1月31日
「今日はずいぶんハスキーですね・・・」
I平がそう言った。
いつもだと部屋の向こうからこちらのデスクを揺らすほどの大きな声で電話をかけているT女史だが、今日は声が聞こえない。
「昨日歌いすぎて声がね・・出ないの・・・」
マスク越しに彼女はそう言った。
普段その声たるや、拡声器を背負ったような声なので、僕が電話をしていても彼女の声のほうが向こうによく伝わることもあるのだが、今日はまるで津波の前に潮がささ〜っと引くかのように不気味な静けささえ感じてしまった。
ただ、静かだと静かで少し物足りなさを感じる。
人間の存在感というのは、体の大きさ、太り具合、汗臭さなどというものではなく、やはりその人が持つ存在感、すなわちオーラといわれるところのものだと思う。
普段一緒に仕事をしているとわからないのだが、何かのきっかけでバランスが崩れたときにその人のオーラ、存在感を改めて認識するのだろうと、そう思ったわけです。

「今日はしけた感じでしたね〜」
I平の言葉がそれをうまく表現していた。

1月29日
3月上旬の温かさという天気予報どおり、暖かな朝だ。
ボンネットも窓も誇りだらけの相棒を、まずはガソリンスタンドに連れて行ってきれいにしてもらった。
せっかくだからオフィスに出る前に少しドライブでもしようと考えていると、
「洗車終わりました。けど、お客さん・・ブレーキ踏むとき足少し曲げなきゃダメだよ」
「ん?どーゆー意味だよ、それ?」
「そ、ここね、このブレーキペダルの上から水が漏れてるんですよ。」
顔を近づけると、確かにペダルの上から水が滴ってきている。タオルを借りて止血をしてみるがおさまらない。
しばらく走れば治るかなと思ったが、出血はますますひどくなり右足が次第に水で冷たくなっていく。
せっかくのいい天気なのに、かくて相棒は病院送りになってしまった。
そしてにわかに天気が悪くなり雨も降り出した。
この洗車は一体なんだったんだよ。

1月28日
左手の中指の腹と、右手人差し指の爪と皮膚の間を、ココの鋭い爪に刺されて血だらけになってしまった。おかげでギターの練習が出来ませんでした・・・とシラッキー先生に言い訳して通じるだろうか。そう考えながら間際になってギターの練習をする。
これじゃあいつまで経っても上手くなるわけはないか。

1月26日
「どっないなっとるんじゃぁぁ、これは!」
三木のり平風(・・といってもわからない人のほうが多いか)の年配男が、JR三ノ宮駅の券売機にカードとお札を同時に突っ込みながら、僕の横でいきなりこう叫んだ。
ガチャガチャと小窓を開けて中にいる職員が顔を出した。
「どうしました?」
「このカード入れてもすぐ出てくるし、どないなっとるんじゃぁぁぁ」
「あ、チャージですか?」
「なんやそれ?」
「チャージでしょ?」
「なんや、そういうんかいなぁ・・わしゃしらんぞ、そんなこと」
あまり電車に乗る機会がない僕は、いつもキャッシュで切符を買うことにしているが、最近はICOカードなどというものが普及しており、そちらでススッと改札をくぐる人が増えているように思える。
「わしゃあ、しらんぞ、そんなこと・・・」
僕も心の中でそうつぶやいてしまった。

だけど、年配のオッサンに「あ・・チャージですね。」なんてったて通じない方が多いと思わないのだろうか。
「チャージですね」
「うん、3000円分チャージお願いします。」
「ちょっとチャージってくれるかな」
そういう会話がJRの券売機付近でなされているとしたら、電車に乗るのもひょっとして億劫になってくるかもしれない。

「シビヤ一枚ね。」
「日比谷ですか、それとも渋谷?」
「だからシビヤだっていってんじゃね〜かよ〜」
一昔前、自動券売機ではなかった時代の会話とダブってきたような気がした。

1月25日
波動というものがある、らしい。
自分が持つエネルギーもそのひとつであり、精神的に落ち着いているときは、いい波動が出ており、人に安心感を与えることになる。が、逆に悪い波動が出る場合は周りに迷惑を撒き散らしてしまうほどの乱れたエネルギーとなるそうである。
昨日の僕がそうだった。
朝一から鳴り続けた電話は全て督促の電話であり、その一つづつを30分以内に片付けながら次の電話を取り、ひたすら謝りながら手は別の仕事をしている。
こういうときは実に不思議なもので、まるで申し合わせたようにうまく重ならないように次々と鳴り続けるんですよね。これは精神的に非常に疲れる。そして、この乱れたエネルギーは周囲に見事に撒き散らしてしまう結果となった。
「小出しにストレス出してる方がいいですよ。一気に暴発されたらたまんないもん」
I平はそう言う。
確かにそうだと思う。そうは思うが、もう少し冷静にならなければと反省をしております、ハイ。

で、これは何も僕に限らず、今の日本も実は乱れた波動だらけじゃあないかと思っとるわけです。
新聞の社会面を見ると溢れんばかりのそういった悪い波動のうねりを感じてしまう。どこまで行っちゃうんでしょうね、今の日本は。

「もしもし、オレだけど・・」
「お断りします・・ガシャッ!」
実家に電話をかけたI平は母親にそう言われ電話を切られた、らしい。

1月22日
深江(神戸市東灘区にある地名)の交差点から浜側に向けて車を走らせると卸売市場があり、その中に「F寿司」という店がある。
だいぶ前にも一度うらじゅんで紹介したことがある店だ。
扉を開け暖簾をくぐる。
家族5人、で店の中に入る。
「らっしゃぁあ〜〜・・ああ・・・あ?」
こちらを見たオヤジの、いつもの笑顔は消え、手が止まった。
いつもの握りを5人分注文して、カウンターの前にネタが並ぶのを待つ。
さっきまで賑やか、だったらしい店は静まり返っている。
「英語で、はまち、はなんていうんだろうね・・」
「はまちねぇ〜、はまち、はうまっち・・ハウマッチだから・・・イクゥウラァ・・だったりしてね」
こんなことを声に出していったらますます静まり返ってしまいそうだったので、やめた。

「ちょっと聞くけど、みんな子供さんかい?」
「二人は子供だけど、もう一人はニュージーランドからのお客さんだよ。国籍違うってのは見ればわかるでしょ。」
身長が180以上もある瞳の青い女性が僕の娘であるわけがない。
NZから帰国している長男の友人が日本に来たので、美味しいお寿司をみんなで一緒に食べに来た、というわけだ。
オヤジの目は、さっきからその女性に釘付けで仕事をしていない。
やっと動き出してこういった。
「そっかぁ〜、また違うところで子供作ったのかと思ったよ、ははは・・」
あのね〜隣に妻もいるんだけどね〜、んなわけないだろうっての。

普段から英会話というものを使わない習慣なので、なかなかコミュニケーションがはかれないのが辛いと、こういうときは感じる。
自分が伝えたいことは長男に通訳をしてもらって話をする。
勿論、いつもどおりに関西ヴァージョンの挨拶の方法は教えた。
「How are you」は「もうかりまっかぁ」であり、「I’m fine thank you」は「ぼちぼちでんなぁ」である。更に、「Thank you」は「まいど、おおきにぃ」であることも理解してもらったはずである。
約1週間の滞在中、生活習慣の違いからほとんど家で顔を合わすことがなく、この週末帰る段になってようやくゆっくりと話をすることが出来た。
で、そのまとめとしての印象として、神戸は非常にいい街であり、住んでいる人もいい人ばかり・・まあそういう感じだったらしい。
家に居ないながらも気を使った甲斐はあったようだ。
で、僕自身に対する彼女の感想はというと、
「謎の中国人」だったらしい。
なんでやねん。

1月19日
正月を返上して仕事をしていたI平のために、正月に放映された「ナニワ金融道」のビデオを貸してあげた。
「たまには早く帰ってゆっくりとこれでも見ればいいよ。」
ナニワ、のファンであるI平はやっと仕事を終わらせ大切にバッグに入れ帰宅した。

「ビデオのことなんですけど」
「たまに見ると結構面白いんだよね、アレは。」
「ひどいですよぉ〜、最後の一番いいところでビデオ終わってましたよ。」
2時間30分の特別番組を120分テープの標準で録画しちゃったみたい。

1月18日
震災のことについてもう少しだけ触れておきたい。
過去のことを振り返ることでこれから何が出来るか。
僕個人の意見としては、是非「地震予報」なるものを国を挙げてやってもらいたいと考えている。
今も存在しているのかどうかはよくわからないが、「地震予知連」という、名は立派だがいざというときにさっぱり役に立たない協会があった。
そういうものはさておき、「天気予報士」と同じように例えば、「地震予報士おねえさん」がテレビに出てきて
「・・この地方が今日はちょっとあやしいかもしれませんね。要注意マークを貼っておきましょう・・」
などと、別に当たらなくてもいいから少しでも兆候があれば注意を促すということを「地震予報」でやってもらいたいと切に考えている。

出来るか出来ないかで言えば、できるでしょ。
だって、東京ディズニーランドは多額の地震保険を支払っているという情報もあるわけで、地震が起こる兆候などを解析する技術力はあるはずなのに、
「あまり多くの人に伝えればパニックになるので差し控えておる。」
なんてことをいまだに言ってる人のおかげで、危機管理能力の欠如を指摘されてる国なわけだからね。
当たらなくてもいいから、せめて今どうなってるかぐらいはメディアに乗せても罰は当たらないと思いますよ、ハイ。

1月17日
考えてみればあの日からちょうど10年経ったことになる。
テレビでは震災特集をやっているのだが、どうしてもあまり見る気にはならない。
その瞬間を思い出す、ということもあるのかもしれないが、10年というちょうどキリのいい数字だからまとめて盛大にやろうじゃあないですか、っていうところに何か抵抗を覚えるというのが本音である。
僕自身は毎年自分の中で手を合わせ、その頃のことを忘れないよう気持を新たにしているつもりだ。その頃の気持、というのが自分にとっては何なのか。そこが大切なんだけど、喉もと過ぎれば、で忘れている人は多い。
「生かされている」という使命感が自分の中に芽生えた。僕にとっての「その頃の気持」はそれだ。
で、そこから10年間やってきて、気がついたら「志賀バー」のカウンターに座っていた。

「あ・・確かにテレビ出ましたよ。100人中56番目にね・・えぇ、でも、カットされると自分の言いたいことが歪曲されて伝わる・・それが気になってたんだけど、ほぼ伝わってたようで安心しました・・」
例の低い声で志賀氏は言った。
テレビを通してみることは出来なかったが、カウンターの前に差し出された「神戸新聞(1月17日付)」には志賀氏の写真と共にコメントが記載されていた。
詳細は「CAFE BREAK」より志賀氏のHPに飛んでもらえば見ることが出来ます。

「はい、すいません・・今やっているところなのであと15分ほどでFAXします・・・はい、よろしく・・・」
10年やってきても、督促受けながらの仕事をしている状況は変わらない。

1月14日
「金曜は帰って来たらいつも車が停められないんだけど、どうにかならない?」
月極と一般駐車のゲートが同じで、週末は代行の車が横行している、そういう駐車場を僕は借りている。
毎週こうだから、たまたま居合わせた駐車場のオヤジに文句を言ったところ、
「その一番いい場所ね、コーン置いて停められなくしてるでしょ、そう、そこね、そこ停めてもらっていいから。いつも迷惑かけちゃってすいませんね。停める時コーンはずしといてね。」
いいところあるじゃないか、じゃあお言葉に甘えて、その一番いいところ、つまり出口に一番近いところに停めさせてもらうからね、ハイ。
で、帰ってきたら、コーンをきれいになぎ倒して停まっているランドクルーザーがそこにあった。
くそ!誰にでもおんなじこといってるんじゃあないのか、アイツは。
一番はずれの猫がたむろしているところにそっと車を置いた。

1月11日
年始早々いきなり仕事の依頼の電話が立て込み、デスクの上にはFAXによる資料が山積みされている。
で、今は午前3時を回ったところ。
明後日提出しなければいけない仕事にさっき手をつけたばかりといった状況だ。
「オフィスの中のもの、できるだけ節約しようと思ってるのにあんな高い買い物されると、そりゃあ怒るわよね!」
T女史が見た初夢だ。
僕が、あまり役に立たないけれども値段が高いもの、それが何かはいまだに不明ではあるが、まあそういうものを夢の中で買ってしまったようだ。
そりゃあ今までそういう前科は確かにあった、ええ、たしかにいろいろありましたよ。
だからと言って夢の中にまで僕がでてくるこたぁないでしょ。
のっけからいきなり夢の中で怒られ、現実では相も変わらず締め切りに追っかけられている。
そういう毎日でしたのでうらじゅん、サボってました。

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