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5月30日 カナヅチ、な人と寒さに弱い人にはおすすめできない映画 「THE DAY AFTER TOMMOROW」 (昨日書いたうらじゅんには「デイ・アフター・トモロウ」と書いたが英語のタイトルには THE が付いていた。) を見てきた。 「どうだった?」 「いいんじゃないの?」 僕と次男との会話、だ。 内容についてはこの会話から推して計って下さいな。 5月29日 出張をする、そして帰ってくると今まで以上のFAXと、電話しなければならないところが増えている、そういう気がする。 今日は溜まった仕事をコツコツ整理しながら、督促されていることは月曜に回しながら、夕方から「デイ・アフター・トゥモロー」を見に行こうと考えている。 週末は波にのまれる映画を見ながら、週明け督促の波にのまれてしまう・・ たまには流れに逆らわずに飲み込まれていく、そういう気持ちになってみることも必要かもしれない。 5月28日 「銀座」という街は、学生時代の頃はまったく縁がなかった。せいぜい新宿、渋谷、四谷、だった。 銀座7丁目の「ライオン」で腸詰めとビールを仕事が終わった後に自分に対するご褒美として立ち寄るようになったのはおおよそ3年位前からだろうか。 銀座1丁目に隣り合う「新富町」にオフィスを構えているH氏を訪ねる。 初対面であることから、場所がわからずに携帯で場所を確認しながら伺った。 こういうとき、携帯電話というものがお互いの距離感を近づけてくれるツールとして役立つものである。 有楽町線「新富町」を地下から地上に出たところに、立ち食い蕎麦屋がある。 意外と種類が豊富で、せいろを注文すると蕎麦湯まで一緒についてくるところがなかなか心憎いところである。 「ライオン」での腸詰めに、新富町の立ち食い蕎麦屋。 まだまだ銀座での生活を謳歌するところまでは至っていないようだ。 今後に期待しよう。 5月27日 「その辺でかまわないかな?」 「いいですよ、適当なところで降ろしてもらえば」 とは言ったものの、目の前に見えた駅名は地下鉄「虎ノ門」だった。 僕がリザーブしているホテルの所在地は「半蔵門」である。 どうやら運転している男は「門」を取り違えているようだ。 とはいっても、彼はそのまま千葉の自宅に高速をつかって帰るわけだから、今更、 「門は門でも、はんぞうも〜ん」 などとはとても言えない。 銀座線の「虎ノ門」で「赤坂見附」まで行き、そこから「永田町」まで地下を歩く。 「永田町」から半蔵門線に乗り継ぎ、「半蔵門」で降りて、やっとホテルへたどり着いた。 時計はすでに午後11時を回っていた。 26日の夜からI平と東京へ出張した。 僕は2日間、彼は一泊の予定でに出張だ。 26日の夜は東京に着いたのが午後8時頃だったので、東京の友人Uを交えて新宿で食事をした。 翌日I平が仕事を終えた後、秋葉原でオフィスを構えている前出の友人とUとの3人で初台で打合せを行い、そしてその帰りに「虎ノ門」で降りた、ということだ。 大阪ヴァージョンの地下鉄路線図を東京ヴァージョンの地下鉄路線図に頭を切り替えるのはなかなか難しいものである。 東京の旅はまだ一日残っている。 5月23日 「テロ」というのは「テロリズム」の略称であり、「テロリズム」とは、 @暴力或いはその脅威に訴える傾向、A恐怖政治 と広辞苑には書かれている。 「テロには屈しない!」と言った小泉首相は、週末すでに屈してしまった格好を日本全国に知らしめてしまったことになったのじゃあないかと、そう思うんですけどぉ。 5月22日 「人体に影響はないようですよ」 「いくらなんでも直接じゃあ、まずいでしょ、やっぱり」 土曜の夕方、仕事が一番はかどる時間帯にボードに張ってあった予定表にI平が気がついた。 「害虫駆除のお知らせ 午後18時以降〜午後21時」 表現方法が変だが、どうやらもう始まるらしい。 以前もオフィスで寝ていて追い出された経験がある。 今度は仕事している最中だ。これは諦めるしかない。 いくら人体に影響はないといっても防護服を着た作業員に直接スプレーされるようなことにはなりたくはない。そういうわけで本日は、これにて終了。 5月20日 「『下鴨茶寮』だっかぁ〜、あれは、しもがもさりょう、いうんですよ。ここだけの話、あそこはえらいさんとくっついてまっからそんなたいしたもんやおまへんでぇ〜」 純粋な関西弁をこうやって文字化する場合、ひらがなだけになってしまうのは不思議だ。 まあ、そういうことはさておき、京都市内でタクシーの運転手さんと話をしていてそういう話になった。 北野天満宮の南から北に位置している仏教大学へ行こうと思い、西大路通でタクシーに乗った。 「仏教大学までお願いします。」 「あちゃ〜〜、反対方向でんがなぁ〜、よろし、ここから曲がりまひょ。」 ハンドルを右に切って細い路地を入り、一路東へと向かい始めた。 ・・・・ん?何で真東へ・・北へ向かうべきだと思うのだが・・ 「これ鷹ヶ峰方向ですよね?仏教大ですからね・・」 「時計台のほうでよろしおまっしゃろ?・・・まかしておくんなはれ」 などといいながらひたすら東へアクセルを踏んでいる。 地下鉄北大路を西の方向へ向かうのが仏教大へのコースなのに、今この車はその北大路の出口を東へすっ飛んで行っている。 烏丸通を越えて御所を南に見ながらひたすら・・・。 「すいませんけどね・・・鷹ヶ峰の、仏教大なんですけどぉ〜、これ反対じゃないんですか?」 耳元で強くそういうと、 「えぇぇぇ〜〜!!」 ブレーキがかかりガクンと車に衝撃が走った。 「京大ちゃいまんのん?」 「ぶっ、きょうだい、ですよ、ぶっ、きょうだいいいいいい」 「きょうだいかとおもってましたわ〜〜どんならんな〜〜〜」 相変わらずひらがなで話しが続く。 「じゃあ、逆でんなあぁ」 ハンドルを左に切り今度はひたすら西へ走る。 「どうせきょうはみずあげあんまりないもんで、料金もこのまんまでよろしわ〜〜」 570円の料金でいい、ということらしい。 百万遍あたりから北に折れて鴨川を植物園方向へ走り、そして左折をして北大路通に入る。 雨の京都でちょっとした観光気分のような錯覚を覚えた。 鴨川沿いで、 「あ・・あそこが元松竹東映のあった場所ね。目玉のまっちゃん、すきでしたわ〜、しりまへんやろ?」 「そのあたりは高級住宅地でんがな。でかいいえたってまっしゃろ」 もう観光気分になってしまった。 僕は以前京都に住んでいたことがあり、その頃、“下鴨ちゃ寮”という料亭があったので、いつかはそういうところで食事をする身分になりたいと思っていた、そういうことを彼に話をした。その結果が冒頭のくだりになったということである。 「ここだけのはなしなんやけどな〜〜・・・・」 京都の人はこういう枕詞をつけて話しをしたがる傾向にある、と僕は思う。 で、いろんな人にそういう話が伝わって行っちゃうんだろうな、今日のこともおそらく 「ここだけの話しやけど、京大へいうとって仏教大までいかされてしもうたわ〜、どんならんでぇぇぇ〜〜」 という風に仕事仲間に言ってるんだろうな、と帰りのタクシーの中でふとそう思った。 5月19日 近くに「ケルン」というパン屋さんがある。 ここは種類が豊富な上に、値段が安いというところからランチにパンを選択した場合は、必ずここ、と決めている。 昼食時にI平がいろいろ買い込んできた。 その中に「ころすけ」というパンがあり、これは、表面に「キテレツ大百貨」というアニメに登場してくる「ころすけ」というキャラクターが彫りこまれているものであった。 ちょんまげの部分がウィンナーになっており、けっこうかわいらしく作ってある。 「ケーブルテレビで、キテレツやってるよ、一緒に見ない?」 ケーブルテレビのアニメチャンネルでは夜中にこういうアニメが時々放映されており、息子たちと一緒に昔はよく見ていたことから、ちょうど部屋から出てきた次男に声をかける。 「懐かしいね、これ・・・」 「見る?」 「いや・・・試験勉強中だからね・・ゆっくり見てれば」 「そう・・・」 で、僕だけが最後まで見てしまうことになる。 トンガリやブタゴリラなどのキャラクターなども懐かしく、ついつい見てしまった。 おいおい違うでしょ! どうしていい歳をした男が夜中にビール飲みながらアニメに夢中になるの? これはその内容が面白いということよりも、その頃を懐かしく思うから見るわけで、一人で見てどうするのよ。 いつの間にか精神年齢まで追い越されちゃった?・・・・ カレーパンを食べながらぼ〜〜っとそういうことを考えているうちに、いつの間にか目の前の「ころすけ」がいなくなっていた。 5月18日 ネクタイの締め方を意識したのは大学1年生の頃だった。 「ML」つまりミュージックライフというロック小僧がよく見る雑誌の表紙に、当時人気のあった「クイーン」が出ており、ギタリストのブライアン・メイがさりげなく締めていた黒の細長いネクタイにとても魅力を感じた。 それ以来、今でも結びは細めの「プレーン・ノット」を僕は続けている。 あまり細いプレーン・ノットでは結び目のディンプルを作るのにちょっとコツがいる。 それをさりげなくやってこそ、男。 そこまでこだわることはないとは思うが、ビジネス時には身だしなみは欠かせないものだと思う。 紺のスーツの上からバッグをタスキがけにして歩いたり、紫色のダブルのスーツに黄色地に蝶の柄をあしらったようなネクタイを締めていては普通のビジネスはおそらくできないだろうと思う。 「ちょっと気を引き締めるために、今週からジャケットかスーツにしようと思うんだけど。」 そう思いついたようにミーティング時に僕は言った。 翌日、I平とY田は揃ってネクタイの結び目を蝶が羽を広げたような大きさにして現れた。 「なんなんだよ〜、それわぁ〜・・・」 「いいの、いいの、あんまり首を締め付けると血が通わなくなるから、緩めてもかまわないわよ〜」 T女史がそう言って二人の胸倉をつかみながら「蝶」の羽をむしり始めた。 新橋の酔っ払いのオッサンのようになった二人の姿を見て、スーツ姿のオフィスはあきらめた。 5月14日 年金問題については、政界の中の問題だけではなくそれを糾弾する側のマスコミの方にも飛んで行ってしまったようである。 有名どころのキャスターに飛び火し、それがかえってまたまた有名になるステイタスとなり、売れない芸能界の人たちもこぞって年金に入ってない、なんて言っちゃったらそれこそ混沌としたものになりそうな、気配になりそう・・・ならないか。 ことほど左様にややっこしい制度ならば、一度みんなお詫びをして、さてとじゃあもう一回やり直しましょうか、とそういう方向に持っていったほうが公正な気がする、と僕は思うんですけどね。 それをその場しのぎで取り繕っているから方向性がまったく違ったところに向いていっているのが現状でしょ。自分のことは棚の奥のほうにしまいながらお互いをなじりあう、そういう幼児性がなくならない限り、やっぱり自分の道は自分で切り開いていかないと駄目かもしれないような気がする。 仕事のし過ぎで倒れても誰も助けてはくれなさそうなので、忙しくても週末は早めに帰って女子バレーを見よう、と考えている。 ところで、あれに出て来る「News」っていう人たちは、女子バレーとどういう関連性があるのかいまだに理解できない。 織田裕二的なポジションになるのかもしれないが、彼らが映し出されるときは冷蔵庫へビールを取りに行く時間帯と僕は決めている。 こういう番組の中にもその幼児性が出ているような気が、僕はしている。 5月13日 髭を剃っているときに、手が滑って片方の髭をそり落としてしまった。 しょうがないや、また伸ばせばいいか・・とすべて綺麗に剃ってしまった後の顔を見ると皇太子の顔になっていた・・・という夢を見た。 前日、T女史が昼食時に僕のそばで皇室のスキャンダル話を延々としていたおかげで僕の頭の中にいつの間にかインプットされてしまっていたものと思われる。 昼食時の話題も考えないと・・・。 5月11日 突然オフィスに現れるのはいいのだが、その人の名前を思い出せない。 しばらく世間話をするのだが、どうしても名前が浮かんでこない。 「仕事のことなんですけどね・・・」 打合せはスムーズに行われるが、名前がどうしても・・・。 相手に電話が入ったのをいいことに席をはずしてT女史に小声で、 「誰だっけあの人?」 「え〜っと、ちょっと待ってね・・・あれ?忘れちゃった、がっはっはっは・・・」 「し〜〜〜、小さな声で、ね」 しばらく打合せをした後一緒に市役所に行くことになった。 でも思い出せない。 結局わかれるまで思い出せずに、オフィスに戻ってから必死で名刺のフォルダーを片っ端から探す。 「あ〜〜、そうだ、**さんだったよね。」 オープンデスクに参加したいというメールがよく入るのだが、一番印象に残るのが名前だ。 先日入ったメールは、最後に名前が書かれていたのだが、かなりのインパクトがあった。 ずいぶん前に亡くなった石原軍団のトップ、そう、少し大きめのサングラスをかけ、ブランデーグラスを片手に持っている姿が印象的なその人と、名前がほとんど同じだった。 ほとんど、というのは同名というわけではないということなのだが、その字から受ける感じは、まさしく「太陽にほえろ」のボス、なのである。 結果、彼は初めてオフィスに顔を見せる前からニックネームは「ボス」となってしまった。 最初に書いたどうしても名前を思い出せないその人は、実はその「ボス」と同じ苗字である。 ただ名前のゴロが少し違うだけでとてもインパクトがあったり、印象が薄くなったりする・・・不思議なものだと、思う。 5月8日 前に止まっているバイクのマフラーから異常に煙が吐き出されている。 整備不良は困っちゃうんだよね〜、早く信号変わらないかしら。そうだ、ここのは長かったんだよな・・・いつまで煙吐き出してるんだ、まったく・・・ バイクに乗っている男が後ろを振り向いてしきりにこちらを見ている。 なんなんだよ・・・・・・ん? あれ?ひょっとしてこの煙って僕の? 窓を開けるとゴム臭い匂いと共に車内に煙が入り込んできた。 車を道端に止める。 「人のこといってる場合じゃない、か・・」 ぶつぶつ言いながらボンネットを開ける。煙に混じって火が見えた。 たまたまそばを通りかかった作業服を着たお兄さんが言った。 「ちょっと離れたほうがいいよ。オイルがマフラーに垂れて引火してるよ。これはヤバイ、ちょっと待ってな・・・」 運がいいのか、止まったところがバイクの修理屋の前であり、その店にとってはちょうど営業妨害をしかねないような態勢で相棒が横たわっている。 そのお兄さんが水を持ってきてくれて一段落、ではあるが、また入院となってしまった。 志賀バーの志賀氏の車もよく入院しているみたいで、彼の場合は若さゆえに暴走しちまったぜぃ・・・というような感じで入院しているような気がするが、僕の相棒の場合は、運行不足のおっさんが急に山登りをしてへたばってしまい、結果入院、と、そういうイメージなのかもしれない。 いい天気なのでガスを満タンにし、洗車をし、そしてさっぱりした気分でオフィスに向かうつもりだったのだがこれだ。 退院したら、もう少しいたわってあげないとね。 5月5日 「10点中3点だったね・・」 次男がそう言った。 以前から気になっていた国道2号線沿いにあるラーメン屋を出てきたときの言葉だった。 そこを通るたびに、割と有名人らしい料理人の写真がおもてに貼り出されており、 「佐野*直伝スープが・・・」等々いろんな文句が歌われているのできっとさぞかし美味いんだろうな、とラーメンに目がない僕はそう思いつつなかなか入れないでいた。 今日は次男と二人で夕食を摂ることになっていたので夕方わざわざそこまで行って店の暖簾をくぐった。 そして出て来た時の感想が最初の言葉だった。 「・・・直伝」この言葉に騙されていた、と思う。 「愛の貧乏脱出大作戦」という番組で、橋にも棒にもかからないようなぐうたら店主が番組の協力により、達人に怒鳴られ蹴飛ばされながら目覚めていく。 そして晴れてやっと自分の店を立ち直らせる、そういう番組が以前あった。 直伝、というのは実はそういう意味で、ひょっとしたらこの店って以前テレビに出ていたのでは? そういうことを、僕も次男も言葉にはしないが、家路につく途中お互いにそう考えていたようだ。 (おかげで翌日、僕は打ち合わせの途中で、そして次男は模擬試験の途中でひどい腹痛に襲われていた・・・) 5月1日 「えーっと、誰だっけ・・顔は覚えてるんだけど、名前がもうひとつ思い出せなくって・・・」 中学の同窓会ともなればどうしてもそういうことはあるわけだ。 もう数十年も顔をあわせないままお互いに歳を重ねてきており、いろんな経験をしているわけだから、ふくよかな顔、というよりはどちらかといえば生活の苦渋をかもし出しているような顔つきの方が断然多い。 どこでもそうなのであろうが、こういう場所では必ずこういう言葉が出る。 「いや〜、やっぱり一番出世頭はこいつだよな。」 「いやいや、俺なんかとてもとても、それよりこいつなんかどうだぁ〜〜」 「勘弁してよ、毎日が地獄なんだからよ。」 お互いにこいつだ、こいつだと指を指しながら、その指がぐるっと輪を描いているシーン、 同窓会ならでは、である。 「先生はどういう人たちが来てたの?」 2次会で隣に座り、名前を言われるまで全然わからなかった幼稚園時代共に学園生活を共にしたTa女史に聞かれた。 「え〜っと、I先生と、H先生に・・・」 「うそ〜〜、I先生死んだんじゃないの?」 「亡くなったのはね、T先生で、I先生は相変わらず元気そうだったよ。」 「うそ〜、死んだかと思ってたわ〜・・・」 「ああ、I先生はよ、3年毎の同窓会になるとこっそり墓場を抜け出してくるんや、なあ、じゅんや」 小学校時代のいじめっ子Mが、当時そのいじめの対象だった僕にそう言った。 |