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1月29日
「これ、いつもちゃんとウィルススキャンしてます?」
僕のノートパソコンをいろいろ調べてくれている専門家のN氏が隣に座っている僕の方をチラッと見て、そう言った。
「もちろん毎日やってますよ!」胸を張って僕はそう返した。
「それにしては、こんなウィルスごときが入るかな・・・・本当に毎日、いや毎日とは言わないけど、やってるんですね。」少し強い口調になってそう言った。
「毎日やっては、いますけど・・」
「本当ですね。」眼鏡がキラリと光る。
「やってると思いますけど・・うん、やってた筈だ・・うんうん、だって、12時過ぎるとあの、黄色いやつがひょこっと出てきて、回ってたような気が、してますけどね・・・、うん」
「途中で止めてないですよね。」
(止めたことはある・・)「止めてないと思いますけど・・確認しましょうか、何なら、弁護士に聞いてみましょうか・・・・」
もうすっかり古賀某(なにがし)状態である。
「こういうウィルスだとスキャンかけるとすぐに死んじゃうはずなんだけどな・・・、それが仮にですよ、この中に残ってたとすると、ずいぶん前からスキャンがかけられてなかったように思えるんですけどね。」
やってないね、という疑いの目がますます強くなってくる。

そういうわけで、専門家の鋭い質問に冷や汗をかきながら答え、ノートのメンテナンスが終わったのが午前1時過ぎ。
ウィルスの進入した可能性6割という、グレーを通り越し黒に近い状態でも見つからずに、結局は、すべてインストールし直しという結果となった。

以前、たまたま少しばかり体内にアルコールが入っているときに運転をしたことが、ある。
通常ならばそのまますんなりと帰れたのだが、運悪く交差点をいきなり曲がってきた車にフロント部分をぶつけられてしまった。
当然おまわりさんが飛んできた。
「あなた、臭いますね。飲んでるね。」
ということでパトカーに乗せられてしまい、例の風船を膨らます行為を命じられた。
「ん・・・あれ?ぜんぜん出てないね。」
「だからさっき言ったじゃないですか、僕はお酒がとっても弱くって夕方少しだけ飲んだのでオフィスで休んでたって。」
「しょうがねえな、まいいか。」
運良く、出なかった。
限りなく黒に近いグレーだったのだが、その場は解放された。

午前1時過ぎ、数年前に起こった事故をふと思い出した。

1月28日
病気の話しを昨日書いたら、今日は僕のパソコンが病気になってしまった。
どうもウィルスが入り込んだようで、朝からメーカーと電話で話しをしながら、アンティウィルスを何度もインストールし直したりしているのだが、駄目だ。
月曜からどうも調子が悪いな、と思っていたのだが今流行りのウィルスの症状とよく似ており、どこかに潜んでいるらしい。
今日はそのおかげで仕事らしいこともできずに今に至っている。

「ウィルスに感染しちゃったみたい」
なんて言うと、オフィスの中はまるで汚いものでも見るような感じで僕の方を見るわけだ。
「ウィルス、大丈夫みたいだよ。気のせいだな。グワッハッハッハ」
なんて今更笑ってごまかしてみても誰も信用はしてくれなさそうだしね。

体の病気ならば医者が診てくれるので原因はわかる、だけど、こういうのって自力で治す以外ないのかな。
根性で治すぞ!という手は使えるわけはないし・・・
と、途方に暮れているところへ専門家のN氏から電話が入る。
こういうときの声は、天使の声のように聞こえるものだ。
ここはひとつ彼の口から、「大丈夫、これは治ります!太鼓判!」という声を期待することにしよう。
パソコンに対しての癌宣告を受けたなら、明日からうらじゅんはお休みしますので・・・。
あ〜〜

1月27日
「あの点数じゃあ、いくらヤツに頼み込んでも無駄じゃね〜か。」
「ほっといてくれ、お前だってオレと変わらない点数なのにここに来てるって事は、やっぱり駄目もとできてるんだろ?」

「君たちは、学習の仕方を今一度考えた方がいいと、僕は思う。」

大学時代、「構造力学」という非常に難しい科目があり、留年している劣等生たちはなんとかそれでも及第点にならないものかと教授に直談判しに行ったわけだが、あっさりと駄目ダシをくらって教授の部屋を後にする・・・その頃はそういうことの繰り返しだった。

なんとか試験に合格し、卒業証書を受け取ったときは
「ついに、シャバへ出てきたぜぃ!」
そういう気持ちで心は満たされきったわけで、その気持ちはいまだに忘れることはできない。できないからこそ、自分がその大学を卒業したのかどうかわからないなんてぜ〜〜ったいに、ウソ!
今日はKABAちゃん口調だ。
で、朝のワイドショーを振り返ってみるに、すべてが計算された、後ろにはいろんな人が入り乱れての、まあ政治とはいえないところの駆け引きがあるんだろうな、とそう思ったわけですよ。
そういうわけで、この話はもうおしまい。

「いや〜、やっぱり腫れましたね。」
下半身の一部が腫れる病気で入院していたY田君が、打ち合わせに来ていたデザイン事務所、オカスタジオの代表O君とそういう話をしていた。
O君も去年の夏、やはり下半身の一部が腫れる病気を患った関係上、Y田訓と話しが弾む。
入院したんですよ〜、なんていうと、たいてい「どうしたんですか?」とくるのだが、
意外と下半身方面を患ってしまうと言いにくいものである。
「ちょっと手の骨を折っちゃって」とか「いやあ、足脱臼しちゃいましてね」などであれば、「大変だったですね、うんうん・・・」などで済むが、
「下半身をちょっとね・・」
聞いたほうはあれこれ想像してしまうが、
「あ、いや〜、そうなんですか・・ははは」
まるで腫れ物に触るように話しをそらしてしまう。
病名詐称、こちらの方が罪はない。

1月26日
経歴詐称という話題がここ数日ワイドショーなどを賑わしている。
例えば一級建築士を受ける場合、まずは卒業証明書が必要であり、これがなければ受験は不可能である。まあ、これに限ったことではなく、どういった資格試験であっても正式な経歴は一般市民としては必要なわけである。
就職活動にしても「卒業見込み」とか「卒業予定」などと書くわけで、嘘を書いてそれがばれたらもちろん取り消しとなるのは誰でも認識していることだ。
「君ぃ、この大学卒業してないじゃない!」
「そうですか?ん・・・僕の勘違いでした。」や
「そんなはずでは・・・ちょっとひとっ走り行って確かめてきます。」
言い訳にすらならない、でしょ普通は。
そういうことを平気でやっている衆議院議員は、よほどの事情がない限り普通自動車免許の一発取り消し、と同等のペナルティーを与えるべきだと思うわけです。

人材を募集したり、オープンデスクについてのメールを受けたりすることが比較的多いので、さまざまな履歴書を今まで見てきている。
中には所狭しとビッシリと書き詰めてくる人もいる。そういう人は見ただけで几帳面だということがわかるし、卒業した幼稚園まで書かれていると、何もここまでと思いながらもつい微笑ましくも思うわけだ。
見た目でだけでも、白い、と思うくらい必要最低限のことしか書かれていないものもある。
卒業後の欄に、
「ローソン、北鈴店、アルバイト」
大きな欄の中の、上の方に小さな字で書き込んでいるのもあった。
経歴詐称では確かにないのだが、もう少し書き方というものがあるのではと、その履歴書を見て僕は思ったんだけどね、I平君。

1月22日
自宅から駐車場までは少し歩く。そこへ行くまでに、風と共に雪が飛んできて、顔にぶつかっては溶けて消えていく。
犬が濡れた時にするように、ブルブルッと身体を震わしてから車に乗り込んだ。
予想通り今日は一日今年一番の寒さで、そういう時に限って一日外を回って、オフィスに戻ってきたのが午後8時。
体が冷えきってしまった。

こういう時は、熱燗におでん、がいいかな、それともS氏のバーでウィスキーをやるっていう手もあるな。
と、そういうことを考えながら、デスクの上に置いてある明日までに仕上げなければならない資料に目をやる。

心まで冷え切ってしまう一日である。

1月19日
先週の土曜日、つまり1月17日の夕刻、オフィスを後にしてビルの外に出た途端に夜空にヘリコプターの音が響き渡っていた。
近くの東遊園地で9年前の阪神大震災のメモリアルイベントが開催されていたので、その取材なのだろうと考えつつも足は駐車場の方へ向いていた。
ここからそのイベント会場までは近い。ただ、敢えてそこへ行こうという気にはならなかった。
心の中で亡くなられた方にしばし合掌しながら車に乗り込んだ。

最近ニュースでも全然見かけなくなったのが、イランの地震のその後だ。
毎年神戸でメモリアルなイベントを開催するのもいいだろうとは思うが、その経験をどう生かしていけばいいのかという学習が神戸においても、国においてもなされていないような気がしてならない。
どこでこういう悲劇が起ってもおかしくない状況なのに、例えば同じようなことが国内であったとしても、また同じような杜撰な対応がなされるのではないかという懸念を僕は抱いている。なぜならば国内の災害も対岸の火事だと考えているような人が国を動かしてるんですものね、いやんなっちゃうわよね〜
・・最近なぜか腹立たしいときに口調がピーコになってしまう。

Y田君が退院し、久しぶりにオフィスに出社して来た。
「サーズですか?」
「鳥インフルエンザにかかったのでは?」
病名を書かなかったためにそういったいろんな不安をかき立てたかもしれないので、あえて言う。
「流行性耳下腺炎」である。
対岸の火事とは決していえないのが、I平である。
明日はわが身かもしれないよ。

1月17日
市町村の合併について感じたことがある。
といっても、何も異議があるのでここで述べてみたいなどというわけではない。
朝、テレビでそういう話になっており、そこで不思議に感じたことを書こうと思っているだけだ。
「さいたま市」という町がある。
浦和市、与野市そして大宮市が合併してできた新しい市、である。
四国には「さぬき市」、山梨県には「南アルプス市」という町がすでにできていたということを今更ながら初めて知ったわけでもある。
不思議に感じたということは、何故平仮名にする必要があるのか、ということだ。
埼玉市であり、讃岐市、でいいんじゃないの?って思うわけですよ、ワタシはね。
字が難しいから平仮名にしましたというわけでもないと思う。
例えば選挙の場合などで、苗字が難しかったり、名前の方が難しいとなるとポスターには平仮名で書き改められていることは多い。
これは1票でも多くという事情があるのであろうからわからないこともないが・・え〜ぃ!まどろっこし言い方になっちまったぃ。

「大木凡人」ならば「おおきぼんど」または「大木ぼんど」という風に掲示板に貼られることになるのだろうが、人の名ならばまだいい。
市民が住む町の名前を平仮名にしちゃうというのは・・・これって市民の意見を聞いた結果なのかなっていう気もする。そこんところどうなんでしょうね?

田中康夫氏は、長野県を信州と改名すると言ってはいるが、その周りの山梨県なども実は吸収合併させられることになるかもしれない・・まあこれは冗談だけど、いや、そうなっちゃうかもね。

僕個人の意見としては、なかなか情緒があっていいんじゃないのって気はするが。でも平仮名はいけませんよ、平仮名は。
なんだかその街の重みがなくなってしまうような気がする。
流行なのかもしれないけれど、どうしても安直な気がしてならない。

このままいくと、神戸市も「こうべ市」となり、そうなると車のプレートの番号なんかも「こうべ300」とかなるのではないだろうか。
あ〜〜、平仮名はいやだ。

10年以上前、大阪の淀屋橋あたりで初めて「なにわ33」などという番号をつけているベンツを見た。
その時は大阪独特のシャレ?なんて思っていたわけだが、今や堂々とスモークガラスのなにわは市民権を与えられて走り回っている。
日本中平仮名だらけの街になってしまうのか・・・、これからの動向を注意深く見守っていくことにする。

石川県で、「ゴジラ市」が誕生しそうになったがその話は頓挫したらしい。
いくらなんでもそういうところには絶対に住みたくはない。

1月16日
以前仕事場にしていたオフィスビルの中に入っている2、3の会社に挨拶がてら顔を出した。
「最近じゃあ、このあたりもめっきり企業が出ていちゃってね。南側の貿易センタービルも今や空き店舗ばかりだよ。」という話しを聞いた。
確かに、去年引越しをする前に比べると空き部屋が増えているような気がするし、何もこのビルだけではなく、他のオフィスビルにしてもそういう状況だとしたら人の流れは今後ますます少なくなっていくことになるだろうと思った。
家賃の問題もあるのだろうが、特に営業所として存在していたオフィスは本社或いは支社に吸収されて撤退していくということになるのだろうとも予想できる。

9年前、阪神大震災の直後は南側のサンボーホールというところが臨時の役所になり、神戸を立て直すという意識が非常に強く感じられたものだ。
その周辺にはダイエーができ、道路にはケンタッキーの屋台までが出入りしているという、機能の中枢としての場がそこにはあった。
たった9年の間に流れは変わってしまったような気がする。
変わっていないのは、そこから少し北側に位置している小野八幡神社くらいのものだと思う。
「小川さん、今年は時間を作って参加してくださいな。」
ミスター・マリック似の宮司さんに毎年言われ続けて9年も経つ。

今のオフィスビルはというと、北側にスロット店にボーリング場、そこから三宮まで商店街が続いている。
「へい、わかりやした・・」
見るからにヤクザ屋サンとわかる風体の男が道にペッ、と唾を吐きながら携帯で話しをしながら歩いている。
スロットの店からは、視線が定まらない若い男がこれまた携帯を耳に当てながらよろよろこちらに向かって歩いてくるので、思わず避けてしまう。
オバちゃんは自転車に買物袋をぶら下げながら、こちらにぶつかってきそうな勢いでとんでくる・・・。
確かに活気はあるがオフィス街のスマートさは、無い。

日常に変化がないことは幸せなことだと思えるのだが、つい怠惰な生活に流れていく危険性はある。
そういうところを明日の震災からちょうど9年目の日に、再度初心に戻って考えてみようと、そう思っている。

1月14日
「最近いかがですか?」
「いや〜、ちょっと忙しくって、てんてこ舞いですよ・・・」
森之宮の交差点で、別の設計事務所の人との会話の一部である。
この、「てんてこ舞い」という言葉は自分でも使うつもりがまったくなかったのだがつい何気なくでてしまった。

志賀バーの志賀氏に言わせれば「死語」である。
死語、ではないにしても、普段何気なく使っている言葉で、よくその意味を考えれば考えるほどナンセンスに思えてくる言葉は結構ある。
「もうてんやわんやになっちゃって〜」の「てんやわんや」とか、
「云々(うんぬん)かんぬん・・・」もしくは「云々くんぬん」,
「なんだかんだ」に「しっちゃかめっちゃか」、「上を下への大騒ぎで・・・」
「くそも味噌も一緒にするんじゃない!!」かなり荒っぽいボキャブラリーではある。
他にもいろいろあると思うのだが、その意味を落ち着いて考えると非常にナンセンスな気がしてならない。でも、ふと使ってしまうってことありません?

「・・・でね、危ないところだったんだ。」
「ひえ〜〜、それは怖いよね〜・・くわばらくわばら桑原和夫(吉本新喜劇の有名な俳優)・・・・」、
とつい言ってしまうT女史の場合、その使い方は違うものの、こういうのも気になるボキャブラリーではある。

1月13日
朝一番からI平と共に和歌山県南部の現場へと向かった。
(2003/11/19 うらじゅん参照)
湾岸線を通って約3時間強の道のりである。
ただ風が非常に強く、写真に載せているように海は蒼いが波が激しい状況である。
この海岸線に沿った道から少し外れて別荘地を通り抜け、今度は広大な湿地帯を左手に見ながら目的地に到る、という道程である。

以前にも書いたと思うのだが、こういう土地で人生の最後を過ごすのは辛いような気がする。
「老人ホーム」というものを考えると、例えば規模は小さくてもよいので街の中にあり、いろんな人が顔を出してコミュニケーションを図る、といった最後まで「家族」というものを意識できるようなライフスタイルを持てるようなものの方がよいのではないかと、僕個人としてはそう思っている。
住んでいる土地の先には湿地帯、その先には荒海、という風な最果ての地で人生の幕を閉じるというのはやはり寂しすぎるような気がしてならない。
老人施設のあり方を再認識するべきではないのだろうか・・・
あくまで個人の感覚ですがね。

「めちゃ、さむいっすね〜」
「当たり前だろ。こんな寒い日にコート着てこない方がどうかしてるぜ。」
「コート持ってないんすよ・・・・」
「すいませ〜〜ん、作業着の上着貸してもらえませんかぁ〜〜」
現場で上着とおまけにヘルメットまで持って帰ろうとしていたI平が、寂しすぎる。

1月12日
新聞の社会面に、「新成人騒ぐ」とか、「成人を逮捕」などと、毎年恒例の成人式での荒れ模様の様子をマスコミは記事にしている。
まあ、結果として黙っちゃおけないわけだから記事にするんだろうけど、どうにかならないのかしらね、ああいう人たちって!
口調がピーコのようになってきた。

「同窓会みたいなもので、各地から戻ってきた人たちが集まる場だし、その中で目立ちたいのはわからないわけじゃあないんだけど、自分達がやってることわかってるんだろうか・・・」
「どこでもいるよ、そういうの。いちいち腹立てても仕方ないんじゃいの?」
「だけどさ、毎年警察までが出動してだよ、馬鹿なガキども取り押さえるっていうのは税金の無駄でしょ。もういい加減、ああいった形式だけの儀式やめちゃうべきだと思うんだけどね。」
「一部だけだよ、それをクローズアップしているに過ぎないだけさ。」
「例えば、成人式を25歳まで繰り上げて、それまでにもっと大人としての基本をさ・・・」
「あの、僕今日これから成人式に行くんだけど・・」

朝、長男と食事をしながらの風景である。

1月11日
限られた時間内で免許を取得しなければならない長男と、「免許がない」というビデオを見ていた日曜の午後、同じマンションの人から電話が入った。
エレベーターホールに犬が迷い込んでいるという電話だった。
マンションのペット会に属している関係上放っておくわけにもいかず、しかも知り合いのところの犬、らしいので、舘ひろしが坂道発進をミスっているシーンでビデオを諦め、エレベーターホールへ行くことにした。
足の短いコーギー犬が僕の姿を見るや否や、シッポを振って飛びついてきた。
そのお宅は留守で、たまたま何かの原因で外に出てしまったらしいということが想像できるのだが、この寒空にそのままにしておくこともできず、彼女(もしくは彼かも)の目を見るともう連れて帰ることを決心してしまっていた。
金融のCMにでてくるオッサンの心境をこれまた地でいってしまったことになる。

自宅にはモモがいるわけで、連れて帰ると
「誰なの、その人!どうしてそんなの連れてくるのよぅ〜〜」
なんてことをきっと犬語で言われるんだろうなと覚悟を決めて扉を開けた。
期待通りに彼女はわめきたててきたので、コーギーは寝室へほおりこみ、ココの所在を考えた。
幸いもう一人の彼女はお隣でのんびりしていたらしいので、更なる騒ぎになることだけは免れたわけだ。

朝、「8mile」というヒップ・ホップ系の映画を見ていたおかげで、その騒動の間中、僕の頭の中ではずっとラップが流れていた。
あ〜気ぜわしい。

1月10日
西宮戎神社の10日えびす、つまりは本えびすに足を向ける。
本来ならば所員揃ってお参りをし、外へ出てから食べるたいやきを楽しみに、というところなのだが、今年は昨日書いたように、何かと負傷者が相次いだため、僕一人で笹の葉を持って出かけることにした。

普段から人の多いところは非常に苦手で、特にこういう場所では自分の行きたいところへなかなか行けないわけで、何よりも進めないというところが苦手だという原因となっている。
だから年末のルミナリエも、もう二度と並んでは見ないだろうし、車の渋滞時期にはぜ〜ったいに車に乗らないもんね、というただの我儘なオッサン、ということです、ええ。

週末だということもあって、人の多さは尋常ではなかった。
じいさん、ばあさんの列をスラロームのようにすり抜けて本殿へたどり着く。
名物の大マグロはその上まで人がたかっていたので今年は見るのを諦めた。
とりあえず毎年の儀式となっていることを事務的に処理し終えた。

いつもながら感じることなのだが、神社へお参りする、という敬虔な気持ちよりも、我先に本殿でお金を賽銭箱に投げつけ、そこから身をかわしながら今度はマグロの身体に、いかにいい場所(いい場所、というところのものが僕には解しかねるのだが・・)にお金を貼り付けられるか、それが終われば今度は屋台の場所取りに走る。
これって若い人もそうなんだけど、じいさんばあさんもそう。
こういうことに対して疑問を持つ、ということ自体実はタブーなのかもしれないが、もう少し本質的なものをありがたがってもいいんじゃないの、とそう思っているわけです。

で、ありがたがって3千円で買ってきた笹の葉なのだが、葉のところはすべてビニールでできており、しかも毎年デザインはまったく変わらないときている。
たまには本物の笹にしてほしいと切に願っているのだが、僕自身も実は本質をはずしたありがたやサンなのだと、そう思っている。

1月9日
Y田君が過労のために急遽入院を余儀なくさせられてしまった。
カオナシ君は相変わらずの慢性疲労症候群で夜にしか目が開かない状態で、I平はいつ肺に穴が開くかわからない・・・新年早々みんな危うい状況で仕事をしている。
そもそも仕事のスケジュール管理をするのが僕の仕事であり、彼らにそこまで強いる事自体僕自身の管理能力を問われるべきものだと痛感している。
自分自身はどうかと言えば、ん〜〜、若干の睡眠不足と運動不足程度といったところだろうかと思われるくらいで、食欲もあるし健康である。
とはいえ、彼らの栄養をすべて吸い尽くすようなオオアリクイのような存在では決してないとは思っているが、彼らから見ればすべてを僕に吸い取られていくような気持ちにひょっとしてなっているのかもしれない。
だから最近は、彼らの邪魔にならないように早く帰ることを心がけている・・・
それじゃあ、だめじゃん。

1月6日
駐車場へ行き、キーをポケットから取り出し愛車の方を見ると・・・
車がない!
いくら隣にでかいランドクルーザーがあるからといってそれに隠れてしまって見えないわけはない。
しばらく放心状態のまま、実は昨日は三宮で飲んでそのままタクシーで自宅まで帰ってきたことにやっと気がついた。
年末ぎりぎりまで仕事をしており、その反動としての放心状態を休み明けまで持ち越してしまったのかもしれないが、のっけからMr.ナガシマを地でいってしまった2004年である。

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