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7月30日 六甲にあるJAGUARSHOPに立ち寄ったときに、「ジャガ−人形」をもらった。 単なる黄色と茶色が混ざったジャガーのぬいぐるみ、なんだけどなかなか手触りがいい。 「ココ」と同じような毛並みなので、つい運転しながら撫でてしまう。 運転席の脇に乗せ、そこに肘をかけたり撫でたりしながら運転をしている。 考えようによっては携帯電話をかけながら、っていうよりも危ないかもしれない。 夜中に自宅に帰るとき、仕事のことを考えたりするとついイライラしてしまうのだが、それを「彼」は癒してくれている。 本物志向の「ペットのような」ぬいぐるみは、癒しのツールとしてこの夏ひそかに流行り(はやり)始めている、ということになるかもしれない。 ただ、ぬいぐるみを抱きしめながら車を運転しているオッサン、というのは見るからに暑苦しいので流行らないだろうね、きっと。 7月29日 三宮の南側、つまり前のオフィスの近くになるが、今は高層マンションが次々と建設中で、いたるところ大きなクレーンが立っている。 「あの上で仕事するのは嫌でしょうねぇ」I平がそう言った。 「朝一番で弁当箱持って、昼飯は風に揺られながら食う。夕方になって、やっと地上に降りられる。高所恐怖症にとっては拷問みたいなもんだよね。」高所恐怖症の僕がそう応えた。 「でも案外ゲームみたいで面白いかもしれないですよ。考えようによっちゃUFOキャッチャーみたいなもんでしょ」 「まあ、そうだよね。現場の所長がやなヤツだったら、あのクレーンの先で吊り上げてやればいいもんね」 「僕はユンボ(小型車量で土が掘れるヤツね)の免許持ってるんですけど、出来ますかね」 「やってみれば」 ・・とは言ったものの僕が吊り上げられたりして。 7月28日 夕食は久しぶりに市役所近くの「ロイン」で鰻を食べ、帰りにコンビニで「アリナミンVV」を飲んでオフィスへ戻る。 万全の態勢でデスクに向かうものの、ついに手付かずで残してしまった仕事がひとつある。 「今週中に」を月曜にメールで受け取り、「仕上がってますか?連絡を」というメールを午後9時に受け取ったものの、今は29日の午前2時だ。 ふ〜む、どうしたものか・・これから徹夜で作業をするかどうかを考えているのではなく、どういう風に言い訳をするかを考えている。 デスクの前で思案をめぐらしているうちに、もうひとつずっと眠らせている仕事を思い出した。 こういうときは帰るしか、ない。 7月27日 決算期のために通常よりも事務処理等々に割く時間が増える。別に自分で全てを処理するわけではないので、たいしたことはないように思えるかもしれないが、普段からいい加減にしている経費精算などについては記憶をたどる時間も必要となってくるわけだ。 それに月末であることから請求書を作成する作業にも時間を割く。 「変更になって申し訳ないんだけど、至急頼みますね。」 そういう電話が数本続く。 「まだ計画はできてないんですかぁ?」 「もう、今そのことでご連絡しようと思ってたところなんですよ。なんとタイミングのいいことでしょう、ハハ」 当然のごとく、まだ手も付けられていない。 「締め切り大丈夫ですよね」 「もうゴールは目の前ですから」 こんな電話ばかりじゃあできるわけないでしょ、と言いたいのを我慢して頭を下げる。 デスクの上は、FAXの紙や参考図書、それに領収書が舞い散っている。 「水セメント比は55パーセント以下であれば・・どうなんですか?」 I平の質問に対しては、 「55パーセント以下だったら税金はかかんないんだろうね、きっと」 7月は駆け足、いやフルスピードで通り過ぎようとしている。 「今週一杯で、ね」や「今月一杯で頼みますね」 今週って、今月って、あと2日しかないんですけどぉ。 7月25日 「「ベジタリアン」といっても、こっそりとお肉混ぜててもわからないんじゃあないですか?」I平がそう言った。 「そりゃあわかるだろ。それにそんなことしたら口きいてくれなくなっちゃうしね。」 口をきいてくれなくなる、だけではすまないと思う。 「フジテレビにわたし抗議の電話かけたのよ。」 ランチ時にT女史がそう言った。 「笑福亭つるべ、はサバアレルギーだってことは知ってたんだけど、番組の中でね、好き嫌いはダメですよ、だからつるべさんもサバ食べないとね、って無理やり食べさせるのよぉ。ああいったアレルギーの人は本当に死んじゃうんだから、冗談じゃあないわよぉ」 口からサバを飛び散らせながら彼女はそう言った。 「ああいう番組は、見ないに限るんだよ。」 冗談ですむ、というところの限度というのはその人それぞれの今までの経験則からの判断によるものだと思っている。その辺りの判断が大人になっても出来ないままに、集団の中に入ってつい「度を越す」ということがある。つまり気が付けば冗談ではすまない域に達していることが最近ではテレビの世界でもよくあることだ。だから僕はテレビは見ない。 テレビは見ないが夜中に「ミナミの帝王」を見ることはある。週末はまとめてみるので、気が付けばいつの間にか鳥が鳴き始め、セミが鳴き始める時間まで見ていた。 こういった程度の「度を越す」行為は認められていると、思う。 7月24日 自宅のバルコニーで、お隣の住人と一緒に芦屋の花火を見ながらバーベキューをした。 九州へ出張していたTさんが、博多で有名な焼き鳥屋さんから焼き鳥を冷凍直送してくれたので、これを七輪風のコンロで焼く。これが今日のメインだ。 英会話教室の先生をしている、イギリスから来ているT氏も参加していた。 日本が好きで、日本語が上手、なかなかハンサムな男でもある。 「Tさん、この焼き鳥は美味いんですよ。」知った風な口をききながら彼にすすめる。 「ボクハ、「ベジタリアン」ナノデスヨ」 牛肉、豚肉、鶏肉はもちろん鰹の出汁、刺身なんかもダメらしい。 つまり動物で死んだものを食材としたものは一切受け付けません、それが「ベジタリアン」だ。 トウモロコシの焼いたもの、野菜に豆腐。そりゃぁまあ確かに身体にはいいよな、うん。 イギリスといえばスコッチウィスキーとくるわけで、彼とはお互いのウィスキーを持ち寄って飲み始めた。ウィスキーに焼き鳥、もなかなかいけるものである。 芦屋の花火も色を添えてくれる。 T氏といえば、豆腐に「出汁醤油」ではない、生醤油をかけそれを食べながらウィスキーを飲んでいる。 「酒好きな病人」のようなイメージが、なんでもあまり気にせず食べるタイプの僕にとってはどうしてもそう映ってしまう。 身体にはそういうものがいいとは確かに思うが、「草食動物」タイプになってしまうと、この業界ではなかなか生きてはいけないような気がするので、しばらくは闘争タイプの「肉食動物」でいこうと、彼とワイスキーを酌み交わしながらそう思った。 ちなみにベジタリアンのことを、中国語では「粗食」というらしい。これホント。 7月23日 先日広島へ行くときに駅で「若武者」というお茶を買った。キャップのところにおまけとして「油取り紙」が付いていた。 行くときはさほど気にはしておらずシャツの胸ポケットに放りこんでいた。 照りつける太陽の中仕事をした帰り、新幹線の中で気が付いて取り出したのだが、これはなかなか使えます。 最近では外出するときに「GATSBY FACIAL PAPER」を必ずバッグに入れておく習慣がついているので、電車に乗ったときなどはそっとこれを取り出し汗にまみれた顔を拭くようにしている。 「油取り紙+ギャツビー」で夏場は乗り切れるんじゃあないでしょうかね。 メーカーもそういった「ちょっと気がついてるでしょ」、という点を最近は商品に取り入れているような気がする。お茶などのキャップに変なキャラクターが付いている時期もあったのだが、ああいうものが付いているとむしろ邪魔になるので別のものを選んでしまうことが多かった。急いでいる時にたまたま買ったお茶に付いていた「油取り紙」。 「気が利いてるぜ」思わず心の中でつぶやているサラリーマンは多いと思う。 それにしても、こういう小物を使い出すと、つい「ちょっとしたもの」を考えるようになってくる。 いつも言われているのだが、 「こんなに紫外線が上から降ってきてるのに、男の人って日傘どうして使わないんだろうねぇ、禿げるよ。」 ほっといてくれ!とは思うのだが、確かに傘は必要かもしれないと、最近は思っているし、ひそかに購入することを考えている。 ただ、雨の日もそうなのだが、傘をさすという習慣はどうしても馴染めないし、好きではない。両手が塞がることが苦手なのかもしれないが、購入するかどうかはその辺りのジレンマに今は揺れているところでもある。 いっそのこと「傘」ではなく、「笠」だったらどうだろうか。 首のところで簡単にくくりつけ「さあ、仕事だ!」 オフィスビルからぞろぞろ「深編み笠男たち」が出てくるところを想像すると、まだ今は馴染めないかもしれない。 もう少し様子を見てみるか。 7月22日 昨日の続きで、韓国から来ていた技術者達とは、今日は神戸のオフィスで打合せをすることになっていた。 午前10時頃から12時頃までを要した。 こういう目に見えない技術というものは、ともすればすぐに持っていかれてしまうものだ。 同じソフト、そして同じ考えで思考を進めていけばほぼ同じ結果にたどり着くということになる。そこには「特許をかける」ということがなかなか出来ないので、あっさりと持っていかれることは日常茶飯事的な事柄でもあるのだ。 「普通ならば手の内をさらけ出すこともないのですが、ある程度は手の内をさらけ出さないと説明は出来ないし、この程度ならいくらでも持っていってもらって結構!」 「ジャアモライマスネ」ではなく、 「トテモイイジカンヲスゴスコトガデキマシタ。コンゴトモヨロシクネ。」というような意味合いのことを言ってもらったような気がした。 意識レベルが同じであれば、言葉が通じなくともお互いの感じ、というのかオーラと言えばいいのか、ま、なんとなくわかっちゃうもので、今回はそういう意識レベルが同じ高さのところにあるということを最初から感じていたので、 「これから長いお付き合いをしていきましょう。」 と握手を交わした。 意識レベルが違う人間とは、いくら膝を突き合わせて話をしても結局はハラの探りあい、出し惜しみ、早く時間よ過ぎてくれ、等々、自分にとっては何のプラスのないままに終わってしまう、ってことも最初から読めてしまうわけだ。 昨日はハングル語のテンションの高さに疲労を覚えていたのだが、今日は慣れたせいか心地の良い疲労に変わっていた。 地下1階に「木曽路」という和風料理店があるのでそこでランチを摂る。 「韓国は今は流行りだからとてもイイですよねぇ、ね、ね」 「日本は地震が多くって、でも神戸はほとんど地震がなかったのよねぇ」 食べながらしゃべる、というのはT女史の特技でもある。 「地震の前にはイノシシもいなくなっちゃってね〜〜、うん、あ、このお刺身、レアァなものはダイジョウブデスカハァ?」 「あ、そう、じゃあ、大丈夫よね、はいはい」 一人舞台である。 僕の出番はあらかた終わり、エンディングを彼女に任せるべく美味そうな冷シャブに箸をつけた。 「カンコクデハ・・」 「あ〜〜、うんうん、韓国では、ほぉ〜〜、フンフン・・・」 片隅に座っていたI平などはしゃべる間も与えられてはいないので、黙々と口を動かしているだけだった。 「ニホンジンハ、テンションタカイカラツカレルヨナ、ダロ?」 「ヒコウキノナカデユックリネテカエルカ」 関西国際空港から韓国へ向けての飛行機の中で彼らはそういう話をしているに違いない、と思う。 ※ 「The Debonaire」というバンドで今度ステージ上がるから、という長男からの連絡が入る。 「google NZ」で検索すればあるということで調べたところ、写真が出ていた。大きく写真が出ていることに対してはいいんだけど、なんだか「アルカイダ」の一味のような感じが、どうしてもするんだけどね。 7月21日 「まず知っておいてもらいたいのは、韓国じゃあ地震がないってことね」 目の前には韓国からの技術者が5人ほど座っている。通訳が一人。 そして東京から来ているディベロッパーM氏。彼は日本語と韓国語を器用に使い分けて話をしている。 そのM氏が、そう僕に説明をしてきた。 「地震がないとなると、こういう風な考え方ができます。・・・」 解析ソフトの種類、考え方、そして韓国と日本との工学的な違いは多少あるものの、構造設計の流れを一通り説明した。 以前、台湾で仏教の話を日本語と台湾語が出来る共通の友人であるC氏に間に入ってもらいしたことがあるのだが、これは精神的にも疲れることであり、間に入ったC氏などはくたくたになっていた。 一般的な話をするだけで、国が違えば結構疲れるものなのに、専門的な分野で話を進めていくという作業はそれ以上の体力を要するものである。 「コノカンガエカタダケデハナットクイカナイモノガアル」 そういう質疑が返ってくるたびに、それに対する考え方を極力簡単な例えを引き出しながら、通訳の男に出来るだけ理解してもらえるように、話をする。 「そういうところについては、試行錯誤を繰り返していかなければ・・・シコウサクゴ・・ワカリマスカァ」 「ウ〜〜〜ン、チョットリカイデキナイデスネ」 中国語ならば、筆談でなんとか理解できるということはオフィスのC君との日常の打合せでわかっていることなのだが、韓国語となるとそうもいかない。 まずは単語がわからない。それがわからないからセンテンスなどはわかりようがない。 英語を混ぜながら話をするので、なんとなく言いたいことはわかるのだが、通訳にどう説明をすればいいか、この時点でニュアンスが少しづつずれていくということがわかるだけに歯がゆい作業となる。 朝一番で、広島県の宮島にある客先のオフィスでのことである。 ぶっ通しのミーティングは午後2時過ぎ頃に終了した。 隣に座っていたI平の目の下にはクマができていた。 「小川さんも、そのうちに韓国に来てもらわないとねぇ」 帰り際にM氏にそう言われた。 韓国語も少しは勉強しておかないとダメかもしれない。 「韓国出張は近いかもしれないな、なぁI平」 「出来れば日帰りにシテクダサイ。」 7月20日 朝からセミが鳴きじゃくるような日に、一日中外に出ているとさすがに疲労は蓄積される。 大阪で地下鉄を待っているときに、目の前の駅名を何とはなしに読む。 殺風景な場所ゆえに、目の前に駅名が並んでいればつい読んでしまう。 鶴見緑地線西大橋駅から梅田方面を目指しているので、心斎橋で御堂筋線に乗り換えて梅田まで。まあ、いくら疲れているとはいえ、これくらいのことは考えられる。 「心斎橋」→「長堀橋」→「松屋町(ちなみに、まっちゃまち、と読むのが一般になっている)」→「谷町六」→「ギョクゾウ」・・・ん?ギョクゾウッテ、ナニ?「玉造(たまつくり)」だった。 聞けばわかるのだが、ついそう読んでしまったのは不覚だった。 東京の地下鉄の駅名は比較的易しい読み方が多いのだが、大阪は癖がある。 以前「南巽」という駅名を、「なんたつ」と読んでしまったことがあるし、「喜連瓜破」などはまったく読めなかった。「きれんうりゃぁ」かと思ったのだが、実際は「きれうりわり」である。 こういう暑さの中、外に出てればどうしてもそうなる。 そういうわけで今日はオチはなしです。 7月19日 「志賀バー」志賀氏より、10年の足跡を記すために、「アシ」の写真をリクエストされている。 「足」「足跡を意味する、足」・・・まあ、そういうシンボリックなものを、というところのものを先週さっそく第一弾として送らしていただいた。 ・「背伸びをする後ろ向きのココ(ねこです)」(足が長く伸びており、なかなかよく撮れていると僕は思うのだが、スタッフの評判は悪い) ・「バッターボックスで構える変な足の種田」(わからない人にはわからないと思う) ・「足をこちらに向けて座っている北野町にある石像のスヌーピー」 ・「ダニーデン(NZ)の海岸沿いにしるされた足跡」(天気が悪い日の撮影なのでよく見えない) ・「足として使える、自転車にバイク」(アングルはいいと思っている) ・「逆立ちをして回転する、江頭2:50」(シャレでね) ・「芦屋六麓荘での、あっし(つまり、私ということですがね)」 まあ、ざっとそういったものを送らせていただいた。 「さっそくは嬉しいんですが・・・・」 というメッセージが送られてきた。 「アシ」という抽象的なものに対して、それを写真化したものを考えるとなかなか難しいものではある。 メッセージの行間からは、 「このクソ忙しいときにさむ〜い写真よこしやがってぇ」 というところが読み取れる。 第二弾はちょっと慎重に選択しなければならない。 こういうときはネットで調べながら考える方が早い。 「足の外科」(外反母趾、ハンマー趾、ウオノメ等々についてのQ&A、だ) 「足フェチFUNCLUB通信」 こういうのは決して参考にはならない。 締め切りは20日、つまり明日までだ。 これだよ、きみぃ!というシロモノを明日メールで送ろうと思っている。 7月18日 個人的な好みでいえば、「女子バレー」は好きだ。 休日の夜、ビールを飲みながら対中国戦を見る。 力の差、というものは確かにあるかもしれないが、いいところまで行きながら負けてしまう原因を考えれば、もうちょいのところでサーブをミスしてしまい自滅しちゃう。そこが一番大きいんじゃあないかと、思うんだけどね。 どんなゲームでも、チャンスをモノに出来なかった場合は、最悪の事態を迎えてしまう、ってことが常だと、僕は思っている。つまり流れを自ら断ち切ってしまったときはどんどん悪い方向へ行っちゃうのは当たり前だと思うわけです。 「これは痛い!」アナウンサーがそう叫んでいる。 何でそこで縮んじゃうんだよぅ、まったくぅ そばにあった「ネコジャラシ」を思わず振り上げた途端に、ココの爪が僕の左親指の爪と皮膚の間に刺さった。 「これも痛い!」 7月15日 夜中にオフィスを出る。相変わらず仕事を終えるとこういう時間になってしまう。 蒸し暑い夜だ。 駐車場に行き、JAGUARに乗り込む。エンジンにキーを差込み、クーラーを目一杯かける。 駐車場を出てすぐに右折。そのままJRの高架をくぐり、また右折する。 このままJRに沿って東へ向かう。いつものコースだ。 信号で止まる。目の前には少しふらついたバイクが一台。 「よっぱらいかよ」 舌打ちをしながら、信号が青に変わるのが視覚に入った。 少し大回りをしてバイクを避けて、と・・・・ 「プイ〜〜〜ン」 という音とともに車のランプがいっせいに点いたかと思うとエンジンが切れてしまった。 やばいですよ〜〜〜 クーラを切り、ライトも消し、キーを回す。 まったく手ごたえもなく、動かなくなってしまった。 「こまったこまった、こまどり姉妹・・・」 なんて言っている場合じゃない。 後ろは車がどんどんつまってくる。 ハザードを点け、外に出て後続の車をまず整理する。 真夜中に車を誘導している工事のオッサン、じゃあないか、まるで。 ともかく車を路肩に寄せねば、と思い外に出て後ろから車を押すが、重い。 反対車線にタクシーが並んでいたので、その一人に声をかけ押すのを手伝ってもらう。 「どないしはったん?」 「ガス欠じゃあないことだけは確かなんだけどね。暑さにまいっちまったらしいよ。」 礼を言いながら、さてと、これからどうしたものか、ととりあえずシートに座る。 念のためもう一度、エンジンでもかけてみるか。レバーはっと、ん?ドライブモードになってるじゃん。パーキングに戻してからキーを回してみる。 「ブルンン・・・・」 かかった。 「お〜い、にいさん、かかったやんけ」 「夜中なんで車がつい居眠りしちゃったのかもね」 わけのわかんないことを言いいながらその場を立ち去った。立ち去ったのはいいが、今度はどこで停まってしまうか想像がつかない。 クーラーを消してハンドルを握るが、この蒸し暑さなので頭がボーっとしてくる。 まあ、いい。停まったら停まったで「JAF」に来てもらうしかない。ともかくも行けるとこまで行ってしまうか。 幸にもそれから停まることもなく自宅にたどり着いた。 「ねえ、もうそろそろ乗り換えたほうがいいんじゃあないの?」T女史がそう言った。 「またまた入院ですか?」I平がそう言った。 相棒は、91年製造なので、今年で14年目になる。 走行距離は14万キロを越えている。 2代のオーナーを経て、3代目のオーナーになってちょうど10年目を迎える。 人間で言えば、急に暑くなったり寒くなったりすれば、ぽっくり逝っちゃうようなそういう年齢に達しているのかもしれない。 入院生活も長いので、入院費を考えれば確かに乗り換えた方が安いだろうと思う。 週末に洗車をし、そしてワックスをかけながら彼と相談してみようかと、そう考えている。 7月14日 「う〜〜ん、そうだ、そうだ!デパペペね〜、朝テレビ出てたよ!」 ランチ時にT女史がいきなり思い出したようにそう言った。 「やっぱり爽やかよね〜、あの二人。そういえばM君って少し歯が出てるから、きっとデッパというところからあの名前つけられたんじゃないのかしらね〜、いや〜、そうおもうわよぉ〜」 人の話を聞いているようで聞いていない、「うらじゅん」を読んでるようで読んでいない。 「こんなに人気が出るんだったら、オフィスに来てもらったときに写真でもとっておくんだったな〜〜、いやぁ〜、ざんねんむねんのすけ〜〜・・・」 「バンドやってるんだけどさ、まだ名前決まってないんだ。」 長男が高校生の頃、そういう話になった。 「じゃあ、考えてやるよ。こういうのはどうかな?」 思いついたグループ名を、どういう人がメンバーなのかなんてまるで無視をした僕は、彼に言った。 2つあった。 「Passin o’ sun」 語呂がなんとなく垢抜けているような気がしたのだが、由来が「パッシングする、オッサン」から来ていることを説明した途端に却下された。 「スパンク・ボーイズ」 すぐに採用されたようである。 僕は前者のほうをつけてもらいたかったのだが・・・。 4人グループの「スパンク・ボーイズ」はそれから彼らが高校を卒業するまで続いていたと思う。 「ヴォーカル声出てないじゃん、もう少し奇をてらった感じのバンドにしたほうがいいんじゃあないの?」 それからヴォーカルは、「スクリーム」の衣装を着け、甲高い声を張り上げ踊りまくるような、いかにも「奇をてらった」バンドに変身していった。 長男はベースを担当し、ギターを担当し、淡々と演奏を行っていたのが「デパペペ」のM君だった。 「リードギターのM君うまいじゃん。あれはいけると思うよ。なんだったらプロデュースしてあげてもいいよ。」 僕がプロデュースしなくてよかったと、今はそう思っている。 「Cさん、「デパペペ」ってしってるぅ?」 T女史が中国から日本へ来て5年目のC君にそう聞いた。 「ソレハオイシイモノデスカ?」 7月13日 山手幹線西行き方面の道路にいきなり「関西電気保安協会」の黄色と紺色の混ざった車が飛び出してきた。 朝はよくこの車とかち合うので、このあたりを走るときは気をつけるようにしている。 小さな車だけど、運転は意外と荒い。 この、「関西電気保安協会」を口に出して言うとき、関西の人ならば、普通には言えない。 「かんさ〜ぃでんき、ほ〜あんきょうかぃ」 昔からテレビのCMでやっていたメロディーが頭から離れない関西人は多いはずである。 それに、これほど長い社名ならば、「かんでんきょう」とか「ほあんきょうかい」などとある程度の略語で言うのが普通である。 この会社だけは違う。 やっぱり、 「かんさ〜ぃでんき、ほ〜あんきょうかぃ」 なのである。 「あぶねぇな〜、あの『かんさ〜ぃでんき、ほ〜あんきょうかぃ』は、まったくぅ〜」 名前の愛嬌さが瞬時の怒りを中和してくれる。 (聞いたことがない人は、一度聞いてみてください。その素人さが病み付きになりますのでね) 7月12日 え〜、「夏場でもやっぱりスーツには長袖だ!」とか、「ネクタイ締めないスーツ姿ってぇのはけじめがついてないからやだぃ!」なんてこと、もう言いませんとも、えぇ。 それほど今日の京都は暑かった。 朝自宅を8時過ぎに出るときは、霧と雨が出迎えてくれていた。 阪急電車で京都へ向かう。 京都に着いた頃には既に雨が止み、明るい日差しと共に蒸し暑さがアスファルトの道路からじわじわと僕の身体を包み込んだ。 「もう祇園祭の時期ですからねぇ、丸太町から先は混んでるだろうからここから、こう曲がって、と・・・」 「孫正義」似の運転手さんが、狭い路地を通り抜けながら京都市役所方面へハンドルをさばきまくっていく。 クーラーがよく効いた車中は気持がいいものだ。 ところで、いつも思うことなんだけど、京都のタクシーの運転手さんは比較的愛想がいいし、目的地へ着くまで退屈したことがない。 観光地だからなのか、MKタクシーを意識してなのかは定かではないが、愛想は、いい。 京都市役所から、今度は鷹ヶ峰方面へ行くために地下鉄に乗る。 東西線から烏丸線に乗り換え、北大路駅で降りる。そこからタクシーで「鷹ヶ峰」方面を目指す。 「うんうん、鷹ヶ峰街道方面に行きゃあいいな、ね、お客さん。」 「仏教大から細い道路に入っていくところなんだけどねぇ」 「その道を「鷹ヶ峰街道」ぅ、いいまんねん。」 にやっと笑った運転手の顔がどこかで見たような、 「あれ、運転手さんさぁ、「小泉さん」に似てるって言われない?」 「よう言われまんねん。」 で、気が着いたら目的地についていた、ということが多い。 たまたまそういう人達に当たるのかどうかはわからないが、サービスはいいと思う。 ちょっとした気遣い、気配りが同乗した客の気分を変えてくれる、つい840円のところを850円を出し、「釣りはいいぜ」なんて言ってしまいたくなるものだ。 こんなこと言ったらもちろん運転手の気を害すことにはなるだろうけどね。 「え〜っと、三宮のいすゞリクルートビルまでお願いしますね。」 「・・・・」 新幹線の新神戸駅からオフィスの戻るためにタクシーに乗り込んだ時のことだ。 「生田側沿いの方が車流れてるからそっちのほうがいいよね。」 「・・・・」 「あ、そこ右折ね、右折」 「あんたねぇ、一言おおいんちゃうか。さっきから黙って聞いてりゃあ」 「ん?ヒトコトオオイ?ワタシはね、普段は温和な口数の少ない男、で通ってるんだけど」 「ひとことおおい、いうてんねん。そこまがれ、そこまっすぐやゆうてな。」 タクシーの中でこんな風に運転手さんから説教されたことは初めてだった。 「怒るのはいいんだけど、そこ左、です。」 「ぬぁぁにぃぃ・・」 ハンドルを持つ手が震えている。 「あ、じゃあそのあたりでいいですよ・・ん?1020円?ちょっとまってね、え〜っと、1000円札はある。ただ小銭がない、と。1万円で・・あ、お釣りがない、ね・・」 「もう、よろしぃわぁ・・」 完全に頭にきているようで、こんな客早く追い出したい、そういう雰囲気だった。 「え、20円いいの、申し訳ないですね・・え、早く降りろって?そんなに短気だと事故起こしちゃうよ。気分変えてね。・・・あ、領収書もらえる?」 赤信号を無視して2号線へ突っ込んでいった。 夏場は、クールビズの方がいいということがわかってきた。 7月10日 日曜ごとに「よかたん」という温泉場に行くことが習慣になってしまった。 自宅から車で約40分程度の距離、六甲北有料道路から吉川(よかわ、と読む)に向けて 車を走らせるとすぐにたどり着けるので気軽に行ける場所でもある。 月曜から土曜まで締め切りに終われるような生活を強いられているので、せめて日曜だけはこういう風に気を抜いている。 「最近は、水の種類もいろいろありますなぁ」 足湯に足をつけ、仰向けになったオッサン二人がそういう話をしている。 普通はタオルを大事な場所に乗せるものだが、このオッサンたちはお構いなしだ。 打ち上げられたアザラシのような感じで話に夢中になっている。 露天風呂に浸かりながら何と話にその話を聞いていた。 「美味いのはやっぱりサントリーでんなぁ。美味しないのは何とかの森っちゅうやっちゃ。あれはピンとこんな・・・・・」 オフィスの1階の100円ベンディングで「何とかの森」っていうボトルがあったような気がする。確かに美味しくはなかったな。 「お茶のボトルも多いけど、お〜い、お茶、いまいちでんなぁ。」 「お〜い」という声があまりにも大きかったので、隣りでのんびり目をつぶっていた爺さんが溺れそうになった。 そういえば、ペットボトルのお茶もずいぶん種類が増えたもんだ。 「やっぱりお茶は葉っぱがいのちだっせ」 「そうそう、ペットボトルは冷えてまっさかいになぁ」 それが美味いんじゃない。 「アルプスの、なんて言いましたかな・・・その水もなかなかでっせ」 ひとしきりペットボトル談義を行ったオッサン二人は、その後露天風呂に入り、落ちてくる滝の中に身を置いた・・・といえば聞こえはいいが、岩の上から落ちてくるお湯を全身に浴びるもんだから回りで湯に浸かっているものにとっては至極迷惑な話である。 隣りの爺さんは沈んだまま出てこない。 「いい湯だぁ」 森元首相似のオッサンがそう言いながら、腹を抱えながら露天風呂からやっと這い上がって出て行った。 館内に入る水飲み場で水を飲みながら、 「プファァ〜、生き返ったぁぁ、うまい!」 結局なんでもいいんじゃあないの? 7月9日 「構造屋さんはそこまで考えなくてもいいよ。ここから先は意匠屋にまかせておけばいいんでね。」 とか、 「構造屋サンだったらどう考えるんすかぁ?」 仕事をしているときに、時々そういう会話がなされるときがある。 相手を呼ぶ一般俗称、例えば電気屋さんや水道屋さん、バスの運転手さんなどと同属になる呼称ではあるのだが、僕は好きではない。 親しみを込めて言う場合は別ではあるが、たいていはこちらに対しては、 デザインをするのはこちら。ワタシが主役なんだからね。あんたらがワキィ固めてくれればそれでいいのよ、ね。 そういう業界独特の上下関係が暗黙の了解として流れている、というわけで、その結果が、 「構造屋なんだから、そういうところきっちり考えてくれなくっちゃぁね〜。そういうのワタシわかりませんから。」 となってくる。 ただ、常識の範囲ならばこちらもプロだし、何とか考えることはできるが、中には柱も何にもないようなスケッチをこちらに提示し、 「天から吊るすが如くのような空間にしたいんだけど、何か方法あるかい?」 蹴っ飛ばしてやろうかと思う。 「まあ、それは無理にしても、こういう方法ならばできますよ。」 打合せをする場合、できるか出来ないかを明確にし、出来ない場合は必ず代案をいくつか提示し考えてもらうというスタイルを僕は昔から取ってきた。 「そりゃああかんわぁ、ほそ〜〜い線のようなもので吊るすように・・・」 テーブルをひっくり返してしまおう、と思う。 「じゃあ、吊りましょ。でも金額高くなりますよ。」 「あかんあかん、予算は最小限でやらんと・・」 金額も何も考えないで、絵に対する自己満足だけで仕事やってる「建築家」も、いる。 腕を組んで目をつぶる。 「ん?できない、そういうの?」 「できっこないでしょ」 「じゃあ、諦める。こういうのはどうかな?」 やっとここからが本題に入るわけで、それまではなんというか、ま、ウォームアップみたいなものだ。 しろうとのほうがまだ物分りはいいと、僕はそう思ってるんですがね。 常に冷静に、自分を第三者の目で見つめていかなければこういう仕事は出来ないとも思っている。 最初に書いた「構造屋サンだったらどう考えるんすかぁ?」と聞いてきた、1級建築士もまだ取っていなかった若い男に対しては、もちろんケツ蹴っ飛ばして追い出してやりましたとも、ハイ。 7月8日 1, 2そして4週目の金曜日は「シラッキーギター教室」に通っている。 ジャズ理論を覚えるのは時間もかかるし、ギターをまるで恋人のようにいつも一緒にいるような、そういう習慣をつけない限りは身にはついてこないものだ。 ただ、手の方は次第に動くようにはなってきた。 何度も何度も繰り返し練習をしていると、音がどのポジションにあるのか、というよりはどこを押さえればどういう音が出るのかってことが自然と身にはついてくるものである。 「やっぱり頭で理解するよりは、手を動かして身体で覚えたほうがいいですかね。」 シラッキー先生や「森本硝子」のMさんは、一瞬間を置いてから、 「身体で覚えるって、ん〜〜ちょっとやらしい表現やねぇ〜」 と言われたことがある。 「身体で覚える」 僕の感覚では、そういう「やらしい」表現ではないと思っていた。 「アニキ!この女どうします?」 「俺が身体に覚えさせてやるぜ、おい、タツ、押さえとけよ」 この場合の「覚える」ではないと思うんだけどね。 「身体に覚えさせられる」というのではなく、「身体で覚える」なんですよ。 同じ単語か並んでいるようだけど、ニュアンスはまるで違っていると思う。 日本語の難しいところでもある。 「B♭のナインスの音はどれ?」 ナインス? 「センセイ、まだそれは身体に覚えさせてないんですけどぉ」 いっしょか。 7月7日 「志賀バー」の志賀氏より「10周年パーティー」のカードを頂いた。 「加 納 町 志 賀 が 贈 る 初 め て の 周 年 イ ベ ン ト 今 、 す べ て の 謎 が ! ・・ 謎 の ま ま ど な い や ね ん」 というサブタイトル付のものだった。 「ジュンアソシエイツ」も、そういえば今年10周年を迎えることになる。 「志賀バー」とは少しだけ年齢の離れた同級生、のようなものと僕の中では位置づけている。 地震の後、混沌とした街の中で試行錯誤をしながら今までやってこられた、という点では同級生というよりも、「同志」というところのものになるのかもしれない。 だからこそ、めったに顔を出せないでいる不良会員ではあっても、志賀氏のお店に行くといつもと変わらない対応をしてもらえるし、10年前と変わらない気持でリラックスが出来るように思える。 「パーティーに人が来ないときは、その後店を開けるという驚愕の結末!」 こういうメッセージは志賀さんらしいが、当日は有名人も大勢来られるものと予想される。 「おシャレしてお越しくださらなくて結構!」 いつものように気取らずに、 「おめでとう、志賀さん」 と言うことにしようと思っている。 「あのさぁ、志賀さんちって、10周年の盛大なパーティーやるんだけどぅ、うちも、やらない?え〜、やりませんかぁ」 「仕事取ってきたらね」 「それよりも督促の電話、なんとかしてくださいよぉ〜」 パーティーやらないときは、そのまま徹夜で仕事をしてしまうという驚愕の結末!・・になりそうだ。 (ところで、今までちょっと馬鹿にしていたけれどやってみると病みつきになってしまったことがある。 「ブログ」だ。 まあ、そういうわけでございまして、ブログの方に、「うらじゅん(B版)」を作っておりますので、こちらもよろしく) ・・・・・・・・・・・あ、そうだそうだ、アドレス忘れてた。 http://ameblo.jp/urajunblog/ 7月6日 「なんか変な音しませんか?」 「あぁ、助手席の下の辺りからだろ?ねじが緩んでるのか、金物が外れかかってると思うんだ。助手席の底がひょっとして抜けるかもしれないからシートベルトはしっかり締めておいてね。」 「勘弁してくださいよ〜」 I平と打合せに行く途中で、相棒のJAGUARがガタガタ調子の悪そうな音を立てていた。 イギリスの湿度の高い気候の中で育ったこの車も、さすがにもっと湿度の高い日本の気候には合わないようだ。 夏場は動かさないようにしないと・・・そういうわけにはいかないか。 相棒の入院が決まった。 7月5日 午前7時過ぎの三宮発空港行きのバスに乗り込む。 早朝とはいえ蒸し暑い。 約30分遅れの沖縄行きのJALに乗り、沖縄に着いたのが午後12時少し前。 設計事務所に飛び込んで簡単に打ち合わせを済ませ、午後からの少しばかりややこしい話をするために次の設計事務所へ移動する。もちろん昼食を摂っている暇はない。 「かなり金額がオーバーするんだけどねぇ。(過剰に設計しすぎてんじゃあないのぉ、おい!)」 目の前の鋭い視線がこちらに飛んでくる。 どんな形状の建物でも単価は同じ、とは限らない。 つまり、柱と柱の間の寸法が大きい、業界用語では「スパンが飛んでいる」というのだが、こういった場合は比較をすれば割り高になる傾向となるわけだ。 複雑な形状になればなるほど、やはり金額は割高にはなる。 自分の持てる限りの工学的、いやこういう場合はもっと簡単な話しから相手を説得するために時間をかけて話をしていかなければならない。工学的な話なんかしてると余計にややっこしくなる場合も、ある。 相手がこちらを信用していないとその時間は更にかかるわけだ。 その信用を少しだけ得られるように話をし、具体的にどうすればいいかをこちらでイニシャチブをとって相手に伝え、少し場の雰囲気が明るくなってきた頃には、飛行場へ向かわなければならない時間、つまり午後の3時半をとっくに過ぎていた。 前回沖縄に来たときは、今回以上にあわただしく、空港の中でいつも食べる「紅芋アイス」を泣く泣く食べずに帰ってきたので、今日は真っ先に「ブルーシールアイスクリーム」を置いている売店に飛び込んだ。 頑張ったご褒美に食べる「紅芋アイス」の味は格別だ。 スーツを着て「紅芋アイス」を食べているオッサン。 周りはもう夏のバカンスを楽しんできたであろう、若い連中や家族連ればかりである。 ネクタイを締めているヤツなんていやしない。 「もう、今度来るときはかりゆしのシャツでいいさ。」 つらい時間を過ごした後、その設計事務所の方にふとそう言われたとき、少しだけ沖縄の人達との距離が短くなったような気がした。 7月4日 長島氏が登場することについては、どうしても無理があるような気がした昨日のプロ野球だった。 それに、プロならばこういうときこそ勝つべきじゃあないんですかぃ。 肝心なときにころころ負けているようでは、ゲームではないしショーでもない。 昔は「ナイター中継」というものを楽しんだ時期もあったが、今はあえて見ようという気にはならなくなってしまっている。 でも、ナベツネのジイさんがこっそりと映っていたところをつい見てしまったのは後味が悪かった。 つまりは、なんだかスポーツというものを最近の野球には感じなくなってしまったということだ。 魅せるシーン、というのはグラウンドになくっちゃぁね、やっぱり。 その点、女子バレーはいい、と思う。 あくまで個人的な趣向なのですがね。 高橋選手や竹下選手は「いい顔」をしていると思う。 いつもストレスが溜まっているような顔つきの清原選手や、今にも泣きそうな上原、サラリーマン面した堀内監督等と比較すれば、違うと思う。 目標に対するひたむきさというものが顔つきをどんどん変えていくんでしょうね、良きにつけ悪しきにつけ。 今では死語になっているのかもしれないが、「ハツラツとした」というところが周囲に見られなくなっており、それをそういうところに感じてしまうのかもしれない。 さて、人のことを言ってる場合ではないワタクシとしては、明日「ハツラツとした」気持でトラブル処理に向かうことにする。 決して清原のように暴発しないように、高橋ミユキ選手のように笑顔、でね。 7月2日 あれ?そういえばもう7月だったんだ。 仕事に追われ精神的な余裕がなかったことと、紫外線が入ってくるから肌にはよくないといって、ブラインドを下げたままだったので外が見えなかったのと、梅雨時期で天気が悪い、という諸条件からすっかり季節の流れから取り残されていた気がする。 土曜日の夕方、オフィスにいるのは僕だけなので、ブラインドを全て開き久しぶりに外の景色を眺めることが出来た。 少しばかり上空には晴れ間が見えるが雨は降っているという中途半端な天気だ。 子供の頃、土曜日といえば週末の入り口で、これから先無限に週末が広がっていくような、そういう錯覚にとらわれながら暗くなるまで遊びまくっていた。 そこからほんの数十年たった今では、土曜日というのは単なる通過点であり、仕事の調整期間に過ぎなくなってしまうものなのだ、ということをぼんやりと外を眺めながら考えるだけの余裕がこの週末は少しだけある。 カチッ!というかすかな音の後オフィスに電話が鳴る。 週末のこの時間帯の電話は決していいことを知らせるものではないと、覚悟をして受話器を取る。 「ちょっとややっこしい話になってしまいましてね〜。来週早々やっぱり来てもらおうかな・・いい?」 「もちろん、行かせてもらいます。」 トラブル処理がまた始まる。 7月1日 「DEPAPEPE」の人気は高まってきているようで、今日は関西ローカル「ちちんぷいぷい」という番組に出ていたそうだ。 「デパペペ、テレビに出てるよ」というメールをいただいた。 中には、「デカペペ、だっけ?」という方もおられたが、これだと、過去によくテレビに出ていた俳優の「穂積ぺぺ」というイメージの方が強くなってしまう。知らない人は知らないだろうけどね。 ゴンチチのごんさんとちちさん、と同様に、デッパさんとぺぺさんというところから由来しているという説もあるのだが、正確なネーミングの由来は、そういえば聞いたことがなかった。 でもまあ、そのあたりだろうと思うのだが、三浦君どうなのよ? 金曜日は「シラッキーギター教室」のレッスンの日である。 B♭からのアドリブが比較的、自分の中では思ったよりも上手に出来たので気分は上々だ。 この調子で頑張れば、1年後には「デパペペ」のようにデビューできるかもしれない。 オッサン二人のデュオ「シラッキー&ジュン」 「ジュンとネネ」(知らない人は知らないだろう)のような夜のネオンがふさわしい演歌コンビのようなイメージになってしまう。 「ラッキーじゅん」 う〜〜む、なんだか松竹芸能の芸人のようだ。 |