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6月28日 黒縁メガネの卓球ぶい〜ん・・・ 黒猫ヤマトのメロディーにのせるとなんとも、あう。 嘉門達夫が一度ラジオでやっていたのがいまだに耳について離れない。 そういうことってないですか?ふと頭の中にその曲がもやもやと出てきてずっと流れているとか、それに似たような感覚で、嫌なことを言われたとする、その相手の言葉がある日急に浮かんできて腹が立つ、なんてことがね。 今週で6月も終わる。 何回かこのダイアリーにも登場してきたK社のY部長も今週限りでめでたく退社、となる。 思えば、地震の直後「ちょっと手伝ってくれないか」と電話が入り、それがきっかけとなり今日までジュンアソシエイツがここまで来られたのも、Y部長がいたからこそだと言っても決して過言ではない。 温かく愛を持って見つめていただいたことには感謝の意を表したい(決して変な意味の愛、ではない)。 ただ・・・・随分怒られた。 電話でも機嫌がいいときと悪いときは、その出だしですぐにわかってしまう。 電話の鳴り方でも・・「来たな!」と思ってしまうこともあった。 「どうなってんだ?おぅ!!!!このばかやろうがぁぁぁぁぁ・・・」 とは言わないが、そういうインパクトがあった。 今でも、ふとその怒りの形相、或いはその声が浮かんでくることがある。 ただ、どうして怒っているのか、どうして怒られているのかがその電話を通してわかるようになってきたし、わかるようになってきたからこそ僕自身も随分成長してきたように思う。 何かトラブルがあれば、すぐに飛んでいって対処をし、すぐに相手と仲良くなってしまう、といったそういうところも僕はY部長の後ろについて勉強した。 僕に残してくれたY部長のそういう財産を、今後は僕がそれを引き継いで、後から来る人に残していきたいと、そう考えている。 Y部長、お世話になりました。そしてありがとうございました。(ジュンアソシエイツ一同)。 ・・・・と、書いたものの、コンピューターの扱いに慣れてない人だから、多分見てないんだろうな、きっと・・・・。 6月27日 こうしてオフィスで仕事をする、だけが設計の仕事ではない。 一番大切なことは現場に出て、自分が設計したとおりの状態になっていることを確かめていく、ということが建物の品質を高めることに対しても一番重要なことでもある。 初めて現場に出たときは何がなんだかわからなかった。 慣れないヘルメットをかぶってうろうろしていると、鉄筋を肩に担いだいかつい鉄筋屋のオッサンが、邪魔なんだよ、おめぇはよぉ〜、と言わんばかりに鉄筋を揺らしながら傍らを通り過ぎていく。 ん?よく見るとヘルメットの横に小さく何かが書き込んである。 もちろん、**鉄工とか、そういう会社の名前はあるのだが、そういえばみんな同じ場所に何かが書き込まれている・・・。 よ〜く見ると、血液型だった。 そうか、そうだったのか〜〜、いやね、みんな怖いように見えるけど、実は血液型で僕の性格を判断してね、そういうことなんだろうな。 夏の陽射しを浴び真っ黒になったヒグマのようなあのオヤジも・・・B型ね。 怖そうに見えるけど実はマイペースで長島さんのように天真爛漫な性格なんだよね、とかちょっと痩せ型のヤクザっぽいあのオッサンは目は怖いけど、O型だ。心は広いんだぜぃ・・・そう語っているものだと思った。 なんせ現場には人が多いからこうやってお互いのコミュニケーションをはかろうと考えてるんだろうなと、少しばかりほのぼのとした気持になって彼らの作業する姿を眺めていたものだ。 え?そういうものなのかって? もし事故があったらすぐに病院に運んで輸血をしなくちゃいけないでしょ?そのためのもの、と気がついたのはその後しばらくしてからのことであった。 よかった、こわ〜いヒグマにコミュニケーションをはかろうとしないで・・・・。 6月25日 日記を書くことを滞納してしまった。 この時期になるとやはりさぼり癖がむくむく頭をもたげてきて、ま、いっか・・・となってしまう。 「え!毎日書いてるのぉ?知らなかったな〜・・・・」とか、「全然更新されてないじゃん、どうなってんだよぅ!!」とか、様様な反応がある。 スタッフのI平君などには、「3日分溜まってますよ、書いといて下さいよ!!」まるでアパートの大家さんのような口調で言われることもある。実は今も言われた。 以前K社に勤めていたTa女史の訪問を受ける。 相変わらず華やかな顔立ちでオフィス内も明るくなった。 記念にとデジカメで写真を・・・ということになったのだが、 「あ〜、それデバガメなんですね!!」 明るく伸びやかな声で言う。言うのはいいがちょっとそれはまずいんじゃない? 「出歯亀」・・(女湯などを)覗き見する変態性の男、広く、好色漢。 と国語辞典にも載っている。 ずううっと思い違いを引きずってきているらしい彼女の口から更に、 「デバガメだったら、すぐに見れるんでしょ?」 まあ、その手の類を出歯亀と呼ぶのだからね。 デジカメが登場してきた頃、「みどりがめ、なら知ってるけどよぉ、デジ亀・・・ってどんな亀なんだ、おい!・・・」といった手合いのオッサンはさすがに姿を消したが、 むむむ、出歯亀とは・・・・恐れ入りました。 出歯亀、に写真を撮られたTa女史はそのまま明るい雰囲気を残しながらオフィスから去って行った。 6月20日 最近はオフィスにいる時間が少ない。 外に出るということはこういう仕事をしている限り必要なわけで、それなりにスケジュールを決めて営業にまわるということを重視しているところでもある。 外に出て人と話をすることで最新の情報を得る、ということも少なくはない。 本町のこの蕎麦屋はうまいとか、難波のあそこのラーメン屋は醤油味で・・・ そういうことではないでしょ!! 仕事の上で役立つ生きた情報、というものが得られるということである。 阪急電車に乗り移動をしている時、たまたまその時は座席に座って文庫本が読めるような状態だった。岡本あたりだったか学生と思われる女性達数人が僕の目の前に立った。 このあたりだと、おそらく神戸女子薬科大(?、そういう名前だったかな???)あたりだと思うのだが、聞くともなしに話が聞こえてくる。 どうやら試験の話なのだろうか・・。生の卵とゆで卵の見分け方、といったようなことが試験に出たらしい。簡単なようで僕のような台所にはなかなか立たないような男には難しい問題でもある。 要はその卵が立つか立たないかで見分けるのが正解らしいのだが・・・ 「**さんは、見ればわかるって書いたらしいんだ」と一人の学生が言う。 見ればわかる・・・・、見てしんぜよう・・の世界か?易者なんだろうか・・・ ぼーっとそう考えてると、 「だって、あの子、卵屋の娘でしょ!ちょっと、そんなんあり〜〜?」 今でも、卵屋、ってあるんだろうか・・・。そのあたりも不思議に思ってしまう。 これも生きた情報としては、使えそう・・・・使えないよね、こんなのは。 6月18日 「今景気のいい業界なんかあるんですかねぇ・・」「ヤクザ屋さんなんかいいんじゃないですか?」 中津での打ち合わせの帰り道、C設計のI氏とそういう話をしながら駅まで歩く。 ヤクザの業界でもリストラなんてあるんだろうか・・・、ふとそう思った。 そうするとリストラされたその業界の人たちはやっぱりハローワークに通うことになる・・・。次の仕事ってどういう条件で探すんだろうか・・・。 暇なもんだからいろいろ考えてしまう。 想像はますます展開して、もともと腕っぷしが強いわけだから、じゃあ、そういうところで仕事を探すんじゃあなくって、自分で例えば民間のボディーガードかなんかの会社を作ればどうなんだろうか・・・。 景気が悪くなってくると、おのずと治安も悪くなってくるんだからいいんじゃないかな。 そういうところへ頼みに行くと、いろんなヤクザさんのカタログを見せられて、プロフィルが記載されている。 怖い顔をしてるんだけど、趣味はビデオ鑑賞とか音楽鑑賞とかね。 刺青は太股にドラえもん、そのサイズまで書き込まれてあったりして。 ちょっと怖いけど、ひょっとしたらそういうのって出てくるかもしれない、と思う・・・・。 個人的なリストラどころではなく、業界自体のリストラというものが出てきてもおかしくはないような気はする。 設計事務所にしても責任の所在をうやむやにしてしまう場合が多々あり、最終的にはデザインという絵に書いたもち、をこねくりまわしているところが多いような気もするのである。 これから先はシステム化を行い、テクノロジーを伴わなければいずれはこの業界自体淘汰されるのではないだろうか、とも考えている。 ちょっとぼかした言い方かもしれないが、これについては僕自身そういうトラブルを最近いろいろ見てきて感じているところでもあり、昨日日記を書かなかったのはそういうところが原因して落ち込んだせいもある。 蒸し暑い日でもあった。 阪急電車の扉が締まる寸前にいささか太り気味の男性が混み合った電車の中、そして僕の目の前に飛び込んできた。 上着を脱いでるからこそ、そのまるでシャワーを浴びてきたような濡れたシャツが僕の方に・・・・。首筋からは搾り出すような感じで、玉の汗が飛び散る・・。 たまたま乗った車両が弱冷房車、ときてるから、もうたまらない。 黒くシミのようになったシャツが僕の上着にペターーっと・・・・。 暑さによる不快感、不快指数というもので表すのだが、こういう場合は、例えばアセカイタオッサンとかなんとかでの表現方法のほうがいいように思える。 5アセカイタオッサン・・それは暑苦しいよね〜〜・・・とか。 こんなことを書いてると、僕が真っ先に淘汰されそうだ。 6月16日 議論する。 最近よく政治家がテレビで使う言葉である。 今日もサンデープロジェクトを見ていてその言葉が頻繁に出ていることに対しては食傷気味な気持ちになった。 議論をすることでビジョンのある、つまり建設的な展望が開ける方向に向う光景が見えればそれはいいのだが、テレビでの政治家の発言は、いまだに旧態依然とした保守的な考えに立った派閥同士の喧嘩をしているに過ぎないように思ってしまう。 司会者にしても、コメンテーターにしても本当に現状がわかってんの?という風に思えてしかたがなぃ。 ワールドカップにしても同様で、なんか、のせられてるような気がする。 単にエネルギーのぶつけどころを何かに乗じて発散するだけであり、本質的なものに触れているとはどうしても思えないんだよね。 この間の道頓堀川における騒動も、結局明石の花火大会と同じじゃないの? 人が集まるところで、人の集まるところに駆けつけて、そこではしゃぐという野次馬根性的な発想で、孤独な気持を紛らわせようという手段に過ぎないと思う。 志賀氏が日記で書いているように、これからはもっと自分を応援する、というところに目を向けていかないと集団の中でしか生きていけないような、成長のない民族性がまだまだこの先続くような気もする。 久しぶりの休日、バルコニーでビールを飲みながらこれを書いているので、またまた過激なことを書いてしまっているのかもしれないが、飲んでなくともそういうもやもや感は、ある。 (本音として。日曜特別版、でした) 6月14日 壁を隔てて隣の会社から歓声が聞こえてくる。 わかってるよ、ワールドカップでしょ。こっちはテレビを見たいのを我慢しながら電話の対応をしてるというのに・・・。 まあ、騒ぎたいのはわかりますよ、だけど、いい年こいたおっさんばかり集まってそんなに騒がなくってもさ〜。 確かに日本が決勝トーナメントの切符を手に入れたことに対しては素晴らしいと思う。ただ、そのトーンを落としているのは、それに乗じてバカ騒ぎをしているサポーターであるというのが僕自身わかっている。 だって、週末ちょこっと三宮に出て飲みたいな・・・と思っているんだけど、行ったらきっと街中こぞって大騒ぎをしているその光景が見えてくるんだもん。行く気もしなくなって、今日はおとなしく帰ろうーっと、ってなっちゃうでしょ。 騒ぐならもっと個性のある騒ぎ方をしてもらいたいものだ。 テレビから映し出される各地の光景はどこでもみんな同じ騒ぎ方をしている。顔にメークをしてお決まりのピースマークをカメラにぶつけてくるヤツ・・・・まあ、どの国でもそうなんだろうけど、ちょっと違うんじゃないの、と思ってしまう。 阪神タイガースが優勝したときなぞは、道頓堀川にケンタッキーのおじさんまでもが飛び込んだものだ。 「大阪ミナミからの中継です!おっと道頓堀の川に今度は食い倒れのオッサンが飛び込みました!!」・・・どうせならそこまでやってもらいたい。 おっととと・・・僕も少し過激になっちゃったぃ。 集団でしか騒げない、いや、集団化することでエネルギーのぶつけどころを間違っているんじゃないのかな、と思っているのは僕だけではないはずだ。 週末になると少しばかり緊張感がほぐれて疲れが出てくる。それに反比例して週明け提出の仕事が溜まってくる・・・・。 テンションが低くなりつつあることを感じる週末の夜、でもある。 6月13日 以前ここで登場したバリウム一気飲み、のT女史は自転車に乗れない。 但し,足は速くて今日も三宮からオフィスまで3分で走って来たということである。 通常徒歩10分〜15分のところを3分に縮めてしまったわけだ。 朝の通勤時に走る女・・・・客観的に見るとどう思うんだろう。 遅刻したんだろうな・・・・ならまだいい。トイレが近い、そう思った男性もきっといることであろう。 その彼女が自転車に乗る決意を固めたらしい。 「どのくらいで乗れるようになるのかな?」「そうだな〜、10歳までだと、1日あれば乗れるんじゃないかな。10代だと1週間くらい、20代だと1ヶ月、30代で半年、40代だったら1年くらいじゃあ・・・・・」 「そんなにかかるのぉぉぉ・・・・」・・・いや、彼女がいくつだとは言っていないが、まあ、時間がかかるだろうと、そういうことだ。 「すぐに乗れるようにするには・・・前と後ろに補助車をつけて都合6輪車だと安定してると思うけどね・・・」一瞬そういう自転車をハーバーランドあたりで後ろを支えながら一緒に走っていく自分を想像してみた・・・。 「やっぱり、自分の足で歩いた方がいいと思う・・けどね。」 その話を聞かないまま別のスタッフと自転車の話をしている。 バリウム飲んだまま乗れば安定するから意外と早く乗れるようになったりして・・・ 心の中でそう思いながら彼女の後ろ姿を見つめていた。 6月12日 加納町志賀氏からメールをいただいた。 たまたまホームページにふらっと立ち寄った、そういう感じのメールであったが嬉しいことである。 ただその文章の行間からは、お!小川さん頑張ってるね、という励ましの気持を読み取ることが出来た。暇だから遊びに来てよ〜〜・・・・それはよもやないだろう、と思う。 以前書いたこともあるのだが、業界には符丁というものが必ずあり、バーにおいてもそれなりの符丁、それにしきたりというものがある。 ライティングを落としたほの暗い店内。カウンターに座る。 「いらっしゃいませーっ!」と、例の低い口調で、くる。 「 どうしましょーっ!」・・・・・・このエクスクラメーションは、歯切れの良さを物語っている。 僕は通常、ノッカンドゥ(スコッチウィスキ―)のオンザロックスに氷なしのチェイサ―を注文することにしている。程よい苦味とその風味が疲れた身体を癒してくれるからだ。 こういうところで、「ウィスキーの水割りね!」とか「何でもいいや〜、あ、おまえと一緒でいいや〜〜、マスタ〜、これ!これね」・・・・こういう客の場合は、例の低い口調で・・・・どう答えるんだろう? 幸いにそういうシーンを目撃したことはないが、一度聞いてみたいという気持もある。 こういう世界ではカウンターと、カウンターの中でお互いに演じあっているというシチュエーションがある。その楽しみ方を最近やっと解るようになってきた。 「マスター、オレそこの、そうそう、そのボトルね、それをロックでちょうだい・・・それからチェストーを、ね」・・・・ 合気道かなんかやってんじゃあねーんだよぉぉぉ、それを言うならチェイサ―でしょ、ちぇいさあ! 別のバーでべろべろに酔ったオッサンがそんなことを言ってた記憶が、ある。 6月11日 「僕、見てますよ。」・・・・・・「何を?・・・・」 土砂降りになってる窓の外を見ながら僕はそう答える。 「うらじゅんと、盗撮小僧ですよぉ!」 和歌山市の東急インで食事をしている際にK社の入社2年目のK君がこう切り出した。 「盗撮いつも見てるのに、全然更新されてないですよね。」「撮影するにはタイミングとそのときの気分が大事だから・・・」 「そぉ〜なんですか〜〜」 「うらじゅんは、何日おきかに書くんですかぁ〜?」「一応、毎日書いてるけど・・・」 「そぉ〜なんですか〜〜」 見ていてくれる人がいると実は嬉しいものだ。 隣でデザートのスイカを食っているY部長が「そんなの書いてるのか?よし!俺も明日見るかな」 まずいことになった・・・・こんなの見られちゃったら怒られちゃうよぉ・・・・。 昼から吉備をまわり、また和歌山市内に戻って都合4社を訪れ営業終了とする。 帰りはY部長とK君を大阪市内まで送るべく湾岸線から大阪市内に入る。和歌山からのラインと大阪府下からのラインが合流してくるところで赤色灯が見えた。 あちゃ〜事故かな、と一瞬そう思ったのだが、車は流れているのでそうでもないらしい。 合流地点でわかったことなのだが、関空あたりからどうやらW杯に参加しているイングランドの選手を乗せたマイクロバス、その前後に警備のためのパトカーが走っていたのだ。 嫌な予感がした・・・ 「わおぉぉぉぉぉ・・・・イングランドの選手じゃあないですかぁぁぁ・・」 今まで車に揺られて眠りかけていたK君が声を上げる。 「やったぁぁ、手を振ったら返してくれましたよ!」「横に並んでくださいよ・・有名な選手・・いるかな・・・おおお!!オーウェンがいるじゃあないでしゅかぁぁ・・・」 (決して洒落じゃないので・・それに興奮してそういう感じだったので・・・) 長旅で、マイクロバスに揺られて疲れている彼らから見ると、この光景はどう映っていたんだろう・・・・。 「オイ、トナリノクルマミテミロヨ」「ナンダヨ、ン?コドモカ?ジャアネーナー」 「サルジャナイノ?」 ここで物知り顔に、ベッカム氏が言う。 「ニッコウサルグンダン、ッテイウノガアッテネ。アレハウシロニノッテルカラキットVIPアツカイサレテル、ソノサルダゼ。ナ、テヲフリカエストヨロコンデルダロ」 「ナンデサルガウシロニノッテンダヨ!」・・・・・・・ とか何とか言ってたんだろうなって、ドライブに疲れた僕は一瞬そう思った。 フランス負けちゃったんだ・・・・残念。(批評は敢えて省くことにする) 6月10日 日曜日は8時からしっかりとテレビの前に陣取って日本―ロシア戦を見てしまった。 以前から書いていたように僕自身体温の低いファンではあるが、さすがに見てしまった。 あんまり批評めいたことを書いてしまうといろんな方からお叱りを受ける可能性が高いので、敢えていろんなことは書かないようにしようと思う。 ・・・・・・と思ってたら何にも書けなくなっちゃった。 6月7日 今何を一番してみたい?・・・と聞かれると、どう答えます? 僕の場合は、まず土曜日を休んで、昼から蕎麦でも食いながら冷えたビールをんぐんぐ・・・とやりながら映画をゆっくりと見る、これに尽きますね、これっ!! まるでオッサンじゃねぇ〜の、それにそんなこたぁ〜いつでもできるじゃん、なんて思われる方が多いと思う。だけど、これが意外となかなか出来ないのである。 平日は電話とか打ち合わせに追われ、落ち着いて仕事できないので、たいてい自分の仕事を土曜に回すことが多い。 電話も少ないので落ち着いてゆっくりと仕事が出来る・・・・と思ってると、そういう時に限って現場からの至急の電話が入る。こうなるとどうしても資料を作成しFAXを送らなければいけなくなり、その対応に終われているうちに一日が終わってしまう。 以前は真面目に電話に出て、そういう対応をしていたが、最近は電話に出ないことにしている。 つい習慣で、間違って受話器を取ったときなどは、鼻をつまんで「ハイ!ジュンアソシエイツデス・・・タダイマルスニシテオリマス・・・」 とやる場合も多々、ある。 「・・・いるじゃない・・・」「イヤ、ルスデス・・・」、とやってしまうと元も子もないのだが・・・・。 このダイアリーを書いている今の時間はいつのまにか10時を回っている。だが明日は久し振りに休めそうだ・・・・、と考えていると忘れていた仕事のことを思い出しちゃったよ〜。 蕎麦にビール、そしてんぐんぐ・・・はしばらくお預けになりそうだ。 今日はスタッフのMさんのバースデイだった。 映画好きの彼女に「太陽がいっぱい」という少々古いアラン・ドロン主演のビデオでもプレゼントしようと思ったのだが彼女の家には残念ながらビデオがない。 そういうわけでこれは来年に持ち越すことにする。 Happy Birthday!! 6月6日 (昨日の続きです) 寝室の天井は非常に高くなっており、それだけにベッドにもぐって下から白く塗られた天井を見上げるというのは、何かそこからもぞもぞ出てきそうな感じがして幼い頃の僕にとっては、早く夜が明けてほしいという思いで一杯だった。 まあ、そう思いながらすぐに眠っちゃったんだけど・・・・。 リビングとダイニングは広い廊下を隔てて共に広い空間だった。 大きなソファに前後に回転するデッキチェア―が置いてある、そういうリビングが好きだった。その前後に回転するチェア―はお気に入りで、いつもその椅子にまたがって騒いでいたような気がする。 子供の頃は夢中になるといつまでもそのものに執着をする、これは誰でもそうであろうと思うのだが、僕の場合ターゲットはその椅子だった。 ギシギシと壊れそうな音を立てても割と平気で乗っていたのだが、いきなりグキッ!という音を立ててそのまま僕は後ろにひっくり返ってしまった。 馬がまるで嫌な人を後ろに放り投げるように・・・。 気がつくとその年代ものの椅子はみごとにばらばらになっていた。誰も見ていないことを幸いにできる限りの工夫を凝らして直してみたものの、どう見てもバランスが悪い。 ま、いいか、とソファにもたせた格好ですぐに外に遊びに出て行った。 あとで祖母には随分と怒られたものだ。だって当時そういうことをするヤツって僕しかいなかったのでね。 その祖母もその家を維持するのが難しくなり、取り壊しが決まったと同時に大阪の父の兄のマンションに引っ越すことになり、その数年後に亡くなった。 考えてみれば思い出深い土地でもある近江八幡という場所。 大人になって疎遠になった場所でもあるが、仕事でその場所に降り立つものとは全然考えていなかっただけにふと感慨深げな気持ちになってしまった。 でっち羊羹という食べ物が近江八幡にはある。 竹の皮で包まれた近江牛、も美味しかった記憶があるが、このでっち羊羹も好きだった。 今度行ったときに買ってこよ〜っと。 6月5日 近江八幡の国民休暇村に行く。 もちろんバカンスではなく、耐震診断の前調査という仕事で行くわけだ。 駅からバスが出ているので飛び乗ったものの、目的地の5.5km前で終点となり、タクシーも通らない場所で降ろされてしまう。 目の前には明るい陽射しを浴びて光る琵琶湖が一面に開けている。30度を越える連日の熱さの中歩くわけにも行かず、ホテルから車で迎えに来てもらうことになる。 支配人の顔にも苛立ちが滲み出ていた・・・・、気をつけなくては。 近江八幡・・・実は僕の出生地である。 生まれてすぐに母親の出身地である神戸に来たわけだから、僕も一応は神戸出身ということになっているが、実はそうなのである。ウィリアム・メリル・ヴォーリスという建築家と僕の祖父は当時この地で一緒に建築の仕事をしていた、ということである。 父親がその仕事を引き継ぎ大阪にヴォ―リス氏の名を譲り受け設計事務所を開設した、そういういきさつがある。 小学生の頃、当時神戸の生活に満足していた僕としては、何かあれば親戚一同近江八幡に集まる、という習慣が嫌でしかたがなかった。というのも、当時は高速道路もそれほど整備されてはいなかったわけで、父親の運転するスバル360に家族4人乗り込み2時間以上もかけてそこに行くということは僕にとっては苦痛でしかなかった。 車に酔うし、それよりも日曜のゴールデンタイムの番組であるシャボン玉ホリデーとか、ポパイが見られなくなるというほとんど自分勝手な理由が実はあったのだが、嫌だった。 その家はヴォーリス氏の設計によるもので、当時珍しい広い洋館で、テニスコートがあり、夏になればカブトムシがぞろぞろ出てくるような庭もあった。今から考えれば贅沢な話ではあるが、そういうところに行くのが嫌で嫌でしかたがなかった。 日帰りを望んでいたのだが、親たちはそういう僕の意見は決して聞きいれてはくれず、結局宿泊することになる。 嫌だった本当の理由は部屋で寝ることだった。 白く塗られた今では絶対に見られない木枠の窓辺にベッドが置いてあり、そこで一人で寝る・・・それが怖かった。 カーテンが揺れるともう飛び起きるような、そういう気の弱いところも当時はあった・・・・今でもそれは続いているかもしれないが・・・。 階段には踊り場があり、その壁には女性の人物像を描いた絵が掛けてある。この絵を見ながら2階に上がってそれから部屋に入っていく・・・・この瞬間がなんともいえず・・・・ この続きは明日 6月4日 1ヶ月に一度は休日記日があってもいいじゃないか・・・・(・・・じゃあ、この先しばらくは休めないのか・・・・)。 なんせ気ままなものですから。 6月3日 あまいろの〜ながいかみが〜・・・というリメイク曲がCMから流れてきている。 1960年代にGS、いわゆるグループサウンズというところのものが流行っていたときにヴィレッジシンガーズという5人組グループが演奏していた曲だ。 僕はこのグループをこよなく愛していたファンの一人でもあった。 最近ではこのヴィレッジシンガーズに限らずビートルズ、ドゥービーブラザーズ、エリッククラプトン、ディープパープル、チューリップ等々僕が学生の頃に流行った曲がCMの中に再び登場してきている。 これはこれで嬉しいことではあるが、こういう曲が流れているその裏事情としては、まずは企画しているチーフ的な存在の人間が僕と同年代であり、懐かしさをその仕事に取り入れてしまったところ当ったので味をしめた、というところではあると思う。 今流行っている曲があまり採用されないというのは、企画する人間がいわゆるおっさんであり、若者の意見を取り入れないような独断的な性格の持ち主であるかもしれない。 が、もうひとつ考えられることとしては、流行の曲をいったん腐らせる。つまりお酒のように、いったん樽に詰め込んでおいて醗酵させることにより更に美味いものにする、といった発想が音楽にもあるのかもしれない、そう思うのである。 とはいっても、そのまま腐っちゃうものもあるんだけどね。 振り返って今の音楽を聞いていると、あまりにも使い捨てっていう感じがしてならない。流行ればいいっていうような・・・・。そうすると、20年後果たして今の音楽が醗酵されて再びリメイクされるかどうか・・・・・、ちょっと疑問でもある。 「なごり雪」、も流行っているらしい。 盗撮小僧F君が、「「なごり雪」っていい曲ですよね〜、あれもリメイクの曲でしょ?昔は誰が歌ってたんですか〜〜?・・・え〜〜っと、そうだ、くじら、っだったかな???」 イルカ だっつーの。 6月1日 W杯が始まった。 以前書いたように僕は比較的体温の低い、ファンとはいえない身分ではあるが、素晴らしいプレイにはやはり見入ってしまう。 今日は久しぶりの休日なので、昼からビールを飲みながらソファに深く沈みこんでアイルランド―カメルーン戦を見てしまう。 技術はともに素晴らしいもので、なによりもフォーメイションプレイが徹底されているところにサッカーの魅力を改めて感じさせられてしまった。 その中で、スキンヘッド・・・少し毛は生えてたかな・・の多いカメルーンの選手同士がヘディングの際にぶつかって転倒してしまう。これは痛そうだった。倒れている選手のアップが映し出される。スキンヘッドに浮かんだ太い血管が髪の毛がないゆえの痛さを物語っているような気がした。 どっちもケがなくってよかったな〜では済まされなかったようだ。 |