12月30日
・・・っつうわけで、今年の仕事は今終わった。
クリスマスケーキ並みの箱に計算書をどっと詰め込んで、あとは宅配のお兄ちゃん待ちが最後の仕事である。
今年もいろいろありましたが、まあ、来年度もうらじゅんは続けさせていただきます。
今年はこれにて終了。
皆様良いお年を。

12月27日
「オニイさん、今日は何にする?」
カウンターの向こうでオヤジがそういった。
「白子なんか、今日はいいよ。食べてみるかい?」
「ちょっと白子は苦手なんだよね、あの食感がどうにも・・」

目の前に出されたものは、白子をてんぷらにしたものだった。
「まあ、食べてみろって」
そこまで店のオヤジがいうならば、とそのてんぷらを口に運ぶ。
これが、美味い。
「どうなんだよぅ」
カウンターの向こうではオヤジが腕組みをして僕をにらみつけている。
「これは・・うまいね〜〜、いや〜まいったね」
「だろ」
オヤジがにやりと頬を緩めた。

このオフィスに移ったのが今年の2月。三宮商店街も近いし、吉野家にスターバックスにウェンディーズ、ド・トールコーヒー等々食べるのには苦労はしないが、美味しい店がなかなか見つからなかった。
たまたま見つけた小さな居酒屋で、まあ味はともかく夕食が摂れればいいか、物はためし、と入ったのがこの店だった。
カウンターの上にはお奨めの食材がいろいろ並べてあり、その隣には魚が並んでいる。
京都の「おばんざい屋」とも少し違うのだが、何を食べても美味いし、このオヤジがプロを感じさせるのでちょくちょく通うようになっていた。

今年の忘年会は昨日そこで開催された。もちろん僕の意見を通してしまったわけだ。
「今年は忘年会費をケチったのかな・・」
なんてきっとカオナシ君あたりは思っていたのではないかと思うのだが、そこでの御造りに鮟鱇鍋、そして最後に出てくるオジヤは絶品だった。
居酒屋「安平」。ここは美味い。

なんだか食通のオッサンが店を宣伝するような文章になってしまったが、昨日の鮟鱇鍋に対する気持ちをちょっと書きとめておきたかったわけです。

ん?今日から休みじゃなかったのかって?
これを書いてるってことはまだオフィスで仕事をしてるってことでしょ、アナタ。

12月25日
いつの間にかルミナリエが終わってしまい、そしていつの間にか締切日が過ぎてしまった。

最後の最後でオフィスで夜を明かし、そして先ほどコンビニで朝食を買い込んだ。
朝の風景は、肌を刺すような乾いた冷たい風と、祭りの後を惜しむ酔っ払いの集団、そして最近開店したスロットの店に徹夜で並んでいる顔色の悪い連中・・・。
なんだか新しい年を迎えるのにはふさわしくない風景が当たり前の風景として街に溶け込んでいるような気がする。
仕事に追われているときはこういった風景が目に付くのかもしれないが、これが終われば輝かしい明日が待っている、とそう自分を奮い立たせてもうひとがん張りすることにする。

12月24日
お互いに結構忙しく、一年で一度程度しか会えない某設計事務所の所長とやっと明日ランチを摂る約束をした。お互いオフィスはすぐ近くなのにどういうわけかなかなか会えないでいる。
嫌われてるのかしら?
と思うほどだ(う〜ん、嫌われてるのかもしれない・・・)。

地震直後、めちゃくちゃになった彼のオフィスで一緒にカップラーメンをすすった仲でもあり、妙に気が合い付き合いが長い。
今年も残すところあと少し。
明日は彼のすさまじく勢いのあるエネルギーを少しでも吸収しようと思っている。
頑張らなくっちゃね。

12月23日
年末の慌しい時期の、今日のような中途半端な祝日はどちらかといえば年末休暇に振り替えてもらいたいというのが実感としてある。
月曜日に出勤して、また休み。なんだかタイミングが狂ってしまうし、余計に残りの日々が忙しくなってしまう。
まあ、僕の場合はそういうのってあんまり関係なく、今日も実はオフィスで仕事をしている。・・・と書いてる間に24日になってしまった。

今年もあと7日。

12月22日
朝から毎年恒例の人間ドックに入る。
前日は午後9時までに食事を済ますこと、と書いてあったので9時までしっかりとお腹一杯食事を摂り、最近お気に入りの缶のクラシックラガーを飲みながらデザートまで食べてしまったのだが、朝、もう一度人間ドックの説明書を読んでみると、
「腹八分でアルコール等は摂取しないように・・・」
と書いてあった。

バリウムを飲む、というのは非常に辛い。
飲んだ当初は胃にずっしり負担がかかる。
その負担をかけたまま台の上で1回転したり裏返ったり、転がったりした挙句また元に戻って残りの白いバリウムを「ごくごく飲んでくださいね」と、言われるままに飲むわけだ。
この重金属を検査の後は、体内に出さなければならない。これがまたひと仕事で、こういう時に限って打ち合わせが重なる。打ち合わせが重なるとタイミングが狂ってなかなか用を足せなくなる。で、いまだにまだ体内に残っている。
「今、飛行機に乗ろうとしたら絶対に引っかかりますね。」
I平が笑ってそう言った。更に
「山賊が機内に危険物を持ち込もうとしてるように思われますよ。」
確かに髭を蓄えてはいるが、そこまで言われる覚えはない・・・
窓に映った自分の姿を見て、そうかもしれない、とも思えた。

12月21日
土曜の夜
「ワタシですけど、わかりますか?」
名前のわからない携帯番号の向こうからこういう女性の声が入った。
間違い電話か、小豆(アズキ)相場の勧誘それとも英会話の押し売り・・・その程度しか頭に浮かばないのも少々情けないことだが、同じマンションの人からの忘年会のお誘いであった。
仲のいい家庭の奥さんが別の方の携帯から僕に掛けたものであったということが判明した。
その人の番号を僕はちゃんと登録していなかったので大変失礼な感じで応対してしまったかもしれない、ごめんなさい。
こういう風にいつも宴会があるとお誘いを受けるのは非常に嬉しいことで、出席率は、良い。ただ途中で寝てしまうことが多いので、出席率だけはいいのだが成績は非常に悪い学生のような立場ではある。
このところ、歯痛と頭痛に悩まされてはいたのだが、「お鍋で忘年会」につい心が動かされて参加した。
で、結局どうなったかといえば、そこで非常に美味しい梅酒をいただき、飲みすぎてしまった挙句、周りの顰蹙(ひんしゅく)を顧みずいつの間にか自宅まで這って帰ってた、というわけです。
ブランデーで漬けた梅酒、これは効いたな〜。
また成績が下がってしまった週末だった。

12月20日
昨日は夕食を摂るためにルミナリエに出かけた。
夕食は毎年恒例になっている「幻の鹿児島ラーメン」であり、写真がそれである。
寒いのを我慢してルミナリエのライティングを鑑賞した後だから身体は冷え切っている。その後の熱いラーメンは特に美味しい。
幻なもんだから一年に一回しか食べられないわけです。・・・と、こんなこと書くと、夜中にこのうらじゅんを見ている人はきっとお腹が空いて、冷蔵庫をごそごそし出すんでしょうね、きっと。

明けて土曜日。
観光バスは走り回り、ギズモのようなオバサンたちが街を走り抜ける、そういう光景はあと1週間ほど続く。
週末も相変わらずオフィスで仕事をしている。この光景は年中変わらないわけだが、今年も最後まで週末の休みは幻となってしまった。
明日は休みを取り、最後の一週間のために充電しておこうと思う。

12月18日
民間の確認申請機構に行くために神戸市役所方面を歩く。
夕方なので、街はもうルミナリエを観る人で膨れ上がっている。こういう風景を見てやっと年末を感じた。
ただ年末だからといって、先生までが走る師走だからといって、格別何かが変わるとか、そこまで走りまわらなけばならないほど忙しい、というわけではないだろうとは思う。
いわば儀式的なものが先行しており、それに気持ちが乗せられているだけ、という感じがしてならない。
オフィスの近くにバスの操車場が新たに出来上がったのだが、それもこのルミナリエに合わせたものであろうと思われる。
そこからオバサンたちが無限に吐き出されて出てくるのを間近に見ていたとき、傍らを歩いていたI平が、
「狭いバスに乗って神戸に来て、人の大勢いる中を窮屈そうに歩いて、で、また狭いバスに揺られて帰るなんて、僕にはその心境が理解できませんねぇ〜」
そう言った。
確かにそうだと思う。
ルミナリエも最初は阪神大震災で亡くなった方たちへのレクイエム(鎮魂歌)として行われたものだったのが、いつのまにか阪神の優勝パレードを見るかのような、そういうフェスティバルになってしまったと思わざるを得ないし、道の真ん中で堂々と写真のフラッシュをバチバチやっているギズモのようなオバサン連中を見ていると、彼女達にとって星野監督もルミナリエのライティングもさほど価値観としては変わらないものだと納得をしてしまった。

確認申請業務のために東京から来られていたマオさんは、
「神戸に対するイメージがまた上がりました。」
そう言っていただいたが、それはルミナリエのライティングに対する言葉ではなく、エネルギッシュなオバハンに対する言葉であったのかもしれない。

オフィスへの帰り道、ダイエーの前につながれていたワンちゃんに眉毛が書かれてあった。 ひどいことをするものだと思いつつ、その可愛さについ見とれてしまった。

12月14日
「フォン・ブース」を見に行った。
映画嫌いな人ならば、なんだ、それ?なんて思うだけで足は決して運ばないと思うし、比較的映画好きな僕にしても普段テレビのCMはあまり見ないので次男に誘われなければ縁がなかった映画だと思う。
ただの「公衆電話」がそのままタイトルになったものだが内容は非常によかった。
コリン・ファレルという人が主役を演じていたのだけれど、やっぱりこういうのって主演する人の役作りに対する情熱の程度によって変わるものだと、そういう風に感じた。
内容についてはこれから見に行こうとしているI平が決して言わないようにと釘を刺したので、このうらじゅんにも書かないようにする。書きたいんだけどね・・・。

携帯電話の普及で、そう言えば街並みから公衆電話というものが消えちゃったのかな、と帰りの車の中で考えながら、そして意識しながら街並みを見ていたのだが、数は少なくなったものの、まだ存在はしている。
今ではそういう風に意識しないときがつかない存在となってしまった。
そういえば見ないなぁ〜〜なんてものはいろいろあると思う。
例えば、僕にとっては、郵便ポストなどもそうだ。
何かあればメールで送っちゃうので、手紙というものを書かなくなったし、探すのは年賀状を出すときくらいなものである。
銭湯なども、今は貴重な建物と化している。
特に関西で探すとなかなか見つけにくいものだという気がする・・・東京でもそうだろうけどね、もう。
そういうものにスポットを当てて映画化してしまった「フォン・ブース」はお奨めです。

そういえば見ないな〜〜カオナシ君。

12月12日
熱くなった頭を冷やそうと外へ出た。
街は冬の色をした風景になっている。冷えて乾燥した空気が心を静めてくれる。
仕事をしていると嫌なことのほうが良いことよりまさっているのは当たり前ではあるが、一番疲れとストレスを感じるのは同じ技術者と話しをする場合であり、それが平行線をたどって虚しいディスカッションに陥ったときだ。
僕の主な仕事は、簡単に言えば建物というものを数値化し、そのもの自体が安全かそうでないかというところの判断を下す、というところのものとなっている。
ただ、パソコンから打ち出される数値は単に判断基準としての目安でしかなく、そこから自分なりの経験則を加味しながら最終判断をして作業を進めることに重点を置いている。
あくまで解析から出力された数値がすべてだという観点に立った相手と話しをすると、だから疲労を感じるわけだ。
そういうわけで外に出た。

夕食は近所にあるお気に入りのお好み焼き屋「どんぐり」で摂る。
テレビでは今日から始まったルミナリエを実況中継している。
「今年は少しデザインが変わったのかな?」
「どうですかね〜、うん、うまいっすね、これ」
目の前にある「トン平焼き」をかぶりつきながらカオナシ君がそう言った。
彼のように今目の前にあるものだけのことを考える、それ以外のものはシカトしてもいいってときもあるんだよな、いろいろつい考えすぎてしまう最近は少し忙しすぎたんだ、と、そう自分に言い聞かせたら少し気持ちが楽になった。
いつもお好み焼きと御飯に味噌汁といった不思議なオーダーをする彼を見ると、ハムスターのように御飯を口一杯にほおばって無心にワシワシやっている。
彼らを一人前に育てるためにはもっと頭を冷静にしておかなくっちゃね。そういう意味では彼らに助けられている、とも感じた。

12月11日
言ってるうちからまた見逃してしまった。ルミナリエ、の試験点灯だ。
ず〜〜っと忘れていて、ふと気がついたその日がそうだった、っていうのは偶然なのかもしれないけれど・・まあたいして気には止めてはいないことなのか、と自分をすぐに納得させることにした。
本番が始まってから夕食がてら見に行くことにした。

「電話に誰もでんわ(つまり出ないってことです)」
と口から出そうになって慌ててそれを飲み込んで、「誰も出ないからまた後でかけるよ。」スタッフに一度そう断りを入れてからその言葉を口にした。
I平が隣の座席に座っているオープンデスクのSさんを見て、
「彼女には受けてますよ。肩震わせて笑ってますからね〜」
意外と受けるものだ。

外出先から帰ってくるときにふと目を留めた企業の名前が「中高年職業安定所」。
「中年ちゅ〜ねん(ちゅうねんだっつうの)」
心の中でそういう言葉が浮かんできた。心の中でさむ〜いシャレを考えても誰にも迷惑をかけないもんね。・・とは言ったもののこういう時ってつい口元がほころんでしまう場合もある。
ニヤリとしながら顔を上げた瞬間、向こうから歩いてきているオッサンと目があってしまった。怪訝そうな目をしながら少しばかり早足で僕の傍らを通り過ぎて行った。
「すいまセロリ・・・」
サラリーマンをしている頃、嫌いな上司がそういっていたのを思い出した。
心身共に寒い日というときも、ある。

12月10日
昨日の小泉首相の国民に対する自衛隊派遣の説明を聞いて、そもそもどういう意義があってそういうことをするのかまったく理解することができなかったし、単に説明の仕方が下手だってわけじゃあなくすべてを明確にしようという気持ちはさらさらないんだろうなって、わたしは思いましたよ、ええ。

閑話休題

12月に入ってから忙しさに加速がついてきたような気がする。
今は午後11時を回ったところなのだが、まだみんなパソコンに向かってカタカタやっている。そういう時にこっそり隠れてこのうらじゅんを書いているのは気が引けるが、まあ、これも僕にとっては気分転換だということで許していただきましょう。

数年前ならば、12月の声を聞いた途端に毎日忘年会だと張り切っていた人たちも、中にはいたのだが、最近はすっかり影を潜めてしまった。 まあ、僕自身さほどそういうことに興味を持たないので、それはそれでありがたいことなのだが、意識をして街へ出てみると去年ほどクリスマスソングの音は大きくないことに気がついた。
これから次第に音が大きくなってくるのかもしれないが、今街は少しおとなしめである。
ルミナリエもこれから始まるので賑やかになるんでしょうね、きっと。
去年は試験点灯の時間帯に、道路を挟んだところのレストランでスタッフとその話をしながら食事をしていたので見逃してしまった。
今年はちゃんとその日にまずは見ておこうと考えている。
また見逃しちゃったりして。

12月8日
NZから冬期休暇を利用して長男が帰国した。
昼すぎまでに急ぎの仕事を片付け、彼の友人達を車に乗せて関空へ向かう。よく言えば個性のある連中、悪くいえばギャング団のような連中なので、まるで囚人を乗せ和歌山方面の刑務所へ向かう護送車の運転手になったような気がした。

関空で長男を迎え、神戸へ戻る。
このまままたオフィスへ戻るのも中途半端だし、どうせ帰ってもデスクにはFAXの紙が山積みされているだろうということが予想できたので、そのまま脱獄囚のような連中と自宅へ戻る。もちろん、そこから夜中まで宴会が続いたのは言うまでもない。
彼らの他にも続々いろんな連中が家にやって来る。
土地を奪われ逃げ出すインディアンのような気分になってしまった。

麻雀を覚えたての浪人生まで来ていたので、彼にはもう大学受験を断念し麻雀一本で生きていくように諭してしまった。
自分の子供と同じ年齢の彼らではあるが、話をしているといろいろな人生を選択しており、生き甲斐を持って自分達の時間を楽しんでいることにとても感動した。
その中に、現在アコースティックギターデュオを組んで活動をしているM君がいた。
「DEPAPEPE」という名前のデュオなのだが実にギターが上手い。
所属事務所も決まったらしく、これから幅広く活動をしていくとのことである。
音楽の話をしながら、受験生ニシジマに麻雀を教えながら、武道家のT君と空手の話しをする。
まるで自分自身が彼らの年代に戻ったような気がした。
年齢を重ね、いつの間にか自分のポジションを移動はしてきているものの、感性はいつまでたっても同じなのかな、ふとその日はそう思った・・・。

M君頑張ってください。その他のギャング団のような彼らも頑張ってくださいね。
(このうらじゅん見ているようなので、持ち上げておかないとね・・・)

12月6日
やっと頭に上った血が下がったので再びうらじゅんを書くことにする。
もう新聞読まないことにしました、ええ〜、もう本当に。

神戸は他の地域に比べて特に、いわゆる外国人、という人たちの多くが生活をしている地域だと思う。
北野町にあるフレンチレストランを経営しているエマニュアル氏に聞くと、72カ国の人たちが神戸に住んでいるそうだ。日本語以外の言葉が判ればどんなに自由で楽しいだろうと僕は常日頃考えてはいるのだが、日々こういう生活に追われているとそういう空間に入る時間がない。
言葉をしゃべれるようになるには、そういった学校へ行くよりはそういう空間で生活するのが一番だと思っている。
先日たまたま「志賀バー」へお邪魔したときのこと。
カウンターの向こうでターバンを頭に巻き、顔の半分が髭に覆われているまさしくインドの人とわかる男性が志賀さんと話しをしていたのをなんとはなしにに聞いてしまった。
「そやから志賀さんがやな〜・・・」とか
「・・・へ行くんやけど、志賀さんはどないやねん・・・」
ターバンを巻いた関西人?或いは「いかにもインド人風」だと一瞬思ったが、まさしくインド人、だということだった。
おっかない顔してても「ちゃうちゃう、そうやないねん〜〜」なんて言われると狐に騙されたような気がする。
つまり何が言いたいかといえば、やっぱりその土地に住んで、友人を多く作ることで頭で理解する文法、というものではない生きた言葉が身体に染み付いてしまう、そういう感じなんだろうなと思ったわけです。

このリクルートビルではなく、以前のオフィスで同じフロアーの会社の方で、まさしくテヘラン人、だと思えるような男とトイレで並んでしまったことがある。
一瞬躊躇したのだが思い切って「ハウ、ア〜、ユ〜〜」とやってみた。
「みんな間違えるんですよね。僕日本人ですねん。親は鹿児島でね・・」
いかにもテヘラン人風の日本人だった。

12月2日
昨日はちょっとコバラがたったので書きすぎた。
だけど、日本の場合は何をするにしてもはっきりしていないことが多いし、今回のことについては対応の悪さというよりは、政府って何も考えていないという実態が明らかにされたことに国民が気がついたのではないかと思う。

閑話休題。

NZを例えに挙げると、もともと英国領ということもあり意外と知られていないのだが人種差別が激しい。
東洋人は特に差別が激しいらしくて、道を歩いていると生卵を投げつけられたり、車の中から水鉄砲で水をかけられたりするわけだ。
そういう情報は日本にいる限りわからないわけで、現地へ行って初めて知る。そういうものは非常に多いと思う。
特に日本人の場合はどこへ行っても誰かに護られている、といった甘い誤解を抱いているのでどこへ行ってもいろいろな点でターゲットにされやすい。
自衛隊を派遣するということについての意義等々を国民にちゃんと説明をしないままなし崩し的な内輪の意見だけでそれを実行してしまってからではすべてが遅いような気がしてならない。

久しぶりに電車に乗る。
時間帯を忘れていたのか気がつけば女性専用車両だった。
慌てて一駅我慢して降り、次の駅で隣の車両に乗り移ると、そこはまた女性専用車両・・・
これはけっしてあま〜い誤解では、ない。

12月1日
イラクで日本人外交官が殺害されたという事実について、この国の代表は相変わらずのコメントしか述べられないという情けなさに対してはいつもながら落胆させられる。
そりゃあテレビでは建前と本音を使い分けなくっちゃあね、という気持ちはわかるけれど、もうそういう時代ではなく本音で国民に向かってアピールしないといけないんじゃないの?という気持ちがみ〜んな強くなってるんじゃあないかって思うわけです。
こういう時代だからこそリーダーが必要なんだけど、コイズミさんじゃな〜なんて思う人、多いんじゃないかな。
何かコトが起きると、
「あ〜、それね、さっきテレビで見てびっくりなんだよ〜」とか 「週刊誌の情報によればですね・・」
与党、野党限らず、いつもながらの対応の悪さに何やってんだかね〜と思っちゃうわけですよ、アナタ。
危機管理能力と、情報収集能力に欠け過ぎている日本はそのうちイラクにも相手にされなくなっちゃうんじゃないかと、そう思います。

ちょっと過激だった?

Home | About Us | Open Desk | Cafe Break | うらじゅん | 盗撮小僧 | Send E-mail | BBS