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10月30日
「出来る限りはやってみたのですが、力及ばず負けてしまいました。」
という言葉に対して、
「いや〜よくやったよ。それだけやれば負けて悔いなし、うん、うん」
というのが日本的な考え方だ。
結果としてはダメじゃん、ということであっても、気持ちだとか、それが美徳だぁ!などということですべて曖昧模糊としてしまう傾向が強い。
負けないように企画戦略を立てて用意周到に計画を遂行していく、ということがいつまで経っても出来ないのも日本人である、と僕は思っている。
で、今回の人質事件についても、経緯はどうあれ、「万策尽きました」や「残念です」などで終わっちゃうんでしょうね、きっと。
新潟の地震についても、そう。
「みんな頑張ってやってます。」
唇の薄い薄情そうなわが国の代表はそう言いそうな気がする。
もっと具体的にどうするか、なんていうことを出さなければだ〜れも信用しませんもんね、そんな言葉は。
アメリカに対しても、中国に対しても、北朝鮮に対しても一本ぴ〜んと筋の通ったような姿勢を見せてもらいたい、と誰もが思ってるんだけど、それを彼に期待するのは無理だろうね。
人の顔色を見ながら後手後手で動いている限りこういう状況が続くのか、と考えるとうんざりしてしまう。

「出来る限りやってるんですが、どうしても間に合わなくって・・・」
「いや〜、いいです、いいです。貴方も頑張ってるんですからね、」
ではなく、
「別にいいっすよ、他でも仕事欲しがってるところ、いっぱいあるんだから・・」
美徳とか精神論などにはまったく縁がないのが今の僕の置かれた環境ではある。

10月28日
3年ほど前、沖縄に行ったときに買ったシーサーがひとつ自宅のバルコニーに置いてある。
通常の睨みつけるような一般的なものではなく、漆喰で出来た少しばかりコミカルな感じのものだったので衝動的に買ってしまったというわけだ。
口が大きく裂けたような感じで、見方によっては笑っているようにも見える。
猫のココが時々そのシーサーの耳元で爪を研いでいたので、今では耳が少し小さくなってはいるが我が家の守り神でもある。
が、ある日ふと気がついた。
対になって初めて態をなすものであって、ひとつなのはおかしいんじゃないか、と。
通常は、片方が雄で口を大きく開けており、一方が雌で口を閉じたもの、つまり、例えば雄の方がお金を稼ぎ、雌はその稼ぎを口を閉じて出て行かないようにと、或いは幸せを呼び込んで、片方がその幸せを逃がさないように守る、という意味もあるようだ。
と、なると我が家の片方の耳が小さいシーサー君は、その大きな口で思いっきり稼いではくれるのだろうが、その分すべて吐き出していたのではないかということに今更ながら気がついたわけです。
そういえば、臨時にお金が入ることはあるにはあったが、そっくりそのまま出て行く、ということがよくあったような気がする。

そういうわけで今度沖縄にいったときには、彼のパートナーを探して来ようと考えている。
一人身に耐えながら、猫に耳を齧られながら我慢をしていたかと思うと今更ながら不憫に思えてきた。

10月23日(続き)
「新潟で大きい地震があったらしいですよ・・え〜っとM6.5くらいですよ〜」
I平がそう言った。
「こっちは揺れてないよな・・」
6.5っていうのは間違いじゃないの?なんてネットで確かめると確かにその数値となっている。

自分の周りの環境に空気の揺れ、のようなものがない限り、人はそれを他人事だと感じるのは仕方がないと思う。実際に、自宅に帰ってシャワーを浴び、ビールを飲みながら被災地の様子をテレビで眺めるという行動を僕はとっていた。
神戸での震災を経験しているにもかかわらず、他の土地での出来事は所詮他人事だとしか感じられないことに無力ささえ感じてしまった。
こういう状況に陥ったとき、いったい誰が自分を助けてくれるのか。
誰もがそう思い、誰かにすがりたくなるのは人情だが、現実としては誰も助けてはくれない。国に期待をしても期待はずれになる方の可能性が高いものであるという気もするし、僕の場合も結果としては自分で何とかするしか方法がなかった。
ただ、高齢で被災した場合、帰る家もなくこれからどうすればいいか途方にくれてしまうわけで、こういう人達に対してはやはり国が出来る限りのことをすべきじゃあないでしょうかね。国内で事態が大きくなればなるほど普段立派なことを言ってる先生方の陰が薄くなっているのはどういうことなんでしょ。
現実として現地にいけるわけではないけれど、できる限りのことはしたいと考えている。

10月23日
シラッキー氏にギターを習い始めて約1ヶ月が経った。
毎日練習するというほどの時間もないので、どうしてもレッスン日の前日にまとめて習ったことを復習するという、まあひらったく言えば前の日だけギターに触ってレッスンに望むという、長い目で見れば決して上手にはなれないパターンを今の僕は繰り返していることになる。ただその場に行くことで気分転換は出来るし、いろんな方と話も出来るということで今は癒しの場として通わせてもらっている。

ここで、ジョン・レノン・・フリークな人と出会った。
ビートルズナンバーならば何でもこなせるという方である。
今回はその演奏を見る前に引き上げねばならなかったので次回は是非その演奏を見せていただこうと思っている。
シネマオタクを脱皮しようと試みた結果としてビートルズオタクに傾いちゃったりして。

10月20日
台風23号がどんどん近づいてくる。
「どうしてこんな日にYさん誕生日なんだろうね、明日だったらよかったのに・・」
傘を吹き飛ばされながら、オフィスを出て、Y女史のバースデイのためのケーキとプレゼントをそごうまで買いに来ている途中でT女史はそう言った。
「まったくだよ、そごうだってほとんどお客さんいないじゃん。」
ポンパドールの前でケーキを選びながら、
「今日はお客さん来ないでしょう、これじゃあ」
「そうですね、台風来てますしね。」
作り笑いを浮かべながら男性店員はそう言った。
「余ったケーキはどうするの?せっかく美味しそうなのにもったいないよね〜、ね、ね」
T女史はおそらくサービスを期待しているのだろう、目が輝いているのがわかった。
時間ないからプレゼント買うぞ・・・とガラスケースにくっついてしまっているT女史をそこから引っぺがしてワインコーナーへ向かった。

「美味しいワインはどれなの?」
そのコーナーが見える辺りで大きな声で店員に向かってT女史はそう言った。
確かに時間短縮にはなるけれど、そして声が大きいということも確かにわかるが、客はまだいるわけだから一緒に歩いている僕としては他人の振りをしたくなってしまう。
「これなんかフルーティーでいいですよ。」
試飲用の小さな器でその感触を確かめる。昼間だから全部飲み干すのは少し気がひける。
隣を見ると、ランチ前で腹が減っているせいかT女史は、がぶがぶ飲み干しながら、
「これは美味しいね〜、他はどう?あれぇ〜全然飲んでないじゃない・・」
僕の方に向かってそう言うが、こういうのって味を確かめるだけなのでは?
「これは・・うんうん、ちょっと渋めかな・・」
ぐびぐび飲っている。
ワインとチーズをプレゼントにと考えていたので、傍のチーズを売っている場所へ移動する。
「ん?いつもならここにチーズの試食用のお皿置いてあるんじゃあなかったっけ?」
ちょっと声大きいんですけど・・・
「台風でお客さん少ないものですから・・ちょっと」
店員はびくびくものでそう言った。
「いつもなら、ちゃあ〜〜んとここに置いてるのに・・・」
「切りましょうか?」

酔っ払いのオッサンと化したT女史をなだめながら、また傘をさしながらオフィスへ戻っていく。
台風23号もその大きな声で進路を変えてもらうってわけにはいきませんかね。

10月19日
先週の金曜に歯の治療がやっと終わった、と思った途端に日曜にコンタクトレンズをなくしてしまった。しかも昨日から喉の調子がおかしく、今日は声が出ない。
もう散々である。
「今、小川はちょっと声が出なくって替わりに聞いておきますが・・・」
督促の電話から逃げているんじゃあないのかぁ!なんて思われても仕方がない。
仕方がないが、この声だと僕だとわかってもらえない気もするし、無理して声を出そうとすれば体力を消耗してしまう。まあ、こういう日もあると思っていただくしかない。

オープンデスクに来ている四方(シカタ)君に声をかける。
こちらを向いたら片方の目がつぶれていた。
「お、お、おどかすんじゃね〜よ、このヤロォ〜〜、あっちむいてろぉぉ〜〜」
思わず怒鳴りそうになったが、事情を聞いてみれば昨夜寝ているうちに虫に刺されてそうなってしまったらしい。
僕よりもっとひどい目にあっている人間が近くにいた。

10月15日
実は18日なのですが、小学生の「夏休みの日記」のごとくまとめて書いております・・・・。

長い出張を終え、週末にやっとオフィスに入る。
なんだか週明けのような気がするが、周りはすでに週末の気分になっている。
溜まった仕事を処理しているうちに夜になり、この続きは週末の宿題になってしまう。
うらじゅんも、仕事も溜まっていくばかり・・・。

10月13日
沖縄でのスケジュールがタイト過ぎてスーパーシートどころではなかった。
しかも分け与えられたシートは、ギャレー傍のちょうど僕のシートだけが跳び出したような格好になっており前からは丸見えの位置であった。
いいように考えれば足は前に伸ばせるから、スーパーシートのような結果になったかなと喜んでいたのだが、実際はそれどころではなかった。
ちょうど前に小さな客室乗務員さん用のクローゼットのようなものがあり、しきりとそこを開いて毛布を取り出したり、トランクを詰め込んだりでその都度足を曲げなければならない。おかげで靴は脱げないし、寝られないわで、しばらくは飛行機には乗りたくないような気持ちになってしまった。
東京に着いたのは午後7時。雨だった。

10月12日
空港内の「スターバックス・コーヒー」から下階のロビー方向を何気なく見つめていると、EXITつまり出口と書かれた部分からどんどん中に人が入り込んできているのが見えた。
中国人の団体でもこんなに大勢で反対方向から入って来るようなまねはしないだろうと思う。
マナーの悪さが一際目立つ朝の伊丹空港だ。
よく見ると高校生くらいで、そんな長旅をするわけでもないだろうにゴロゴロキャスターをみんな引きずって中に入ってくる、そしてそれが黒い塊になって膨れ上がってきた・・・。
しまったぁぁ〜、そういえば今は修学旅行の季節か・・こういう連中と一緒にはなりたくないよな、ズズズ・・っと熱いコーヒーをのどに流し込んだ。
ん?・・・ちょっと待てよ、ここは国内線だよな。となると、修学旅行で行くところは北海道か沖縄あたり・・・やばい、やばいよな〜〜、頼むからこっちには来ないでくれよ、と思う気持ちもむなしく、
「33番ゲートってどっちや?」
などとゲートをくぐってからズボンを尻の下まで降ろしきった野郎連中がゾロゾロと僕と同じ道を歩んでいく。
長いヴァケーションをとるようなことを先日書いたのだが、仕事ですよ、仕事。そういう気分で出張しないとやってられないでしょ、ね。
で、仕事ゆえにこちらは勿論ネクタイを締めてスーツを着込んでいる。
沖縄へは日帰り、そのあとは東京で2日間滞在予定というタイトなスケジュールなのでいささかの緊張感が僕にはある。その傍で、
「携帯切らんとあかんの?」
「ええやんけ〜〜」
などと、このガキどもはほざいていおるわけで、そりゃあおっさんおこりまっせぇ、いやほんまに。

閑話休題

こういう団体様は、航空会社も心得たもので後ろの方の座席に追いやってくれたおかげで、飛んでいる間は比較的静かではあった。
静かではあったが、そう続いて僕の座席の近くのトイレに並ぶこたぁないでしょ。
シートベルとはずした途端に動き回るのだけはやめて欲しい、と思う。
帰りは、スーパーシートにしよう。

10月11日
台風もいつの間にか過ぎ去り、そのおかげで、週末は休みなく働かせていただいとります。

明日からはしばらく出張のためうらじゅんは休ませていただきますので、ハイ。
まあ別にどこか南の島に行ってつめた〜いビールに白い砂浜、を見に行くわけではありませんし、そこからまた船である島まで渡って、南十字星を見ようと、そんなことを予定しているわけでもないのですよ・・・なんて書いちゃうと、そこまで書けば遊びに行くことを宣言しているもんじゃあないのって、そういうメールをいただくことになるかもしれませんが、その頃僕は神戸から離れて、パソコンからも離れちゃっているので残念ながらそういうメールを見ることも出来ません、あ〜残念だ。

さて、週末にやるべきことは大体やったことだし・・・つめた〜いビールに白い砂浜・・・バッグに荷物を詰め込んで、ではまた今週末にお会いいたしましょうね。

10月8日
土砂降りの中、六麓荘の現場へ向かう。
何もこんな日に配筋検査はないでしょうに。ただ来週に持ち越しちゃうとほとんど出張状態のスケジュールの身、現場に穴を開けることになってしまうので、そうも言ってられない。
立て込んだスケジュールでなければ、
「お腹がシクシクするので検査行けませ〜ん」
なんて言い訳できるんだけど、と思いつつ少し遅れ気味の時間を気にしながら2号線をぶっ飛ばして山を駆け上って行った。

「鉄筋屋さんも帰りましたよ、この雨風じゃあね〜、ははは・・・でもどうしてもと言われれば・・現場出ます?出ましょうか・・・」
現場事務所に飛び込んだ途端にゼネコンの主任にそう言われた。
雨はたたきつけるように降っているわ、風で事務所が吹き飛ばされそうなくらいにギシギシ行っているわで、これから外に出て傘を吹き飛ばされながらの配筋検査なんて出来るわけがない。
この雨はこれから上陸するであろう台風22号の序章に過ぎないんだろうが、僕にはまだ来週までに片付けなければならないことが山積みされている。
まあただ、ひどければ天の恵みだということで自宅にこもる事にする。
久しぶりに睡眠時間を稼ぐことにしますので・・・そういう時に限って台風逸れて行ったりして。

10月7日
「冷えたカテキン茶はないのか!」
「ここにあるだけなんですよね・・・」
「これはホットなカテキン茶じゃあないか!冷えたボトルは置いてないのかぁ!!」
「これだけですよ、ね、ね・・」
「どうして冷えたカテキン茶、を置いてないんだぁぁ、それを聞いているんだぁぁぁぁ!!」
新神戸駅内にあるコンビニで、年配の男がそういいながら店員に詰め寄っているところを、すぐ傍で「アミノサプリ」を手にしながら僕は見ていた。

歳の頃は60代半ばと見た。
ブルーのスーツに身を包み、赤のポケットチーフがお洒落さんなその男はまだ「カテキン茶」にこだわっている。
なければ普通は諦めるものだ。
冷たいお茶が飲みたければそれに取って代わるものを選択すればいいし、それだけの種類のものをそのコンビニは置いていた。
「カテキン茶」以外は飲むなと医者に止められているのならともかく、よほどのことがなければそんなことでいい歳こいたオッサンがそんなことで目くじらを立てるものではないと思う。
彼のそのときの心理を分析すれば、おそらく何か他に気に食わないところがあり、そのやり場のない憤りを「カテキン茶」及びその売り手に当り散らしたに過ぎないものと、わたしはそう考えましたね。

こういうガキのようなオッサンって、野球関係にもそういえばいたような気がする。
今でこそ表には出ては来ないが、楽天という企業を操って・・いや、これはあくまでも推測なんですがね・・そういうことをすることで、他人を思いやらない状況の中、自己の偏った考えを押し通そうとする、いわばいつまでたっても成長しない人間が増えてきているような気はしますね、ハイ。

10月6日
10月に入ってもまだ日差しは夏の太陽に近いものを感じてしまう。
そろそろ衣替えをしようかと考えるのだが、まだ夏用のスーツを手放すのが惜しいほど外は暑い。
京都へ打ち合わせに出かけるが、まだ半袖の人が多い。
以前何かの本で読んだことがあるのだが、地軸が狂ってしまったせいで、ハワイがロシアのように極寒の地となり、日本はといえば、常夏の国になってしまった・・そういう行(くだり)があった。
いろんなところから熊は出没するし、台風も嫌になるほどよくやってくる。
自宅のバルコニーから外を眺めれば、鳥の数が最近いやに多くなっているような気もする。
大地震の前触れってことなのかもしれないが、まあそればかり考えてもいられないので、せめて何かあれば最低限対応できるように普段から準備はしておこうと考えてはいる。

駐車場に車を置き、オフィスに戻る途中に向こうから自転車に乗った丸刈り、半袖そしてグレーっぽい半ズボンをはいたオッサンが大声で何かを言いながら走ってくる。
思わず避けてしまったが、これはこれでちょっとこわい。

10月2日
休日にオフィスに出ていて、荷物用のエレベーターに乗って1階に降りる。
通常は、ピンポン〜〜と音がしてドアが開く・・・が、音もしないし止まったままドアも開かない。
前日に、エレベーターに乗った途端にものすごい勢いで上昇し始め、ペントハウスの天井に当たって落ちていく、という夢を見た。
そのせいもあり、ちょっとやばいかなとは思いつつ、1階のボタンを押すとドアは開いた。
夢のようなパニックには陥らなかったものの、普段何事もなく動いているもの、そういうものが突如として作動しなくなった時、冷静でいられる方はきっと少ない、と思います。

「その件については・・・ん?もしもし・・・・あれ、切れちゃった?・・・なんなんだよ、話をするときはさ、電波状況のいいところで話すべきだよな、こっちはわざわざそういう場所を選んでるって〜〜のに、まったく・・・」
液晶の画面を見た時点で自分のバッテリーが切れていることに気づき、慌ててバッテリーを充電できるところを探してしまうことがたまにある。
冷静に考えれば、まずは公衆電話で相手にかけるべきところなのに、ついこういう行動に出てしまうのが情けない。

10月1日
学生の頃ギターを少しやっていたのだが、そのときはただ耳から入ってくる音をそのまま音にするというような、荒っぽい独学でジャカジャカやっていたに過ぎなかった。
新開地にあるライブスタジオで2回目のシラッキー氏によるギターレッスンを受けた。
「これなんだけどね・・」
僕の目の前には、シラッキー氏の自筆によるタブ譜(つまりギターの弦のどこを押さえればいいかっていう譜面のことなのですが)があった。
なんだかいろいろ1,2,3・・という番号と黒い点がそこに書かれていた。
「なんですか、これは?」
「ペンタトニック・スケールというものでね・・」

学生の頃、そういう名称を聞いたことはあったのだが、それが何かなどということはもちろん解らないし、そういう難しそうなテクニックをこなさないとギターの線上を滑らかに指を動かすことは出来ない、そう思っていた。
僕にとってはブラックボックスのようなものだった。まあ、それが解らなかったのでギターも上達しなかったのだろうが・・・。

というわけで、この「ペンタトニック・スケール」は、今までずっと謎だったものだけに、こういう風に、ほらねっていう感じで見せられちゃうと意外と単純なものではあるし、それが今僕の目の前にある、っていうことに対してはものすごく感激しちゃうわけでして・・
「これが、あのペンタトニックというものなのかぁぁぁ〜〜」なんて心の中でたいそう感激してしまったというわけです。

自宅に帰ってさっそく次男に自慢気に言った。
「ペンタトニックスケールで、今日はセッションしちゃってね。もし解らなければ教えるけど、どう?・・・どう?」
「ああ、ペンタトニックね、ギターの練習する前に指の練習でいつもやってるよ。」
これって誰でも知ってることなの?

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