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11月1日
ついこの間まで暑かったのに、めっきり涼しくなったと思ったらもう11月になっていた。
時間に追われていると否が応でも時は過ぎていく。
え〜〜っと、ワタシまだ夏休みとってないんですけどねぇ。
確か去年もそんなことをいっていたような気がするので、もう2回ほど夏休みはすっ飛ばしてしまったことになる。

知らないうちに「改革続行内閣」が出来てしまって、「死刑執行にはサインなぞしない!」と言い切ったオッサンがすぐにその言葉を撤回するような、あいかわらず国民の為ではない政治が知らないところで行われているようだが、自分の身は自分で守らざるをえないと思っているので、夏休みをとるのは少し先送りをして年末まで今の生活を続けて行こうと考えている。
「来年からは営業と経営に力を入れるので、実施設計は出来るだけ君たちでやってね。僕はもう構造設計から抜けるもんね」とミーティングで堂々と言ってのけてしまった。
で、それができるように今年中頑張って体制を整え、来年は1ヶ月ほどNZでのんびりしようと考えている。
え?そんなことここで言っちゃったらまずいんじゃないかって?
どうせ出来ないだろうからヤケでそう言ってんだよ!

10月27日
携帯電話を替えた。
「SONY ERICSSON 802SE」という機種だったのだが、これがまた使いにくいったらありゃあしなかった。
最後はどこか変なところを押しちゃったのか、まったく動かなくなり、電源も切れない状態になった。
翌日は朝早く遠方へ行かなければならず、充電をして帰ろうと思っていたのに帰れないという状態に陥ってしまった。変なところでストレスが溜まる、そういう機種だった。

今度の機種はシャープの「V603SH」だ。
これはなかなか使い勝手がいいし、久しぶりに快適な携帯の生活の仲間入りをした、という感じで、嬉しくって子供のように誰にも見せたくなってしまう。
携帯電話を初めて手にしたのは、今から12年ほど前だった。
その頃は一番安いものでも10万以上しており、欲しいんだけど買うにはちょっと思い切りが必要な、そういうアイテムだった。
独立をしたことで清水の舞台から勢いをつけて飛び降りたつもりで、買った。
比較的安く、スタイルがいいものをと、最初に手にしたのがSONYだった。
もちろん画面などはなく、プッシュボタンのみが付いているシンプルなもので、側面についているボタンを押すと横から細長い送話口が飛び出してくるといったようなものだった。
当事は携帯電話を持っていることがステイタスであり、持っているのは僕のようは自営業者かヤクザくらいのものだったし、大きい声を張り上げてしゃべることで
「俺は持ってるぞ、コイツをな。どうだぁ、悔しいだろうぅ」
などと自慢たらしく話をしているのが目立っていた。
それから月日が流れて今じゃあ、持ってないほうが珍しいくらいに普及をしてしまった。
ただ、
「おう、そうやぁ。そやけどそれやったらワシせつめいでけへんがなぁ」
公衆の面前で、自分だけの世界に入り込んでいるヤツラは未だに存在する、というよりは携帯の普及によって「恥ずかしい」という感性は消滅していったと、ワタシは断言できますね、ハイ。

10月26日
確認申請の手続きを行う際に、建築構造上の質疑が確認申請機構から掲げられる。
それを全てクリアしなければ確認申請が下りないわけで、たいていが建築(基準法を満たしているかどうかということ)、消防、設備等が終わり最後に回ってくるので、
「あとは構造だけです。早く手続きしてくださいね」
などと電話が入るわけだ。
こっちだって早く処理できればそれに越したことはない。ただ、この構造の担当というのはたいていが難しいことを言ってくる。難しいというか融通のきかないというか・・・これくらいいいじゃない、って言いたくなるようなものでも、
「計算して書き直してくださいね、いいですか。」
「ハイ」
となるわけだ。

今日も大阪の淀屋橋までそういう作業を行うために出かけた。
終わったのが午後3時近く。淀屋橋から梅田に戻った。帰りは阪神電車で帰ろう、改札前のジュース屋さんでいつもの冷えた「ミックスジュース」を飲んでさっぱりしてからなどと考えながら地下に続く階段を下りていくと、改札のあたりが異様な雰囲気を醸し出していた。
「まずいなぁ、阪神ファンばかりだぜ」
髪を金色に染め、黒い筋を入れて刈り込んだような、ま、そういった特殊な頭をした若い連中で溢れていた。それはそれでいいんだけど、目つきが違う。
優しい目で、負けが込んでいる阪神タイガースを応援しようという、そういう目つきではない。
今日負けちゃったらどうなるかわかってんだろうなぁ、おぅ、こらぁぁ!!の目をした連中が改札や券売機のあたりをうろうろしている。
「純粋なタイガースファン」ではなく,何かきっかけがあれば暴徒化しようという連中の目だ。
今更彼らの精神構造について書こうとは思っちゃいない。
今日間違ってもしタイガースに勝っちゃったらやばいよ、の千葉ロッテ関係者に対する危惧の念だ。
今のところまだ結果はでていないが、勝つならば千葉に帰ってからのほうがいい、とワタシは思いますね。

もうこういうのってスポーツじゃないもんね。勝ち負けにこだわることはいいかもしれないが、便乗して人を傷つけたりするようなことが起きるんじゃあ、暴動として扱わざるを得ないでしょ。
球場で暴動でも起こったら、岡田監督には例の笑顔で暴徒を抑えてもらわないとね。
でしょ?

10月25日
くそっ!やっぱり阪急電車には乗るんじゃあなかったぜ。
急いでいる時はJRに限る。
神戸線の十三駅から京都線に乗り換えたのが午後12時過ぎ。ここから京都の大宮駅までおおよそ40分程度はかかる。そこからタクシーで20分くらいか・・約束の時間ぎりぎりだ。
京都の千本上立売りというところにあるK病院で、夏場に実施した耐震診断の結果報告をしなければならない。約束の時間が午後の1時だ。
大宮駅に着いたのが12時45分。信号を渡ってタクシーに飛び乗った。
「K病院までお願いします。」
「ああ、K病院ね。私ね、子供の頃にあそこの病院にかかったことがあるんですわ、背中から膿の出る病気になっちまいましてね。そのときかかったのがあの病院」
「膿・・ね?」
「そ、で膏薬かなんか貼ってもらったらピタリと痛みも止まった。そやからあの病院はよう知ってまんのや」
後ろを振り向きながら話をする。
「京都もだいぶ変わりましたねぇ」
「ほんま!ゼンゼン変わりましたでぇ」
いきなり病院の話になり、経済不況がこの京都を覆っているところから、室町通の呉服店がどんどん店じまいするところまで話が発展してしまった。

「ところで1時にK病院なんですけどぉ、大丈夫かな?」
「2分前につきまっさ、まかしとくんなはれ」
車が止まったところは病院のはるか手前だった。
「すんまへんなぁ、ワタシがかかった病院はC病院でしたわ。でもちゃんと着きましたやろ」
プロだということを認めながら病院へ走った。
10月の終わりだというのに京都は、暑い。

10月24日
「おにいさん、チクと暑いんだけどクーラー強くしてよ。」
「金持ってねぇくせによく言ってくれるぜ」

のっけから少々ガラのよくないセリフになってしまったが、僕が学生の頃、雀荘(ジャンソウ)で、麻原ショーコー似のMが胸をはだけたシャツを一層はだけながらそう言っていたのを思い出した。

「日曜に三宮の映画館で『蝉しぐれ』見たんだけどさぁ、外が寒かったせいか、館内はエアコン効いてないのよね〜。だんだん暑くなってきて、扇ぐものないし汗は吹き出てくるしさぁ。我慢したわよ。」
ランチタイムにT女史がそういう話をしていた。
「館側に言えばいいじゃん。」
「ど真ん中に座ってたから出られなくって。セミが鳴いている時期の映画だしものすご〜〜く暑かったよ。終わってから外に出て文句言ってやったわよぅ、フンッ!」
ま、夏の映画らしくてよかったと思うのだが、どうして誰も文句言わなかったのかそれが不思議だ。
東京にいる頃は、冒頭のようにあつかましいくらいに何でも言っていた。
関西に帰って気がついたことは、例えば電車に乗っている。車中がものすごく蒸し暑くってたまらない、という状況になっても誰も何も言わずに乗っている。
車掌に、「この状況だからエアコンくらいつけてよね」とか「すいません窓開けてもらえますか?」(その頃はまだ窓の開閉できる車両だったもんで・・)
などと言ってもいいのに、誰も何も言わない。そういうことが多かった。
その頃の地域性だったのかもしれないが、常識的な範囲で言うことは言うべきだ、と思う。
わざわざお金払って来てるんだから、言えばいいのに。

高校生の頃、近所の映画館で「八甲田山」を見た。
真夏の、セミがそれこそ鳴きしぐれている頃だったと思うが、そんなときになぜ「八甲田山」だったのか、は思い出せない。
戦争中の真冬の八甲田山が舞台となっており、「隊長、もう歩けません・・・」などと兵隊が真っ青な顔をしてバタバタ倒れていく、そういう映画だった。
古い映画館なのでクーラー効き過ぎ、ガラガラ音を立てて冷たい風が館内に吹きまくっている。このときはさすがに八甲田の兵隊とともに凍死するかと思った。

映画を見るときはエアコンの調整がきちんとなされている館を選びましょうね。

10月20日
駐車場からオフィスまでは距離にして約300mほどある。
JR沿いのダイエーの駐車場を出、正面に建っている葬儀屋を見ながら南に折れる。
そこから南北に続いている国道2号線へ出る通りを真っ直ぐに歩けばオフィスの裏口にたどり着ける。
ただひとつ難所がある。この南北の通りと東西に走る三宮商店街が交差しており、その交差点の南東角に「SLOT弐番館」という店がある。
週明けから週末まで朝早くからスロット店の開店を待つ連中がたむろしており、ひどいときには車道まで出っ張っている状態になっているような、そういう道を通って行かないといけないということだ。
狭い交差点には、三宮商店街から出てくるオバハンの自転車の群れとスロットに夢を託す野郎どもが絡み合ってさらに複雑な動線を醸し出している。
車道にしゃがみながらケツを出し、煙草を吸いながらツバを吐くガキのそばをヨロヨロしたジイさんまでもが自転車で通っていくのでほんの数mの交差点を渡るのに非常に苦労する。
早起きしてここまで来るんだったらちゃんと働けよ。目先の金だけを考えてたんじゃあ将来苦労するぜ、わかってんのかぁ、このやろうどもがぁぁ・・・
言葉に出したら怖いんで、そう思いながらいつも通っている。
で、夕食を摂った帰りに三宮商店街をその交差点に向かって歩いて気がついた。
そのスロット屋に対抗するようにすぐそばのラーメン店「風林火山」の隣に、新しいスロット店「ジョー」が新装開店に向かって突貫工事をしていた。
ますます野郎どもの巣窟になることはまず間違いない。

今までも他の駐車場にあたってはみたのだが、
「外車?だめだめ!」
言ってるそのそばには旧式の白いJAGUAR止まってるのにだ。
確かに車の長さは5mを超えているし、髭を生やしてサングラスという姿で行ったのが間違いだったかもしれないが、それにしても無下に断るこたぁないでしょう。

「カローラあたりでどうなんです?小回りは聞くし、お客さんにもプレッシャーかけることもないしね。」
税理士の先生と打合せをしているときにそう言われた。
確かに目立たない車だと、もっと近くの駐車場を借りることは出来るかもしれない。
「小さい車だとすると・・Z4なんかがいいんじゃあないですか?」
「ツーシーターは転ぶと痛いので、だめです。買う余裕も無いでしょ。」
きっぱり言われた。

悔しいから明日から野郎どもに混じってスロット店で稼いでやる。

10月19日
朝ほんの1時間ばかり早く起きると、部屋に入ってくる光の感じがまったく違うことに気がついた。光の角度が違うわけだから当たり前の話ではあるが、それが新鮮に感じる、そういう気分の時もある。

湾岸高速から阪和道に入り和歌山の有田市に向かって走る。つい最近この道路でエアガンの発砲事件があったばかりの、その道だ。和歌山ICを通り過ぎ湯浅御坊道路の片側1車線のトンネルに入る。ここを抜ければすぐに今日の目的地に到着するのだが、このトンネルでも後ろからあおった挙句の発砲があった。
流れに乗れない車や、トロトロ走っている車(一緒か)、そういう車が前にいると確かに、なにやってんだよぉ、もう少しなんとかならないの?だいたいバックミラーを見て流れの情報を頭に入れてないんじゃあないの?おい!携帯で話してるんじゃあないよ!そっちの車、頭を寄せ合って仲良くする前にね、そのアナタの車もう少しスピードアップしてくれませんか?お願いだから・・・・などとイライラすることは、ある。
ちょっとした気遣いや譲り合いがあれば一日いい気分でハンドルを握ることができるのに、それが出来ない車は、圧倒的に多い。
でも発砲はないでしょ。まだヤクザ屋さんの方がマナーはいい。

バックミラーをいつもよりは少し多目に見ながら、まともな感じの人が乗っていることを確認することで安心してハンドルを握った。
ただ、いつもよりは神経を使ったのでオフィスに戻ってきたときの疲労度はいつもよりも高かったと思う。

朝の光を感じることで一日が充実した感じになれる、そういう感性を誰でも持っているわけだから、少しだけ自分というものを抑えて「譲る」「すぐに切れない」という意識を持つことでもっといい環境が作れるんじゃあないかと思うんだけどね。ちょっとした意識の改善だけなんだけど、やっぱりそれが出来る「大人」の減少傾向なのかもしれない。

「室内にガソリンの匂いが充満してるんだけどさぁ!!大丈夫なの?どういう入れ方したんだよ、爆発しちゃったら恨んで出てやるよ、それでもいいのかい?」
前日の深夜、近くのGSで帰りにガソリンを満タンにした。
走り出したらガソリンの匂いが充満し、窓を開けてもにおいは強くなるばかりだ。引き返してそのGSに車を乗りつけ、クラクションを鳴らす。出てきた店員にその言葉をぶつけた。
「すいませんねぇ、ちょっとこぼしちゃって。JAGUARなんかの場合は***だから室内に臭い入っちゃうんですよ」(***の部分はよく説明がわからなかった)
「大爆発してタイヤがコロコロ・・なんてことない?」
「ぜ〜〜ったいにありません。臭いはしばらくあるけど・・すいません」
「すぐに切れない」を実行する「大人」にはまだまだなりきれないものだ。

10月18日
靖国神社の問題で、日本は孤立しかかっている。
魑魅魍魎な政治のことゆえ核心が何かということは隠されてはいるが、メディアの流れの中では孤立しちゃいそうになっている・・・
おっと、今日はこういうことを書くつもりじゃあなかったんだよね。

日本と中国も今は不穏な状況ではあるが、オフィスの中では日中は友好的だ。
ランチタイムに中国語の勉強を少しずつC君に教えてもらっているからだ。
週末に見た「レッド・コーナー」(これは少し前の映画だけど面白いです)で使われていた中国語をさっそく試してみる。
「メイヨウゥっていうのは問題ない、ってことだよね?」
「メイヨゥ・・アクセントハ、イ、ニアリマス。チョットチガウネ」
間違っていてもお構い無しに
「ボスに問題はないよ、っていうのはさ、メイヨゥ、ダグゥアァ、だよね。」
「ボウズハジョウズニビョウブニエヲカイタ、デスカ?」
「ボス、つまり上司のことね、組織の親分。わかる?お〜やぁぶぅ〜ん」
「レッド・コーナー」では、この言葉がキーになっていたのでわかったような振りをして聞いてみた。
「チョットチガウネ。ボスハ、ロウバァ、デスヨ」
「おかしいな、確かそういう言葉だったと思うんだけど・・・Cさん北京語でそう言わない?」
「ペキンゴデハ、ロウバァアァァ」
「了解。もう一度帰ってDVD見てみるからね。そっかぁロウバァ、メイヨゥ、なんだね」
「ソウデス。」
「じゃあ、逆はどうなの?これはだめです、って言うのはなんていうの?」
「ソレハ、プゥ、シュエイィィ・・・」
破裂音を発した途端に口いっぱいに入っていたごはんが周りに飛び散った。
ランチタイムに中国語は危険だ。

10月17日
何でわざわざ周りを刺激するようなことするのかね〜、とデスクに足を上げ、一人になったオフィスで考えてしまった。
「適切に判断します。」についてはなんにも説明のないまま、小泉総理は靖国行っちゃうんだもんね。
まあ、今に始まったことじゃあないけど、それにしても自分勝手というかなんというのか・・・私人ならばまだマシだけど、やっぱりこうなっちゃうと公人としてでしょ、どう見ても。
それに同調する人もぞろぞろでてきちゃうし、政治というものに終始一貫していないと思っている人は多いはずなんだけど、どうなっちゃってんだろうね。
まあ先の選挙で自民党を勝たせちゃったのは国民なんだからしかたがないかもしれないけれど、怖いのは、中国国民の対日感情が高まったとき、機を見計らって例えば中国政府がそれをたきつけたとする。一触即発で戦争になるかならないかって時に、
「適切に判断します」
じゃあ納得は出来ないし、
「話せばわかる」
では済まないだろうし、結局平和ボケしてるんじゃあないでしょうかねぇ。

おっと、しょうもないこと考えてないでこういうときは早く帰らないと。
仕事溜まってるんじゃあないの?
適切に判断、シテクダサイ。

10月14日
「マジィ〜、カッケ〜〜」
日本語に訳すと、
「うわ〜ぃ、あんな有名な人と話ができた、かっこいいじゃないあの人。」
となる。

たまたま見ていたテレビで、都心のどこかの駅前で募金を募っている。その募金を募る団体の中に「杉村太蔵」がやってきて一緒に運動をする図、が映し出されていたのだ。
その「太蔵」氏が北海道から修学旅行で東京に来ていた女子高生と握手をした。彼が去っていくその後姿をその女子高生が眺めながら一言、それが冒頭の言葉だった。
ふぅ、説明が疲れるぜぃ。
で、何を言いたいかって言うとね、10代ならばまだそういう言葉を使っても仕方はない、まあ許しましょう。ただ、20(ハタチ)過ぎてもまだそういう言葉使うのかってこと、それを言いたいわけです。
「マジッスカァ〜」「ショウジキ、ワカンナインスヨネ〜」「ゼンゼン、ダイジョウブ」
社会人になってもこんな風にしか感情を表現できない人は、多い。
英会話学校行く前にもう少しちゃんとした言葉ぁ話せるように日本語学校でも行け!って言いたいね。
自分の考えていることや相手にしてもらいたいことなど、できるだけ正確に伝えなければ誤解が生じて自分の立場を悪くしてしまうこともあると思うのだが、そういう環境であっても、
「マジッスカァ〜?」
なんていわれると蹴飛ばしてやろうかと思ってしまう・・あ〜、いやいや、オジサン大人だもんで、右の人差し指を立て、これを左右に振りながら「ッチッチッチ」って言うだけにしておきますがね。

「頭にきたんで撃ちました」
和歌山でエアガンぶっ放した男の言葉だ。
最近は、言葉だけではなく行動までもがとても短絡的になっているように思える。
短絡的というよりも、「幼稚な」と表現した方がいいかもしれないね。
ガキだけじゃあなく、いい年こいたオッサンもひっくるめて、人間性が劣化してきている気がしてならない。

仕事の波をなんとかかいくぐり、精神的に落ち着いてきたところだが、たまにニュースなどを見れば変な事件ばかりだし、新装開店した駅前の立ち食い蕎麦屋へ入れば、
「おばちゃん、きつねにおにぎりね。」
「ちょっと待ってね」
「マジ、待ってますよ」
集団で入ってきた若い連中の一人がそう言った。
まあ、集団でなけりゃあそういうことは言えないんだろうけど、こういう状況でも使ってしまうとはね。
「そっちのニイさんは、味はどう?開店したばっかりだから。」
カウンターの中で見習い札をつけた年配お姉さんを指導していた男が僕に言った。
「マジ、うまいっすヨ。」

10月8日
金木犀の匂いでいつも秋になったことを感じる。
なにもこれは今に始まったわけじゃあなく、物心ついた頃から運動会の季節になればいつもその匂いがしてたな、という記憶が頭の片隅に残っており、条件反射的に秋を思い出してしまうのだろうと考えている。
わずかな情報でしか季節の変わり目を感じられないなんて、オフィスでカンヅメになってると人間的な感性までもが失われていくようで、あ〜早く人間になりたい!なんて「妖怪人間ベム」のような心境になっている今日この頃で、ある。

「にいちゃん、これ以上やったらなにするかわかれへんでぇ」
車から降りてきたチンピラ風のサングラスのおにいさんがしゃがみこんでそう言い放った。
この仕事をするようになった20代の頃。まだ駆け出しだったが、設計も現場も自分でとにかくこなしてやろうと意気込んでた頃だった。
現場は京都の宇治市内。
あとで聞かされたのだが、このあたりはその筋の人たちが好んで住むところだったとのこと。それならそれと早く言ってくれよな、と思うものの、その頃はそんなこたぁ考えてません。
建物を支持するために杭基礎にする。つまり杭というものを地下深くにある硬い地盤に落とし込んで建物を支えるようにすることなんだけど、途中で止まっちゃったわけです。
専門用語で言えば「高止まりをする」という。
「高止まりしちゃったんですけど、どうします?」
施工業者は僕に責任を押し付けてくる。
「もう少しなんで、上から打っちゃいますか?」
杭を上から少したたいて下に落としちゃおう、そういうことを彼は僕に言った。
「じゃあ、ちょっと打ちますか」
麻雀でもやっていく、というオッサン同志の会話ではなく、技術者としての会話である。
で、カナヅチの親分のようなもの、で杭の頭を一度だけたたいた。
「オタクの工事のために家の屋根の瓦がずれてもうたんや、どないしてくれるんじゃぁ、われぇぇ」
すぐにその怖そうなおにいさんが飛んできた、というわけだ。

施工業者はいつものことだろうから慣れてはいるとは思うのだが、僕のほうに視線を向ける。
「オタクがやれっていったんだからね」
こちらから先に謝ってしまうとますます彼の思惑にはまると思い、同行してもらっていた意匠デザイナーに相談をしようと、ん?どこ行っちゃったんだよ。
彼は道路側にたたずんでおり、道端にあったオレンジ色の「金木犀」の枝をポキッと折っり、その枝をそっと鼻に近づけた。もちろん僕からの視線をはずすようにしながら、そして何事もなかったように匂いをかいでいた。

「金木犀」の匂いは駆け出しの頃の記憶まで蘇らせる。

10月5日
10月に入ったら夏休みを取るつもりだった。それくらい余裕のある月になるものだと、9月の終わりにはそう信じていた。
それなのに、この忙しさはなんなんだ。
外は既に秋の香りが漂い、涼しい風が吹いているというのに、オフィスの中は、暑苦しい。
スタッフで一番若いS方君は、椎間板ヘルニアを患いデスクに腰を縛り付けながら仕事をしている。
入ったばかりのT尾君は目を患ってパソコンの前から消えてしまった。
「この時期でもクーラー切れると暑いよね。」
「えぇ〜、そうですかぁ?寒いですよぉ」
夏の終わりの頃から既に長袖を着込んでいたI平はそう言う。虚弱体質は未だに続いている。
スタッフにそれぞれ仕事を振り、できるだけ外へ出ようと考えていたのだが、病人ばかりじゃあしばらくはオフィスでのカンヅメ状態は続きそうだ。

10月2日
「ミッドナイト・ラン」という映画の中で、賞金稼ぎのジャック・ウォルシュ(ロバート・デ・ニーロ)と賞金をかけられた税理士のジョナサン・マーデューカス(チャールズ・グローディン)の二人が、銀行が開くまでの間朝早くレストランで時間をつぶすシーンがあった。
コーヒーも取らず、なけなしの金で「ラーク」を買ってしまったジャックをジョナサンが非難する。
「煙草は必需品だ。銀行が開いたらステーキでも何でも食わしてやるさ。」
保釈金金融屋のボス、エディ(ジョー・パントリアーノ)からの送金を信じながら彼がそう言うシーンがとても印象的だった。

日曜の朝、オーストラリアに留学している次男から電話が入った。
「お金がなくって昨日からポッキーしか食べてないんだ。」
日曜日なので送金は出来ない。
「月曜の朝、銀行が開いたらステーキでも何でも食わしてやるさ。」
シャレたつもりで言った。
そういう無責任な親です、ワタシは。

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