、そんなBGM・・・・たいていはみんな聴いてはいない。たまに民放ラジオから「 ありがとう!浜村淳です」を流しているところもちらほら、ある。打ち合わせをしているさなかに、交通情報が耳に飛び込んできて、「 ・・・今、淀屋橋あたりは大渋滞で・・・・」なんて聴いちゃうと、もう打合せどころでなくなっちゃう場合もある。 僕が最初にサラリーマンをしていた事務所は、静かだった。 入ったばかりで何もわからないときに、これでも読んどいてって渡されたのが、「鉄筋コンクリート構造設計規準・同解説」だった。分厚い本で中身を読んでもさっぱりわからない・・・、そういうところで、当時は今のようにCADで図面を書くわけではなく、ドラフターというものに向ってコツコツと線をひいていく作業を行っていたわけだから、そのコツコツにシャープペンシルで時々字を書く音・・・カリカリ。そのコツコツとカリカリが僕にとってはちょうどいいBGMになって、更に加えて構造事務所に勤めている人たち特有の小さな声での電話・・・「あーーー、もしもし・・・・xxですがね・・・・・」、コツコツのカリカリの上に「あーーー・・・」・・・・、まるで南の島で鳥の声を聞いているような状態に似た環境ですぐに眠ってしまうような毎日だった。 クラシックがかかってる事務所も時々ある。あくびをかみ殺しながら打ち合わせをするんですけどね、実は。 ウチのオフィスでは、じゃあどんなのがかかってんだよぉ〜、と聞かれるとですね、日常は有線のイージーリスニングが主となってることが多い。夜一人でいるときなどはA13のJAZZを選んでいる。夜、僕が打ち合わせから帰ってきたとき扉を開くと、・・・・・そこはモー娘が勢いよく大きなボリュームでかかっている。 男だけの世界でもある。 4月15日 携帯での渋滞 日曜日、久しぶりに大阪へ出た。 ヨドバシカメラはJR大阪駅を出るとすぐ見えるところにある。平日は仕事でよく歩いている場所ではあるが休みの日となるとやはり人が多い、のだがどうも進み方が遅いような気がする。信号が変わる前にさっと何人かで飛び出してすたすた歩いていく、っていうのが大阪ならではの姿なのに・・・・、よく見ると、先頭集団を形成しているのが若い女性の列で、しかも3人横並びでみんな携帯で電話をしている。その後ろを追いかけていく集団も少しオタクが入ったような大学生くらいの兄ちゃん達が、やはり・・・携帯である。それに加えて皐月賞でとってやるぜぃ!!なんて意気込みながら新聞を読みながら歩くおっさんがその集団に加わっている。信号を渡ったあそこに、ヨドバシが・・・僕の願いも空しく信号はまた赤に変わる。まあ皐月賞のオッサンは別として、携帯で話しながら歩く姿・・・っていうのはやっぱりみっともないですよね。中には堂々と、きちっと背筋を伸ばして大声で「そうか!よしっ!!ガッハハハハハ・・・」なんておっさんもいるんだけど・・・やっぱリこういうのって日本人だけなのかなぁ、と思ってしまうこともある。 オフィスの向かいはワールドのビルである。 僕は窓際だからよく目の前の階の会社の人たちの動きが見える。お互いにそういうのは礼儀としてというのもあるので普段はブラインドウを下げて見えないようにはしているが、見える。 その階の会社の社長は実は僕の友人でもあるので、時々夜中に携帯で顔を見合わせながら・・「いやぁ、お互いに遅くまでやってますねぇ・・・・」とやることもある、手を振りながら・・・・・・。 やっぱり僕も日本人なんだなぁ。 4月12日 松山出張 出張と言う場合内容としてはたいてい次の3つのうちどれかということが多い。 営業だけの場合、営業を兼ねた技術的な講習会の場合、それに現場でのトラブル解消、である。今回は3番目のトラブルバスターとして瀬戸内海を渡ることになった。これが一番辛い仕事でもある。「 ぜんぜんわからないから説明して欲しい」とか、「図面どうなってんの、これ?わかんないよぉ、こんなんじゃ〜」・・だいたいいつもこんなものです。 出張となると比較的遠距離でもあるから、そこの担当者とはそこへ行くまでどんな人なのか全くわからない、それまでは電話だけでのやりとりなので。 そこへ行くまでに想像することは、まず、現場責任者、つまり所長の感じとしては赤井秀和似の大柄な男、そして主任クラスは竹内力を少し品よくしたような30代半ばの男、そのまわりを松村邦博似のスタッフがばたばた動き回っている・・・そういうイメージがいつもある。今回も松山駅に降り立ち駅前のうどん屋でかきあげのトッピングをのせた讃岐うどんを食べながらそういう思いにふけっていた。 初夏を感じさせる松山市内の道後公園近くにその現場はあった。 「失礼します、ジュンアソ・・・」というまもなくその現場の所長はにこにこしながら僕を迎えてくれた。「いや〜、遠いところをはるばる・・・」。赤井秀和ではなかった。 病院で技術関係の仕事をしているような、そんな感じの所長だった・・・・。そこには竹内力も松村もいない、事務的なオフィスを思わせるそういう現場だった。 内容といえば、ごちゃごちゃした配筋をもっと簡単にできないか、来週役所の検査があるからその前に下見をしてもらえないだろうか・・・その程度だったので、いとも簡単に僕に与えられた仕事は終わってしまったというわけです。あ〜、悩んじゃって損したな、という気分で往復8時間の日帰り出張は無事に終わりました。 (8時間の旅・・・飛行機ならばハワイまで行けちゃう時間ですよね。できればハワイの現場だったらどんなに辛い仕事でも飛んでいくんだけど・・・そういう仕事ないですか〜?) 4月11日 涙目の男 ランチはオフィス内で6人揃って摂る習慣がいつのまにかできてしまった。コンビニあたりでお弁当を買うこともあるし、たまにはご飯を炊いておかずを買ってきて食べることもある。納豆、これは好き嫌いが別れるところでもあるが、スタッフの西原君以外は食べる。 納豆はかき混ぜて糸がひくようになってから醤油、そして辛子を混ぜる、あとはお好みで葱、卵を入れるという食べ方が納豆の正しい食べ方、らしい・・・・。 西原君はその糸を見ただけで涙目になってしまうのですよ、かわいそうなことに。 食べている間にその納豆独特の匂いをかいだだけで、彼は既に涙を流しながら食べているので、最近は食卓に出ることがほとんどなくなってしまった。 嫌いなものは誰にでもあるわけだが、一人だけそれが食べられないというのは本人からすれば、何か輪の中に入っていけない一抹の寂しさというものを感じてしまうのは、わかる。以前ほんの数分だけのテレビ番組で「食いしん坊万歳」という食通を名乗る男が各地の特色ある食べ物を食べて批評を下す、そういうのがあった。一番強烈なインパクトを与えたのは、宍戸錠(わからない人にはわからないと思う)が滋賀県で、琵琶湖畔で船に乗りながらフナ寿司を食べるシーンだったなぁ、やっぱり。ああいう番組は本番前に何度もリハーサルがあるわけだから、錠さんは何度も食べているはずだ。僕は食べたことはないけれど、聞いた話によるとまずその匂いが頭にぐぁ〜んときて、食べるとジーンとくる・・・・ 相手の説明がそのようなものだったので、まあ感覚としてはなんとなくわかるからそういうものかと軽く聞いていたけれど、そのぐぁ〜んにジーンを彼は何度も繰り返し行い、そして本番となったことは予想がつく。アップになってさて食する、という時の彼の顔は既にこわばっていて・・そしてパクっと口の中へ・・・「 うん・・・なんともいえない・・・うん・・・うん・・」、・・・・・・・・・・涙目だった。 ちなみに僕の場合は、台湾の台中市で食べたアヒル鍋・・・お箸でつかんでがぶりとやったとたんにそれが爪の生えた3本(・・だったかな?)の指をもつ足だったことがわかった時に・・・涙目になった。 4月10日 最近は朝1時間ほど早くオフィスに出るようにしている。 「 朝早く目がさめるようじゃあしょうがないやねえ、歳とった証拠だよぉ・・・・ 」なんて言う人もいるかもしれないんですが、どうもそうではない。朝早くのほうが仕事ができるということに気がついたからなのです。どうせ9時30分過ぎなければ出てこないから・・・なんて思われてるだろうからその隙をぬって電話がない1時間で仕事をする、意外とできるんですよね、これが。 計画書であろうが、現場のややっこしい処理のための書類であろうが・・・いやぁ、われながらできるもんだなと。そしてスタッフが出社してくる頃にコーヒーを・・・余裕の一杯ですね、これって。そうなると、夕方頃に時間が空いちゃってすることがなくなってしまうもので、普段は散らかし放題のデスクをおもむろに片付けたり、本の整理をしたりしてしまいます。この間オフィスのレイアウトを替えたばかりだから、うん、ここはこういうほうがいいかな、なんてね。スタッフは締め切りに追われるまま無言で仕事をこなしてるというのに・・・。 なんだか窓際に追いやられ、帰りはあの店で一杯やってくか、なんて考えてる晩年のサラリーマンの気持を一瞬味わった気持がします。それにこんなことを書くと朝一番からまた電話がかかってくるだろうし・・かと言って更に一時間早く出社するのは、これはまず無理だろうし・・・、やっぱりいつもどおりの生活にもどすほうがいいかな、と素直に反省し、明日からはまたいつもの時間に戻すことにします。やっぱりこういうことは3日と続かない性格にできてるんですね、僕は。(K社の皆様、そういうわけで電話は9時30分以降じゃないと出社してませんので、あしからず) 4月9日 最近日が長くなってきたので、夕方の散歩を兼ねてスタッフと夕食をとりに出かけることが多い。こういう時はどこへ行くかといえば・・・やっぱリ中華街で決まり。 なぜかというと屋台で出ている食べ物が豊富で、しかも安いからなんですよね。鱶鰭(フカヒレ)のラーメンが一杯250円、左下の写真のように中華バーガーは200円、しかも北京ダック入りがですよ。店に入って食べるよりも美味しそうなものを選んで立ち食いをする方が気分転換にもなるし、結構お腹一杯になります。諸口あきら風(・・・・わからない人にはわからないでしょう)の中国人の兄ちゃんがどんどん歩いてる人にお箸を渡してラーメンを渡していく、一種のぼったくりラーメン屋かと思うほどだけど、みんな食べちゃうんですよね、つられて。その渡し方のリズムがまたいい。 仕事の帰りもわざわざこの中を通って、ラーメンを食べながら、よその店で焼き豚を買いつつ中華バーガーをほおばる・・・・これが粋ってもんですよ、あなた。 お寿司で一番美味しいものがサーモンだと思い込んでいた盗撮小僧F君も、最近は少しづつグルメ少年になってきました。 4月8日 オープンデスクに参加してくれているKさんは名古屋出身である。 「 お昼は何にする? 」 「 えびふりゃあ、お願いします! 」・・・・とは言いません。こんなことを書くと怒られてしまうと思いますが。 関西弁も、関東の人から見れば「なにやってまんねん」と言う口調の言葉遣いをするものと決め込んでるようですが、そうでもないのです。逆もまた同じで、関西の人から見れば・・・「 だからさぁ、ぼくってさぁ・・・・」・・・すっかりきざな人ばかりが、住んでいるものと考えているように思えるがそうではない、と。 関西でも、京都、大阪、神戸でも少しづつ言葉遣いは違うのです。京都では「 怒ってはる・・・」少し優しい感じが、大阪だと、「なに怒ってんねん!!」ちょっとこわい〜。これが神戸だと「おこっとーでぇ・・・」・・・となる。 以前オフィスでそういう話をしていて、京都弁にからめて石が落ちたってところを「 石がおちたんどすん・・」・・・妙に受けたことがあります。これは 石がおちたんどすぇ・・・ にからめての洒落であることはもちろんわかりますよね? これを聴いていた元スタッフがある席で受け狙いで話をしたことがあるそうです。 「 ・・・・石がドスンとおちた・・・・??」、もちろんその場がおおいにしらけたことは間違いないでしょう、きっと。 4月5日 そろそろ入学シーズンとなりました。先日は卒業式のことに触れましたが、入学時のことについての思い出を少しだけ・・・・。 友人Mは、彼が入学する時期に既に彼の同期たちは卒業という状況だった、つまり彼は事情はわからないけれど、四浪を余儀なくされていたんですよね。入学式の当日の朝まで鉄工所でアルバイトをしていた彼にとって、やはり入学式というものはメモリアルなものであるからしてそのまま急いで式場にやってきた。そのときの彼のいでたちは・・・鼻の下とあごから伸び放題の髭に、髪の毛は肩まで伸び、サファリ風の半そでジャケットの上から網目上着をはおり、よれよれの擦り切れたジーンズを・・・(当時の服装はわからないんだけど、まあ大学在学中ずう――っとそういう格好だったので、おそらくそうじゃないかと思う)、しかも日常の運動不足がたたって少々肥満気味・・・具体的にいえば、そう、ちょっとぐれたアサハラショーコーを想像してもらえばいいんです。 そういういでたちの人間がですね式場にやってきたら、やっぱり警備のおじさんたちはびっくりするでしょうね、「こいつは一体なんだ??まさか?新入生・・・・悪い冗談いってんじゃねーや・・・・・」なんてね。そういうわけで、彼にとっての入学式のメモリアルは式場の前で終わった、と後になってマージャンをしながら僕に教えてくれたんですよね、サファリジャケットの前をはだけながら・・・。 4月3日 オフィスの位置からすれば、三宮方面を通り北野坂をだらだらとのぼった辺りにあるバ−・・・CAFEBREAKにリンクさせてもらっているS氏の店がそこにある。 半年に一度顔を出せばいいほうだけど、いつ行ってもS氏独特の低い声で僕を迎えてくれる。手際のいい身のこなし方がいつ見ても鮮やかで、いつのまにか手元にグラスが置いてある。・・・ふと思い出したら行ってみたくなりました。今日お邪魔しますね、志賀さん・・・ たまには一杯やりたくなる、そういう日もなくっちゃね。 というわけで今日はこれまで(名前を出すんだったらもったいぶってS氏と書くことはないって?細かいディテールにはこだわらないように・・・) 4月2日 3日坊主という言葉があります。 思いついた言葉を適当に書くつもりだったので、さほど気にはしてなかったのですが、書いてみると結構気を使うところはあるものです。もうそろそろいいかな、なんて気になってるのも確かで、このままいけばおそらく僕のことだから1ヶ月程度はほったらかしにしておく可能性も大いにあるわけです。そういうわけで今日のところは・・・・と思ったのですがまあせっかくここまで書いたのでもう少し書くことにしましょう。 もうひとつこれに関連して考えてみれば・・・・間際までしない、ということも僕の悪い癖のひとつです。 「 計画書持って行きたいんだけど出来てる? 」、「 ちょうど今やってるところなんで、もうあと15分ほどでFAXしますから・・・どうかひとつ・・むにゃむにゃ・・・」・・・ まるで蕎麦屋の出前と同じ。朝一番に督促の電話が入るや否や・・・そこで忘れてたことに気がついてくだんの言葉が思わず出てしまう、それから始めるんですよね、本当のことをいうと。K社の皆様ごめんなさい、実はこういうことだったんですよぉ。・・・誰も見てないことがわかってるからこうやって堂々と書けるんだけど、もし見てたらすいません。 4月1日 週末に盛りを過ぎてしまった桜並木の道を通って、できるだけまだ残ってるであろう道を選びながらオフィスに出社してきました。去年の今頃、東京出張で仕事が終わった後千鳥ヶ淵から皇居、武道館へ続く桜の散る道を歩いたことを思いだします。そのときは何を考えてたのかというと、大学をやっと卒業できる年のことを・・・・、式は武道館でとりおこなわれたのですが、これで本当に卒業できるのだろうか…ひょっとして、実は単位がまだ足りなかったので「 いや〜、悪い悪い君だけはもう一年・・・ 」なんて言われたらどうしよう・・・そういう気持でしたね、本当に。まるで長い務めを終えた囚人のような、そして今日から晴れてシャバだぜぃ、なんて事を考えつつ塀に背を向けた男・・・そのときはそういう心境だったんですよね。だけど、今でも単位が足りないなんて夢、これは見ますね。 春・・・・一年で一番いい時期ではあるけれど、僕にはそういう思い出がいつもながら蘇ってきます。明るい日差しの中、デスクでボーっとしているところへ一本の電話が・・・・ 「 xx大学の事務のものですが、いや〜、悪い悪い・・・・・」 エイプリルフールな、そういう日です、4月1日は。 |