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2月19日 「きり〜〜つ!」 そう聞こえた途端に体が硬直した。目を開けて立ち上がろうとするが力が身体に入らない・・・入らなくてよかったと後で胸をなでおろした。 次男の卒業式のために高校の体育館に来ていた。 先生方の長い祝辞を聞いているうちに、普段の睡眠不足のおかげですっかり熟睡をしていたようだ。隣の御父兄にもたれて肩によだれのシミを作るような無作法はしていなかったと思うが、司会の教頭先生の言葉についピクリと反応してしまった、というわけである。 ただ、今回の「起立」は卒業生のみだったらしく、周りの父兄は立っていなかった。 反応の悪さが身を助けてくれた結果となったが、もう少しばかり元気な身体であったならば、卒業生と共に一人だけ髭をたくわえた父兄が立ち上がった、という恥ずかしい結果となっていたに違いない。 椅子から大きな音を立てて転がった、とか熟睡のあまり後ろにのけぞった、というような醜態もさらけ出してはいなかったようだということを瞬時に理解し、「ゴホン」と咳払いをしながら卒業生代表の祝辞を聞いた。 いつも思うことなのだが、こういう場の先生方の話は実に長い。昔から短縮された気配はなく、僕が学生の頃と何ら内容は変わってはいない。 昔から伝わる儀式だ、といってしまえばそれまでとは思うが、もう少しその時間を短縮し、生徒と先生との最後のコミュニケーションの時間を増やした方がいいのでは、と学校運営には素人の僕はそう思ったんですけどね。 ここの学園長は、アスキーという日本のコンピューターの草分け的な存在である企業を設立した西和彦氏である。自分と同年代の人間がそういった学園のトップに登りつめているということについては、いつまでも「学校」と聞けば、劣等生的なポジションが心地よく思う僕にとっては不思議な感じがした。 それにしても風邪の季節に密閉された体育館で長時間儀式を行うのは身体にはよくない。 こういうところに対する気はまるで使われていないところが残念な気がする・・・ま、もうこういうところへは行かないからどっちでもいいんだけどね。 2月14日 休み明けの月曜の午前中はだいたい電話で忙殺されてしまうものだ。 今日も朝からジャンジャンかかってくる。 昼から京都の現場に行かなければならないのだが、なかなか電話から離れられない。 「義経」の舞台となっている京都鞍馬山の中の現場は、枯れ果てたススキが鬱蒼としていた。その向こうは急傾斜のがけで川が流れている。 こういう場所に家建てちゃうっていうのがどうかしてるぜ・・口には出さないが心の中でついそうつぶやいてしまった。平坦な敷地であれば、さほど悩むことはないのだが、こういった崖地に家を建てるのが一番難しい。 午後6時頃に打合せを終え京都駅に向かう。 オフィスにたどり着いたのが午後8時前。明日から一泊で沖縄出張なので、それまでに山ほどデスクに積まれた仕事を片付けていく。 こんなに勤勉に仕事をするのも沖縄で少しばかり羽を伸ばそうと考えているからだ。飛行機に乗っちゃえば、もう怖いもんないもんね。 督促の電話はないし、今日いっぱいでやってくれ、の仕事からも解放される。 明日の夕方は夕日の見えるホテルで一杯やっておりますので・・・雨が降らなければ、だけどね。 2月9日 ショーケンこと萩原健一が逮捕された。 以前、「課長さんの厄年」という番組で感じのいい中年のオッサン役をやっていたことを思い出した。脇を固めていたのが、竹内力と中野秀雄という今をときめくおっかないオッサン二人だったことも思い出した。主題歌を歌っていたのが布袋寅泰・・今から考えればかなりの豪華メンバーだったものだ。 こういうことをのんびりベッドの中で悪寒と胃痛に悩ませながら考えていた。 誰だよ、風邪うつしたのは。 2月5日 気がついたらオフィスでバースデイを迎えていた。 よく会話の中で、「芸能界でいえば、xxと同じなんだよね。」 などと自分の年代をわかりやすいように誰かに例えて言う場合って、あるでしょ。 僕の場合で言えば、島田しんすけや明石家さんまと同じである。 その他、思いつくままに書くと、 桑田けいすけ、郷ひろみ、野口五郎、中村勘九朗、ラサール石井、渡辺正行、江川卓、掛布雅之、・・・・結構いるものだ。 上沼恵美子なんかもそうだ。 共通しているのは年齢の数値に比べると若い、ということだと思う。 僕が20代の頃は40代後半という人達はもう人種が違うくらいに老けた人達というくらいにしか考えていなかった。 いつしか自分がその年代になってきたときに、まあ風体は仕方がないにしても、気持が若ければ、まだまだ夢というものが膨らんでくるような気がするし、事実今の僕にもこれからやりたいことはたくさんある。 同年代でもすっかり老けちゃったな〜と思う人もいるのだが、そういう人の共通点もまたはっきりしていて、守りに入る、という姿勢になってきているからだと思う。 もっと人生楽しまないとね。え〜、わたしはまだまだ楽しませてもらいますよ。 20代にある程度自信を持っていた、ギターを弾くということについては、最近再び手にして、一から習い始めてから「これは奥が深いな〜」と感じることが多くなった。 今までやってきたことをもう一度基本からやってみると、今まで見えていなかったことがどんどん見えてくるような気がするわけで、こういうことがあるからまだまだ守りに入る気はしないのだと、そう思っとります。 2月4日 受験会場へ行くために新幹線に乗った。乗ってから試験会場のある駅には停まらないことに気がついた。乗務員に頼み込んだ結果、たまたまその乗務員は機転のきく人であったために臨時に目的地のある駅で停めてもらって何とか試験に間に合った。 試験場に向かっていたのは受験生とその母親だったとのこと。 普通ならそんなこと通用しませんぜ、社会では。 仕事をおさめるために新幹線に乗った。乗ってからつい寝不足がたたって眠ってしまい、気がついたら目的地を過ぎたところだった。 「これ今すぐに納めないと仕事なくなっちゃうんですけど、何とかなりませんか、ね、お願い。」 「よしっ任せておきなさい、停めてみせましょうぞ!」 なんてこと言ったら、その乗務員さんだってクビですよ、クビ。 それにその仕事を納めようとしている男だって、寝過ごしちゃったのは自分の責任だ。 どう考えたって通用しないよね。 だけど、受験生だってことでなんとなくニュースでは美化されているような気がしてならない。 こういう人たちが大学入って社会に出て行って、ひょっとしたらそういうことが通用するような社会になっちゃうかも・・なわけはないだろうけどね。 2月3日 「今日はダイエーで太巻きでも買って食べたらどう?」 T女史がそう言ったとき、一瞬「なんだ、それ」と思い、そして今日が節分であることを思い出した。 西南西に向かい無言で太巻きを食べる、そういう習慣がなぜか関西のみあるということにさして疑問も持たずに、I平と馬鹿話をしながら食べた。 節分が終わるとすぐに誕生日を迎えるので、まあそういった意味で昔から誕生日を思い出すきっかけの日、として「節分」が僕の中にはある。 今年は免許更新の年なので、そろそろ行かねばと考えている。 この前更新をしたときは3年前で、その前はゴールドカードを持っていたので5年前ということになる。 前回はゴールドカードの写真が幾分若く写っており、しかも髭はたくわえてなかったので 5年後の髭をたくわえ、少しばかり大人になった僕とその写真を係員はしばらく怪訝な顔をして見入っていた。 今年はそういうことはないだろうと思うが、I平に言わせると写真の中の僕は「山賊の頭」である。 怪訝な顔で見られないかどうか若干の不安は、ある。 だけど写りのいい免許証の写真を所有している人は少ないと思う。少なからず普段の自分とは少し違う、という感じで写っている場合が多いのはどうしてなんだ? 学生の頃、A野という男がいた。 イタリアへ旅行をするということで、パスポートの写真を撮りに行くということだったので、 「A野さぁ、パスポートの写真は海外の税関で見せるときは印象が悪いと別室へ連れて行かれちゃうっていうぜ。たいていは笑顔で写ってる場合が多いしさ、お前の素敵な笑顔なら格別印象がいいんじゃあないか。」 その通りのことを彼は行い、見せてもらったパスポートの写真には、これ以上ないような笑顔がそこにあった。 まあ、笑顔ではないにしても少しはましな感じで写してもらいたい免許証の写真である。 それにしても、安全協会に入らないって言ったくらいで、どうしてああも態度が変わっちゃうんだろうね、更新センターのオバちゃんは。 |