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10月24日
このオフィスに入ってから5年が経過した。
最初は僕を含めて正式なメンバーは3人だったので空間も広々としており、Y元部長には、「こんな広いところを借りやがって〜、この半分でいいんだよぉ。おぅ!・・・」なんて言われたのだが、「まあたまたまいろんな理由があってこういう状況になったんですから。それに、ここが狭く感じるような状態にしますんで少し長い目で見ておいてくださいよ。」とその当時は言い訳をしていた記憶がある。
いつのまにか僕を含めて8人になっている。機材も次第に増えてきたので段々狭いところに追いやられていくような気がする。
だいたいが構造事務所というのは暗い雰囲気がある。
ぼそぼそとたまに話し声が聞こえてくるだけで静かでもある。
そういうところに勤めていた頃は、独立したら絶対にこういう暗くって陰気な雰囲気だけにはしないようにしてやるぜ、と考えていた。
そして今は電話をしていても側で身体は小さいが声は人一倍大きなT女史の笑い声が聞こえてくるわけでおちおち電話もしていられないくらいに明るい雰囲気でもある。カオナシ君はボリボリせんべいを食べながら裸足であぐらをかきながらコンピューターを操作している。
要は自分が夢に描いてそれを実現しようという強い意思があればそれに近い状態にいつかはなる、と最近そう思えるようになってきた。
今、目の前にある締め切りの迫った仕事・・・・寝ているうちに出来てしまわないかな、とそう夢に描いているわけだがなかなかそう甘くはないようだ。
10月23日
レッドマダー色に染まる太陽が昇り始める頃、僕は既にハンドルを握っていた。
今日は出石市にある木造老人ホームの配筋検査なのでオフィスには出ずに直接現場に向っている。同じ兵庫県ではあるが出石市は日本海に近い場所なので3時間程度はみておかなければならない。午前10時集合なので7時前に自宅を出た、というわけだ。
中国自動車道から舞鶴自動車道に入りそこからただひたすら北へ向うというコースを頭に叩き込んでハンドルを握る。
舞鶴自動車道に入った途端に「キリ注意 制限速度50km」なるものが表示されている。雲海のように低く霧が急に立ち込めてくる。今日は晴れマークだったのに・・・いつもこうだ。雨が降り出し暗い道路を走る。雨男はまだ健在のようだ。
ただ配筋検査だけならばもっと憂鬱になるのだが、出石は蕎麦がうまい。
検査は早めに終わらせてゆっくりと蕎麦を食おう、というひそやかな楽しみを胸に秘めながら車のワイパーをシャカシャカやりながら目的地へと向った。
「お急ぎならせめてそこの喫茶店で昼飯でもどうですか?」検査が終わってから声を掛けられるが、とんでもない。ここから車で数分のところにある蕎麦屋がオレを呼んでるんだぜぃ。
「いえ・・・ちょっと寄るところもあるし、お先に失礼させてもらいますよ。はい
」
美味しい蕎麦はわいわいやりながら食べるよりは一人でじっくりと食べる方がいい。それが僕の食に対する信念でもある(大げさか)。
蕎麦通はまずはすりおろしたワサビを直接麺に少し置き、先っちょの方を返しにちょびっとだけ浸けて食べる。ん〜〜これがやっぱりなんともいえないものである。
写真にあるように1日10食限定の田舎蕎麦を食べる。これは美味い。
これで日本酒でもあればなおさら・・・いえいえ、運転しなけりゃあいけないのでこれはさすがに控えましたけどね。
仕事も無難にこなし美味い蕎麦を食べて、もうこれで後はゆっくりのんびりと帰るだけです。このときの解放感は味わったものじゃあないとわかんないよね。
緊張感が解けたせいか生来の方向音痴が出てしまった。
いつのまにか人も歩いてないような、そして車といえば、対向車も後ろからついてくる車もまったくないような道を走っていた。
田んぼの中に見慣れない大きな動物のようなものが動いている。一瞬ドキッとするが、よく見ると腰の曲がったお婆さんがカートを押しながら畦道を歩いていた。夜だったら思わずブレーキを踏んじゃったろうな・・・。
電波状況が悪いせいか雑音ばかりのラジオからは時折 「さて、みなさん・・・」浜村淳が呼びかけてくれてはいるが、こっちはそれどころじゃあない。
山道の途中で小さな標識が現れる。そこには「夜久野」と書いてある。
間違って京都まで行っちゃうところだった。 どこまで行かせる気なんだよぅ、相棒のJはそう言うかのようにブルンとエンジンの音を高めた。
10月21日
オフィスではなぜか絵文字、というものが流行っている。
このホームページの「中空スラブQ&A」のセクションもいつのまにか絵文字に占領されつつあり、専門技術を討論することがはばかれるような気になってきた。
これはインターネットからダウンロードすれば千文字以上の文字が手に入るとのことで、I平は最近顔までが絵文字のようになってきたような気がする。
ただ、ワープロを打つ場合少し問題があり、おはようござい・・・とFAX用紙に打ち込もうとするとすぐ顔になってしまうのがやっかいだそうだ。
得意先からの質疑に答えるべく西原君はワープロを打ち始めた。
中空スラブにおける梁の捩れ問題についての質疑だ。
中空スラブという床工法を発明したのはもう既に他界しておられる松井源吾先生である。松井先生の著書は僕にとっても座右の書であり、何か問題があればこの書物に依存することが多いわけだ。 西原君も僕の指示に従って、松井源吾先生の・・・と書き始めたのだが、既に絵文字をダウンロードしていたので、まつい を変換したときに
松井55 (∴`´)/""☆---------o カキーン!HOMERAN!
となってしまった。
松井の文字はなかなか出てこない。
絵文字はかわいいんだけど、こういう場合に登場するのはちょっとわずらわしい気がする。 そのうち絵文字の代わりに変換すると写真、になるかもしれない。
小川ですが・・と書くと変換されて自分の写真がワードの文章中に貼り付けられる・・・・ あまり気持の良いものではなさそうだ。
10月19日
オフィスに向う車の中で懐かしい曲を聴いた。太田裕美の「木綿のハンカチーフ」だ。
今から25年、いや正確に言えば26年前になるか、僕が上京する時期に流行っていた曲だ。
オフィスのスタッフにとってはなつかしの曲どころではなく生まれる前に流行っていたわけだから「だれですか〜それ」と、おそらくそう返ってくることだろう。
DJは「このあたりのギターのストロークが当時の流行だったんですよね〜」としゃべっていたが、僕は曲を聞いているときから当時のギターアレンジとは少しばかり違っていることに気がついた。
「違うんだよね、それって。素人さんはこれだから参っちゃうよな〜」なんて独り言をつい言ってしまう。少しバージョンアップされたものになっている。
僕としては当時のアレンジのままの方がいいと思っている。それは決して若い頃のノスタルジーに浸ってそういっているわけではなく、今はちょっとコンピュータ―によるアレンジ手法に頼りすぎていないか、ということである。
音楽の知識がなくてもコンピューターで簡単に作曲ができてしまう。感性がさほどなくても出来てしまうからこそ簡単に局が出来ても簡単に捨てられてしまう。
曲を聴いた途端にその時代の記憶が蘇ってくるようなそういう感性、今の時代にあるのかなと、ふと考えてしまった。25年先、モー娘がはたしてラジオからかかるかどか・・・・ラジオというもの自体なくなってるかもしれないけどね。
大阪ドームの前から8列目でエリック・クラプトンを聴いた時、スピーカーを通してのものではなくじかに聞こえてくる彼のアコースティックギターと声は決してコンピューターでは創ることの出来ないものだと感じた。やはり感性、というものが加わらなければ人の心には何も残らないものである。
NZに留学中の長男はトリオのバンドでライブハウスに毎週出演しているらしい。
酔っ払いに絡まれながら、時にはラグビー選手並みの男に投げ飛ばされようが頑張っているとのことだ。
僕の中途半端な音楽の感性というDNAが彼の中で少し育ってきたのかもしれない。
僕はといえば、オフィスでコンピューターに頼りながら設計をしている。エラーが出るたびに「どうしてでないんだよ〜」とストレス係数も高まっていく。
もっと感性を磨かなくっちゃね。
10月17日
1週間のご無沙汰である。
ここ数日加速する忙しさに加えて、無言の督促という重圧を受け、何も書くことが無くなってしまうような状況に陥ってしまったのが原因している。
今もデスクの上に図面を広げながらちょっとした気分転換にこれを書いている。
「なにかあったんですか?」とか「最近うらじゅんが更新されていないので寂しい・・」などという励ましのメールは一切ない。
I平の「書いてないですね〜」という淡々とした言葉だけである。
これはこれでプレッシャーになっている。
学生の頃は時間が無限にあるような気がしていたのだが、そういうときはかえって何もしないもので無為に過ごす時間が多かった。今の状況はといえば、1週間があっという間に過ぎ去っていく。それはそれで充実していていいのかもしれないが、それにしても早い。
限られた時間の中で精神的に流されないように、最近心がけていることがある。
頭は氷のように冷静に、そして心は熱く・・・ということである。
心の安定があってこそどんな仕事も早く丁寧に仕上げることができるという基本的な心構えである。
忙しいとついそういうことを忘れてしまうので常に心にそういう言葉を置いて行動しようと思っている。
「今週中に断面の変更頼みますよ。できるだけ早くね。」
某事務所からそういう電話が入る。
受話器を置くや否や、「できるわけないじゃん、これだけスケジュールがタイトなのによ!何考えてんだよぉ、まったく・・・」
僕の中の氷はすぐに溶けてしまう。
10月10日
オフィスの近くに八幡神社がある。
数年前車のお払いを受けた頃からそこの宮司さんには懇意にしていただいており、何かにつけお世話になることが多い。ところが秋になるとこちらがお世話をしなくてはいけなくなる。
秋祭り恒例の「ギャルみこし」というやつだ。
以前その会合に一度だけ出席したことがあり、いつのまにか、おがわさん・・ギャルの方はあつまっとるかの〜、などと町内会の世話役のじいさん連中から聞かれるようになってしまった。
3年程前に電話でその話を持ちかけられてオフィスの中の他の会社の女性に頼み込んでやっと承諾してもらった経緯があり、それからはどうやら「ギャル」担当となってしまっていたのである。
会合中目をつぶって聞いているので死んでいるのかな、と思っているうちにその話題になると急に目がランランと輝きだしてくるのだから、やはり年齢を重ねても男というヤツからは抜けきれてはいないらしい。
今年は19日の土曜日にまたそのギャルみこしを中心に秋祭りが開催される。
もちろんオフィスの女性たちは口を揃えて「行くわけないでしょ、ふん!」とこうくるわけだから、もう頼むわけにもいかない。
とはいえ、女性と称するゲイ、おかま、等を集めてきたならば、翌日の3面記事にどんなことを書かれるかわかったものじゃあないし・・・・・・。
秋、そういう意味では憂鬱な季節でもある。
10月8日
エレベーターについて考えてみたい。
何も三菱の製品は早いからいいとか、東芝は老人に優しいホームエレベーターがなかなかいい、とかそういうことではなく、使用する人、について思うことを書こうと思う。
オフィスが入っているビルの最上階(8階)は「梅の花」という湯葉料理専門店でありなかなか評判がいい。僕も何度か行ったのだが、なかなか美味しい店である。
その話じゃないでしょ!すぐに横道にそれたがるんだから。
で、客層として年配の女性が多いわけです。しかも皆さん連れ立ってであるので狭いエレベーターにつまりは婆さんだらけの場合が多々あるわけだ。
梅の花、は8階で、オフィスは6階。下に行こうと待っていると、必ずこの6階で降りる女性がいる。
「6階ですけど・・・」
一度外に飛び出して、僕がそう言わなければそのまま6階に取り残されてしまうような、そんな感じだ。
「やまもとさ〜ん、気が早いんだから」周囲の女性たち、いやもうこの際婆さんと呼んでしまおう。必ずや中に一人、ゲタゲタゲタと笑う人がいる。この笑い方はどの集団の中にも必ずいる。婆さん特有の笑い方なのだろうか・・・。
「いや〜あんまりはやいもんで、びっくりやわ〜」照れ隠しにそういっているのだろうが、8階からものの数秒で1階に着いてしまうようなエレベーターは壊れているか、よほど性能のいいものしかない。
1階で乗っても利用階のボタンを押さずにじっと佇んでいる人もいる。
ただこういう場合は愛嬌があっていいのだが、最初に乗り込んで、OPENのボタンを押さないで知らない顔をしている人が最近は多い。これは若い人に限らず年配の人にも見かけられることがある。これは実に腹が立つことだと、思いませんか?
常識としてのことなんだけどね。
4階にドリンク剤を買いに下り、そしてエレベーターに乗ったら6階に行くつもりが1階まで下りてしまった。こういうこともたまにあるものだ、人のことは言ってられないやね、と思いながらエレベーターを降りドアを開けようとしたら締まっている。
どうなってんだ、え、おい!
なんて考えているうちに、それが5階だと気がついた自分がいとおしく思えてきた。
10月4日
「さてと・・・もう一軒行くか!」
場所はミナミのど真ん中。
某大手ゼネコンを退社され、独立して仕事をしているY氏と食事を始めたのは6時を過ぎた頃であった。
「免震の設計は、キミ、できるの?」 当たり前にそういう仕事をそういう会社でこなしてきた人との違いをこういうところで感じる。
「小さい事務所ではなかなかそういう仕事は回ってこないんですよね・・・」
「じゃ、しょうがねーやな」
開設のお祝いに行ったつもりが逆にいろいろとレクチャーを受ける。それはそれでいい刺激にはなるがそういうところでギャップを感じてしまうのも事実ではある。
現役の頃は非常に強面(コワモテ)の感じがしてなかなか近づけないような存在だったのだが、
「これからどうする?なに?仕事??いいのいいの、よし!飲みに行くか!」
というところからミナミに流れていった、というわけである。
店を出てちょっとここで待て、という指示に従ってしばしそこで留まる。
煙草のパッケージを上着から取り出し一服しているところへ、帽子をかぶった、なんだかポン引きっぽいおっさんが近づいてくる・・・
「よ!元気か?」というような言葉をY氏はそのオッサンと交わしながらやにわに歩き出していく。内心・・・ど、どこへいくんだよぉ〜という気持ではあったが、流れには逆らえず後ろからついて行くことにした。
着いた場所は「ミナミの帝王」に出てくるようなラウンジである。
ま、いいか、銀ちゃんになったつもりで付き合いましょ。開き直りである。
「この間は、ヤクザ連中が来てたよな〜、おい」
「まあ、いつもではないんですがね・・・」
こわいじゃん、こういうのって。
「まあ、そういうわけでよろしくたのむわ」
「は、はい・・」
水割りを数杯飲んだところで
「おい!帰るぞ!!」
豪快である。
まあ、今でこそ建築業界はサラリーマン化したようなところではあるが、一昔前はヤクザな業界でもあったわけだから、こういう豪快さがなければこの不景気は乗り越えられないのかもしれない、なんて考えながらエレベーターに向う。
「どうだ!」といわんばかりにY氏は堂々と闊歩している。
後ろから・・・「Yさん、定期落ちてましたよ。」 「おぅ!これがないと家に帰れないよな〜」 少しトーンダウンした豪快さでもある。
10月3日
月末から持ち越している領収書の整理をするが途中で面倒になって断念してしまう。
こういうことはいつもこまめにやっていればいいわけなのだが、どうしても溜めてしまう。 以前2か月分ほど溜めてしまって経理から怒られながら整理をしたことがある。
どうしても、この領収書はいつだったのかな、と記憶をたどるものの解らないものがぞろぞろ出てくる。中には金額が書き込まれていないものも出てくるのでこれについては左手で書いたり、南米の店で店員がチリ人の場合はどうしても僕のように上手に字を書いてしまうとわかっちゃうので、以前オフィスでアルバイトをしていたO君にこういうものは任せてしまう。
「字が汚いから僕に頼むんですかぁ?」
「・・・ん・・いや〜そういうわけじゃあないけどね。僕の字は癖があるからわかっちゃうでしょ。だからさ」
「それだったらいいんですけど・・・・」
こういうときには彼が非常に役立っている。
月末から月初めにかけては仕事の督促の上にこうした事務上の督促まで加わるので結構忙しくなる。
・・・と書いているものの今日もまたサボっちゃうんだろうな、きっと。
10月2日
金木犀の香りがする京都御所に秋を感じた。
打ち合わせが比較的早く終わったので、カオナシ君と御所を歩きながらそう思った。
午前中だけに人は少ない。犬の散歩をしている人、芝生に寝転がってる人。
日常はそういう風景を見ることが少ないだけにいつもと違う空間を感じる。
台風一過のせいか少しばかり蒸し暑い。
そのせいか盗撮小僧(最近はカオナシになってしまってはいるが・・・)はデジカメに蓋をつけたまま逆光に向って写真を撮っている。
普段オフィスにこもっているからたまにこうやって日向に出るとこういうドジを踏んでいるところがぼのぼのしてまたいい。
さてと、これからメインイベントである京都駅前の「新福菜館」での食事である。
まだ昼食には少しばかり早い時間帯なので人の列も少ないだろう、と思う。
こういうことがなければ京都まで来たかいがない。
どんなに美味しいかを向う地下鉄の中で彼に伝える。
その表現がうまく伝わったようで,カオナシ君はよだれを流さんばかりに・・・・いや実は流していた。
京都駅に着く。
ここが一番の近道なんだと細い路地を通り抜け、次第に近づいてくる店、そして中でそれを食しているシーンを思わず想像してしまう。
「水曜定休日」
二人が目にしたものはそういう断り書きだった。
10月1日
秋は本当に短い。
もうほんの1ヶ月もすれば「さむくなりましたね〜〜ほんとに」なんて挨拶が交わされる時期にきてしまった。
この短いけれど、空が澄みわたった日が多い秋をできれば外で肌に感じたいと考えている。真夏の太陽の下、出張・・・というのは体力を消耗して仕方がない。
できればこの時期に出張を増やせればいいな、と心の中では考えているのだが、こういう時期にはオフィスにこもって仕事をしていることが多い。
梅雨時期の沖縄、雪が吹雪く舞鶴、土砂降りの東京。まあ、大抵こんなものである。
明日は朝から京都で打ち合わせがある。
秋の京都
これはなかなか風情があっていいものだ。
まあ、打ち合わせはともかくとして、そのあと少しの時間その風情とやらを楽しんでこようと思っている。
御所もいいな。いやいややっぱり植物園か、それとも詩仙堂あたり、それとも哲学の小道を・・・・・・・・
一人ならそれもいいが、明日はカオナシ君と二人であることを思い出した。
ラーメン屋のはしごでもして「虎屋」の羊羹を立ち食いしながら、清水寺の近くにあるカツ丼屋に入るコースになってしまうのか・・・
食欲の秋でもある。
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