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11月30日
のっけからちょっと下卑た話にはなるが、「ズラ」の話をする。

一躍有名になってしまった「姉歯」の頭についても「ズラ」疑惑が取り沙汰されている。
やってしまったことに対しての非難だけではなく、その人物の外見にまで非難が及ぶというのはどうかと思う。
「震度5できっと頭も吹っ飛ぶ」とか「悪いことをしたからそのお金で買ったんだろうな」などという「中傷」以上の物言いは大人げないと思う。
よってたかって、ということを知らず知らずの内に国民全体がやっているということの脅威を僕は感じている。

毎朝見ている「とくダネ!」は一切そのことには触れず、極力事件の真相に迫る流れを作っているのには感心してしまう。あの、デーブ・スペクターでさえ、そのことには一切触れないでコメントをしていることについては逆に不信感さえ抱いてしまうくらいだ。

「あ、それはだめ。ね、デーブ、それは絶対いっちゃあダメだからね。言っちゃうと番組降ろすよ。」

というやり取りがあったのかどうかはわからないが、その問題出しちゃうと今度はメイン司会者にまで被害が及んでしまうだろうから、番組制作ディレクターからの圧力によりスタッフ全員がその問題を取り上げないでいる、という構図。

「いくら建築主から圧力かかったって言うことそのまんま聞いちゃあダメでしょ。仕事なくなったってしょうがないじゃん。」
他人事だからそんなことが言えると思う。
自分の身に「圧力」かかったら、
「おズラさんはどう思います」
いくらデーブだって、そんなこと言ったら仕事干されちゃうでしょ、視聴率上がるとはいえね。

11月29日
東京で設計事務所を開設している学生時代の悪友のUが30日京都に来ることになった。
仕事ではなく事務所の社内旅行ということで、2人のスタッフと一緒に来る予定になっている。
「おがわちゃんさぁ、まあ東京と神戸の中間ということで浜松あたりで合同社内旅行っていうのはどうよ?熱海でもいいぜ」
どう考えても中間、ではないような気がする。
それがいつの間にか「京都」ということになった。
「紅葉の季節はずしちゃうかもしれないけど、まあいいや、久しぶりに飲もうぜ」
今年は今が一番いい時期らしいのでちょうどよかった。
東京へ行ったときはだいたい彼のオフィスに顔を出すようにしている。
ただお互いに忙しい身ゆえ、夜一緒に飲むということがなかなか出来ないので、この際仕事はほったらかしにして京都でゆっくりと飲もうと思っている。

「たまには四谷でドヤッ!」
3代以上に渡っての生粋の江戸っ子のUは、よくこういうふうに関西弁を使っていたが、関西育ちの僕以上に関西弁は上手かった。
「いいね〜、だけどさ明日朝一から授業あるんだけどどうすんだよ。」
「まあ、いいじゃない。どうせその授業受けたって留年は決ってんだから。」
「それもそうだな」
四谷左門町(今はこの町名はなくなってしまったみたい)あたりでよく飲んだ。
酔っ払いながら文化放送前を通り新宿まで歩くのは恒例になっていたのだが、そこからどうやって中野の下宿まで帰ったのかはいまだに思い出せない。
彼はすぐ近くの江古田というところに住んでおり、朝気がついたら彼の家の庭に置かれたプレハブ小屋の通称「設計室」で寝ていたということが多かった。
「明日までの設計課題やんないとな。今日は徹夜だ。」
たいていそういう課題などは間際にここでやっていた。このときはおそらく二人とも将来建築の仕事に携わっているとは考えていなかったと思う。
早く卒業したい、こんなムショ暮らしはまっぴらだぜぃ。卒業したらこんなドラフターなんか捨ててやる!
そう思いながら明日の課題になんとか間に合うように、「設計室」で図面を書いた。
もちろん次の日の課題提出の時間には諦めてそこで寝ていたのだが。

で、月日が流れ、今はどうかといえば、お互いそのころと同じような生活をしているわけです。
「おがわちゃんも休み出てるんだ」
「あたりまえでしょ。間に合わないモンね」
こういう生活は一生続きそうな気がする。

「加茂川辺りにいいバーがあるんだ。今日はそこでスコッチでもドヤッ!」
「いいね〜、締め切りは・・まあいいやなぁ。もう、わすれましょ!、ね」
何年経っても「大人の会話」はできそうにないだろうな。

11月28日
週末は害虫駆除でオフィスを追い出されちゃって・・・その続きを書こうと思ってたんだっけ。
まあその〜早い話が、やっぱりソフトを使う側の能力とモラルで毒にも薬にもなるってことを書きたかったわけです。

週末、同じマンションの友人のお宅で食事会が催された。
話題はどうしてもそういう方向へ行ってしまう。
そうなると、このマンションは大丈夫なのか?という話は必ず出ることになる。
「小川さんが住んでるんだから大丈夫だよね、ね」
念を押されてもねぇ。
実はそんなこと全然考えてなくって、買う決断をした理由は環境とモデルルームからの眺めだけだったんだから。

全てのマンションが、実はここも危ないんじゃないの?理事会で一致団結しようじゃあないですか、とか、中には「建築士」を連れてきて耐震診断装置で調査した結果配筋は入ってますね、などとやってるシーンなどもテレビでやっていたが、じゃあその「建築士」ってヤツはどうやって選んできたんだい、と言いたいね。
私が見てしんぜよう、おお、ちゃんと鉄筋は入っておるな〜、なんていうことはやってもらいたくはないよね。
頃合を見計らって、前にも書いたようにいろんな団体が出てきて調査をする、つまり「善」側に回って「悪」をたたこうとする。きちんと意見を言わなければいけないときには息をひそめ、落ち着いてくれば「調査しましょう」だ。

阪神大震災のときもそうだった。
こちらは被災し、さてとこれからどうするかと途方に暮れているときに、彼らは船で渡ってきて、
「あれ?小川君どうしたの?こんなとこで」
で、被災したことを伝えると
「あ、そう。じゃあ頑張ってね。」
だもんね。

技術者としては依頼されれば調査をするのは当然のことだと思うが、それだけではなく状況をきっちり見極めることが必要じゃないかと思う。技術だけを机上でディスカッションするだけの団体ではなく、今回の事件のように「癒着」が絡んだときにどう動くか、もしくは「建築士の免許」について国が的外れなことを言い出したときには、「ちょいと待ちな!」と言えるくらいの地位向上をこの際目指したらどうなのさ、といいたいわけですよ。
つまりは、皆さんはそうおっしゃいますがプロの立場から言わせてもらえばこうですよ、とか危険そうな建物と思われるものに対してはこういうふうな補強を行ったらどうでしょうか、などとテレビに出て言えるような、そういう団体になってもらわないとね。
今が一番いいチャンスじゃないのかな。
それもしないで、「調査の結果だめでした」程度のことしか言えないような団体であればいつまでたっても地位は向上しないだろうね。
おっと、ちょっと違う方向に対して言いたいこと言い過ぎちゃったかな?

11月26日
慣れとは恐ろしいものだ。
ちまたの建築界を賑わしているニュースにしてもすっかり慣れてしまった。
もう何でも言ってくれよ、っていう感じだ。

「建築士の免許を更新制とする。ちょっとでも違反すればゴールドカードじゃなくなるから心して仕事するように・・」
お上の考え方というのはいつの時代でもズレがあるようだ。
今度の事件は大掛かりな詐欺事件であり、今後政界にも影響しかねないような流れになりつつあるわけなのに、どういう思考過程から
「建築士は更新制とする・・」
になっちゃうんだろうね。
あ、そうかそうか、結局上のほうで揉み消しね、それで「一件落着ぅ」ってなっちゃうのか、なるほどね、そういうところは手回しはいいわけだ。
冗談じゃあないぜ!この国には浄化作用、浄化をするような機構というものはないんですかい?
小さいことには目くじら立てちゃうようないろんな機構はいっぱいあるんだけどさぁ、政治が絡んじゃうとシュンとなっちゃうのね、アナタタチ。

「こんなソフトを使うのがもともと悪いんじゃあないのかぁ!」
という「俄かプロ構造設計者」が結構増えました、ここにきて。
例えば漢方薬というのがある。
使い方によっては身体にとてもいい影響をもたらすものの、逆に使い方を誤るか若しくは故意に誤った使い方をすれば毒になっちゃうわけです。
健康食品だと偽って成分変えて販売する。
後になって健康を害したという人がぞろぞろ出てきて、「とくダネ!」なんかに取り上げられるっていう経過をたどるわけで、今回の事件も同じだと思う。
「偽造健康食品」の場合は、それを作った人間はあまりクローズアップされないでしょ。
それを偽りの言葉で売りまくった代表のオッサンが、最初は顔にモザイクつけて登場し、しばらくすると顔が映像に乗ってお茶の間に届く。
偽物の「壷」なんかを売る場合もそうだ。
壷を作った人間はどちらかといえば「作らされた」、ということで、この場合もそれを売りまくったダミ声のオバハンなんかが結局は当局にお縄になっちゃう、というふうになっちゃうじゃないの、とどのつまりがね。

前にも書いたように、経験者はそういったソフトを使うことで、おおよそ自分が頭の中に描いていた程度の断面だったよと、チェックするためのものとして使用しているのですよ。
もちろん手計算でも時間があれば出来るわけで、過程を省力化をするために使用するというのが一般的だ。それが出来なければ「設計」というものから離れたものになっていってしまうものね。

え?これから害虫駆除?オフィスの?
「一応は大丈夫ですけどね、いていただいても」
冗談じゃないよ、虫を駆除するクスリが身体にいいわけないじゃない。
それでなくともSはほお骨がこけてまるで病人のような感じになっている。
「彼は強弱体質なんですけど、それでもダイジョウブデスカ?」
「う〜〜ん、なんともいえないですが・・・」
クスリの詰まっているであろうボンベと、その先に付いているホースを持った担当者は首をかしげた。
今日はこれで撤収します。

続きは月曜日に・・・それまで書くこと覚えてるかな?。

11月25日
「喫茶店」という場所に行かなくなった。
行き始めたのは19歳の頃で、その頃は京都の西陣の下宿(今は死語になってるのかもしれないが、その頃は主流だった)の隣に「シュプール」という喫茶店があり、予備校にも行かずそこで一日を過ごすことが多かった。
その頃京都には結構変わった店があり、「拾得」というライブもあるような場所や「二十歳の原点」の著者である高野悦子氏がよく行っていた「しあんくれーる」や「イノダコーヒー」などにもよく行った。
東京に住んでいる頃は、神楽坂の中腹にある「珈琲美学」によく足を運んだ。
ちなみにこの店はまだそこにある。
西武新宿線の沼袋駅近くの「モンプチ」などはほとんど毎日行っていた。つまり学校へはほとんど行っていなかったということでもあるのだが。
大阪でのサラリーマン時代には、高麗橋の「mac」、西田辺の「カノン」で常連となっていたのだが、この後「喫茶店」というところに通った記憶がまったくない。

最近では時間調整のために「喫茶店」ではなく、「コンビニの立ち読みコーナー」で時間をつぶすことの方が多くなった。
「ドトール・コーヒー」など、喫茶店じゃあない店でランチを摂ったり、コーヒーを飲んだりすることはあっても、行きつけの「喫茶店」を作ってそこでくつろいで珈琲を、というような気持ちはまったくなくなってしまい、行きつけの「薬局」や「病院」などは増えてきている。

「おや、おがわさんいらっしゃい。ちょうど今珈琲たてたところなんだ。サボっていけば」
カウンターの向こうでいつも美味(うま)い珈琲を出してくれていたあのマスターも今は、
「そろそろ保険が満期なので印鑑もらいに行きますね。」
保険代理店の経営者となっている。

新聞を読みながらゆっくりと煙草をくゆらせる、そういう図が少し前の「喫茶店」にはあったのだが、今は携帯でメールをポチポチ打つ人ばかりの「コーヒーチェーン店」が主流になってきたと、オフィス近くの三宮商店街の一角、ガラス張りになった店の中でこちらに向かって足を組み、口を開けたままメールに夢中になっているオッサンを見ながら、そう感じた。

11月24日
どんなことがあっても仕事の方は相変わらず忙しい。
自宅に帰るのが深夜という日々が続いている。
帰りは、阪急春日野道から山手幹線に入る道を避け、そのまま阪急沿いに王子公園まで走り、そこから山手幹線に入る道を選んでいる。信号で止められる数が少ないからだ。
ただ、最近は毎日深夜の飲酒検問に引っかかる。

「飲んでないですよね。」
「ええ」(見りゃあわかるだろ、ワタシ仕事帰りなんですけど)
「はぁ〜〜、っと息を吹きかけてください」
因果な商売だとつい同情してしまう。制服を着たおまわりさんじゃあなく、私服の刑事がこういうことを言ったとしたら異様な光景に映るだろう、と思いながらハァ〜〜とやる。
一瞬なんともいえない表情をしてから、
「ハイ結構です。気をつけてお帰りください。」
となる。
立て続けなので、そのうち夕食に餃子を食べようと思っている。
ハァ〜〜

「オタク毎日この時間だけど、どんなお仕事ですか?」
「え?そんなことまで聞かれるんですか?」
「ええまあ、いちおう、ね」
「今はやりの『構造計算』に携わった仕事ですけど・・・」
「ちょっと降りてもらえますか」
なんてことになっちゃうと困るので今日は違う道を通って帰ろう。

違うこと書こうと思ったのにどうしてもこうなっちゃう・・・。

11月23日
「構造計算」をするということがここに来てやっと日の目を浴びることになった。
悪い意味でなんだけどね。

「建築の構造?なんですかそれ?」
「なんだかややっこしい話してますな。わたしにゃぁわかりませんよ、がっはっはっは」
「構造屋さん?あぁ、下請けね、はは」
これくらいならばまだかわいい。
「もちゃあいいんじゃあないですか」
「ここから先はまったくわかんないんで、あとはお願いね」
つまりややこしい数字の話ばかりだと頭が痛くなっちゃうので、もう少しわかりやすい話題を出してくんないのかなぁ、やっぱりさ、技術屋は頭が固いんだよね。もうこっちはそんな話聞いてても眠くってぇ・・・って程度だった。
でもまだそういうふうにブツブツ言われるだけだったら、まだ、かわいい・・・。
「これくらいでそんなお金取るんですかぁ?」
まっとうに仕事をしていてもまるで「詐欺」のように言われることもあった。

この話題はそろそろ終わりにしたいと思ってるんだけど、ちょっと少し尾を引きそうだ。
で、もう少し書いておきます。

一応流れをつかむためにいろいろサイトを見るんだけど、今一番情報が多く正確なのは「ブログ」だと思う。
この事件に限らずなんだけど、まあよくそこまで深くえぐって追求してるものだと、更には、素人ながらの推測なんかも書いてあって、ことこの「姉歯事件」に関しては専門のソフトについても細かく書いてあるブログなんかも見受けられた。
「地震係数なんか1.0で固定するようにしておかないから改竄できるんじゃないの?」
ゲーム小僧のようなコメントもあるので恐れ入る。
残念ながら、こういうのは一切それこそ「素人考え」です。
まあ素人が書いてるからそうなんだろうけど、ソフトを使うというのは誰でも出来るし、これは設計技術をする上での必要条件ではあるけれど十分条件じゃあないということね。
つまり、これはいつか「うらじゅん」に書いたこともあるんだけど、ソフトを使って出てきた数値に対しての是非を行う。これが出来なければ設計は出来ない。
で、これを行うのには経験が必要だということです。

こういった設計用のソフトがでてき始めたときは、設計者の判断や入力の仕方によって確かに応えは様々だった。そのためのチェック機構などもできたほどだ。
ただある程度のレベルを持った技術者が設計すれば、どのソフトを使っても一定結果に収束することになるのが当たり前だったと思う。
中には、
「ソフトで解析してるんだからこれが正解なんですよ」
と役所の担当者に食ってかかってた若いヤツを見たこともある。
ゲーム感覚で細かいところまで入力は出来るが、実務レベルに達していない「技術者」が増えてきているということなのかもしれない。
僕自身もそういう「技術者」に食ってかかられたこともある。
「解析でOK が出てるんだからいいじゃあないですか。どこがおかしいんですか」ってね。
アンタだよ、アンタ。心当たりあるでしょ。

え、ま、そういうことはさておき・・話長くなっちゃったなぁ。
この続きは、明日。

11月22日
月曜は東京へ出張し、今日は名古屋に寄って帰ってきた。
行くところ全て例の話で、まるで挨拶代わりのようになってしまった。
例の話というのは「姉歯物件」のことだ。
日が増すごとに出てくるわ出てくるわ、
「私こそ被害者なんだよ」
とか
「青天の霹靂だぁ」
とかね。
て前(めぇ)ら、ええかげんにせぇよ、って言いたいね。

テレビでは、なかなか詳細な部分まで説明はしているとはいえ、誤解を招く部分も多々ありいっさいがっさいを「偽造」としてしまっているのには閉口する。
いずれ来るであろう大地震のための警告として捉えるということであればちょうどいい機会なのかもしれないが、これだけ「構造計算」というものの信用を失墜してしまってはこれからの仕事に支障が出るのは明らかだ。
ま、負の要素ばかり気にしていても仕方がない。今までとってきたスタンスを変えることなく少しでも社会に貢献できるように頑張っていくしかない、と今はそう思っている。
阪神大震災での教訓は生かしていかなければならないことだし、僕も被災した一人だから。

11月19日
昨日の続きを少し。

この事件が何をきっかけに発覚したのか、メディアからは全然伝わってこないんだけど、そのあたりはどうなんでしょ、ということね。
なんだかその辺がモヤモヤしてるわけです。
「やっぱり民間はダメだ!ケシカラン。ちゃんと役人が見るべきだぁぁ・・」
とかなんと東京都知事の石原さんは記者会見でそう言っていたが、これは間違っている。
はっきり言って役所の担当者じゃあ今の技術について行くにはあまりにも能力不足だと、僕はそう思っている。
このまま、民間の確認申請機構は全て取り潰して、また役所でやりますので、いいですかぁ、皆さん、なんてことになればえらいことになってしまうと思う。

「じゃあ、ここは再度訂正して持ってきますんであと5分くらいいいですか?」
「あ、私これから出かけるの。今日は5時までには帰れないからなぁ。あ、それと明日から2日間ほど休み取るんで来週来てもらえる?」
「え?あのね、ワタシは、これを今日通してもらいたいんですよ。施主も急いでるんです。」
「そんなこといわれてもねぇ。じゃあそういことで」
どこの役所とはいわないけれど、まあオフィスの近くではあるな。
「こんなの基準法に書いてないからダメ」
こんなのはア・ピース・オブ・ケイク、つまり日常茶飯的なこととなっていた。
ひどいのになると地震後の混乱状況だったとはいえ、
「あ、そうだ、あのね、こういうふうなのはどう考えればいいんだろう?」
「それこの件とまったく関係ない他人の図面じゃあないですか。何でそんなのを僕が見なきゃいけないんですか?」
「いやあ、ワタシよく判らなくってね。少しくらい教えてくれてもいいだろうがぁ」
「あのね、僕はこの、ほら見てこの僕が持っている図面。これを早く見てもらいたいのよ、ワカリマスカァ?」
そんなのばかりだった。

全てが全てだというわけではないけれど、まあほとんどがそうだった。
民間の機構が出来てからは申請業務も早くなり、役人の顔色を伺い機嫌を損ねないように話をしないだけストレス係数は下がっていったものだ。
で、これからそういうのがまたもとに戻るとなると、
「こんなのは評定に回したら?」とか
「あ、あっちの担当者に聞いて」
などと、また余計なところで神経を使わなければならないかと思うとうんざりしてくる。
「まだよく見てないんだ、来週来てよ」
なんて言われたら不況に加速かかっちゃうね、きっと。

となると、冒頭の話なんだけど、リークの根源って意外と政治色が強いところでのことなんだろうかと疑っちゃいますけど、どうなんでしょうね。

11月18日
千葉の建築構造設計者が逮捕された。
20棟ほどのマンションの構造計算において偽造を行った、というのがその理由だ。
偽造の内容というのは、建築基準法で定められている地震力を小さく見積もったために、実際に地震が発生した場合その建物は倒壊する危険性が非常に高い、と簡単に言えばそうなる。
同業者が起こした事件なので、他人事ではない。
本音を言えば、今後構造計算書を重箱の隅をつつくような感じで検査されるのは少々鬱陶しいというところもある。

「意匠屋さんに言われたから梁の断面小さくしました」
という構造屋(僕はこういういい方は好きじゃあないんだけど敢えてこういう呼び方をする)は確かに存在する。
某企業の技術顧問をしていたときには、同業者と打合せをすることが多かったのだが、計算だけを商いとしている構造屋(業界では計算屋とも呼ばれているらしいが)はそういうふうな説明をすることが多かった。
で、いつの間にかその「某企業」からも、
「言われたようにやれば仕事出すんやけどなぁ、もったいないわ、おがわさん」
といわれるようになり、
「じゃあ他に頼めば」
と断った経緯を振り返ればそれはそれで正しかったと今更ながら思っている。(これについては2004年6月23日のうらじゅんで書いている)。

逮捕された建築士にしても、彼だけが悪いっていう訳ではないと、僕は思う。
計算だけしか出来ない計算屋をどうしてプロジェクトにかかわる全ての人間が信じてしまったのか、またそれを審査する機構の人間が1棟や2棟ならまだしも20棟も見逃してしまったのか、そのあたりに何か深い問題があると、これは何も僕だけではなく、建築の構造にかかわる人間ならば誰でも普通に思うことじゃあないのかな。

「身体を張って仕事をやってます」
と僕は周りにいつも言っているのだが、そういうことです。
ひとつ間違えば「スケーブゴート」にされかねないような世界で生きていくためには例えそれが大企業であったとしても、
「それは違うぜ!」
と言い切る勇気がなければ責任を全てしょわされてしまうことになる。
それがイヤならばサラリーマンでいればいいだけなんだけどね。

「デザイン生かしたいんだけど今のまあじゃあお金高くつくから構造で小さくしてよ」
「出来ることと出来ないことあるんだから、顔洗って出なおしてきな・・・」と心の中で叫びながら、
「それは無理でしょ。ディテールはどうするんですか?」
「そんなことは構造屋さんが考えるもんでしょうが」
この時点で電話ならばたたききっているところである。
工夫を凝らしていろいろ考えることが出来る「意匠やサン」であればこちらも時間を費やして考えるように努力はする。
ただ、素人みたいなヤツラにそんなこと言われたら、椅子蹴っ飛ばしちゃいますよ、ホント。
いつもそういうぎりぎりのところでからだァ張ってやってんだよぉ、文句ある?

親しい東京の構造事務所から封書が届いた。
裏を見ると、「BAR・・・・」と書いてある。
「なんなんだよ、これ。飲み屋のツケをこっちに回すってこと?ケッ!」
中を見ると、
「11月からBAR**をオープンします。是非お越しください」
という案内状だった。
「どうしたの、構造やめちゃったの?」
「この時代いつ何があるかわかんないからね」
で、何があるか、ってことが現実に起こってしまった。

11月17日
沖縄2日目
沖縄の朝は「沖縄タイムス」と「琉球新聞」を読むことにしている。
予想通り前日の小泉首相の一言が沖縄県民の神経を逆なでしていた。
安全保障条約の代価は必要だ、ということは判るがそれをどうしてひとつの県だけに押し付けるのか、僕にも理解できない。
テレビに映し出される小泉さんや安倍さん、麻生さんもいるし武部のオッサン、おっと、たいぞうくんもいたね、そういう人を映像とともに感じることは、なんとなく、うん、それもそうかなと思わせるところはあるかもしれないので、目をつぶって音声として聞いたときにどう感じるか、やってみてください。
結果として言えることは、内容が何もないってことね。
質問をする側は簡潔に聞いていると思う。
で、答えとしては、
「適切に」「適材適所」などなどでしょ?
聞き手として理解できる回答っていうものが伝わってくることは、ない。
歴史観がないのかどうかはわからないけれど、一国の代表としての受け答えとしてはあまりにもお粗末過ぎる、とホテルのロビーで新聞を読んでそう感じた。

北部のウェディングホールの設計に携わり、今日は現場で平板載荷試験をするというので立会いに行った。その、へいばんなんとか、っていうのは地盤の強さを測る試験のことです。それよりもなによりもその試験をしているオッサンの向こう側にあるエメラルドグリーンの海にはまいっちゃいました。
「試験の結果はどうでしょうね?」
「沈まなければ大丈夫ですよ。ほらここでこうやって立っても沈まないでしょ。人が立てるというのはおおよそ地耐力は5t/?ほどは確保できるんで・・・」
とかなんとか数字を出して、すぐさま白い砂浜へ直行した。
大きなパラソルと折りたたみの椅子。そしてキンキンに冷えた「オリオンビール」をかりゆしのシャツを着こなして飲んでいる自分の姿をその場で想像した。
仕事ほったらかしで白い砂浜に立っているようじゃあ、たいぞうのことぁいえないか。

11月16日
空港で飛行機を待っている時、目の前の椅子に座っている決して健全な間柄ではないと予想されるようなカップル、「梨元勝」風のアクの強そうなオッサンと若いちょっと派手目な女性、なんかが「ちょっと遅れてるんじゃあないのかな」なんてオッサンがソワソワしながら入場口のほうに目を向けている、そういう人を何気なく見ながらこう思ってしまう。
「飛行機がもし落ちるとしたらこういうヤツラと道ずれになるのはいやだなぁ」と。

そういうカップルと、修学旅行の団体などと一緒に飛行機に詰め込まれて僕は沖縄へ飛んだ。
ブッシュ大統領が京都にやって来ているので旅行社からは、
「絶対に公共機関で行ってくださいね、しかもちょっと早めに」
と言われ、空港行きのリムジンバスに乗り込んだものの警官の団体に何度か止められ、午前6時過ぎに自宅を出て、空港に着いたのは午前8時過ぎ。9:00の飛行機はそのオッサンカップルのためかどうかはわからないが15分送れ沖縄に着いたのは12時前だった。

「小川さん、今日はどこ泊まるの?」
仕事のパートナーであるG氏に聞かれ、
「沖縄ホテル、ですけど」
「沖縄ホテル?つぶれたんじゃなかったかな・・」
「え?予約は取れてるんですけど」
「あるとしたらかなり古いよ」
こういう時に覚悟をするのは、出るか出ないかということだ。
沖縄は今でこそリゾート地ではあるが、今からたった60年ほど前は戦場だったわけだから、そりゃあいるだろうよ。
そういうことに対して「覚悟」をしたということだ。
沖縄でもっとも有名な「うりずん」で咲元という泡盛を飲み、海ぶどうにたこの油味噌、ソーキなどをたいらげ、酔いに任せてそのまま寝てしまおうと部屋に入りベッドにもぐりこんだ。

で、結局出たのかって?
新潟からの高校生の団体が僕の部屋の周りをかためており、叫び声や暴れ回る音で酔いも醒めて寝られなかったんだから、ナニもでる幕はなかったということです、ハイ。

11月15日
週末は有田まで行き、今日は朝からまた和歌山を目指す。
おかげで湾岸線から阪和道路の料金所のジイさん連中とは顔見知りになってしまった。
行くときは打ち合わせ前の緊張感からあまり眠気というものはないのだが、仕事が終わってホッとした途端に眠くなってしまう。
ハンドルを握っているときに睡魔が襲ってくると、サービスエリアまでが睡魔との闘いになってしまう。

「え〜っと、今テレビでCMやってるあの水無しで飲める・・・」
「下痢止めですか?」
「あ、それじゃなくって、眠気を止めるの、あるでしょ?アレあります?」
ダイエーの中にある薬局で、無表情な女性店員にやっと出してもらったのが
「トメルミン」
である。
「どこでも水なし1錠で眠気に効く。」と書いてある。
和歌山へ行く前日、オフィスで試しに飲んでみたらピタッと眠気が消えた。
これはすぐれものです。
こういうのを持っているという安心感からか、帰りは不思議と眠気はなくすっきりとした感じで神戸まで帰って来れた。
お守り代わりにいつも携帯しておこうと思う。

それにしても確か阪和線上りの道路だと思うのだが、いきなり「音が出ます」という標識が横切ったかと思うと、そこから道路に眠気防止のためのあの鉄板か何かでザラザラになったやつね、アレが置いてあって、そこを通るとサンサン七拍子が身体に伝わってくるような、つまり、説明が長くなるんだけど、鉄のザラザラとアスファルトが交互に置いてありその上を通るとまるでサンサン七拍子のリズムになるように意図して置かれている、そういうことなんですけど、そういうのが、ある。
いったいこれはなんなんだ。
まさかシャレですよ、だけでこういうのを置いてあるんじゃあないだろうが、「音がでます」と書いてある限りはそういうものを意識して取り付けたのだろうか。
こういうのは決して眠気防止にはならないし、「シャレでんがなぁ」なんて言い訳しようものなら、料金所で1円玉混ぜてお金払っちゃうもんね。
あ、それとさぁ、ETCじゃないブースで、あの狭いブースにどうしてジイさん3人も必要なんでしょ。
しょうもないことする前に経費削減してくれませんかねぇ、まったく!

11月12日
6時過ぎにベッドを飛び出し、7時前に家を出る。
阪急六甲駅南のKFCまえでI平を車に放り込んで湾岸線に乗り和歌山へ向けハンドルを握る。
阪和道路の「吉備」というインターチェンジで降り、広川町という街を目指す。
某中学校の耐震診断の現場調査が今日の仕事だ。
学校の耐震診断をする場合、生徒がいないということが条件になってくる。おのずと休みの日になるのは仕方がないのだが、早起きはつらい。

「耐震診断」という言葉は最近メディアでもよく取り上げられているので、内容はともかくとして一般の人でも知っている人は増えてきている。
あまり専門的なことをここで書いちゃうと家に帰れなくなってしまうので、簡単に言っちゃうと、いつかは来るであろう大きな地震に対して今の状態で壊れるか壊れないか、ということを数値によって判断する、ということです。
古い建物ほど確かに壊れる可能性は高くなってはいるが、補強方法をどうするかによって確率を低くすることは出来る。
一般的にはこれを専門家がいいか悪いか判断をする、「判定委員会」というところへ出して審査をしてもらうことになる。
これを通過すれば補修をして耐震性能を増す、ということになるのだが、
「この数値はどういう根拠で用いたのか?」
「この助詞の使い方はおかしいのではないか?」
そういうところからジワジワといびられる、というのがこういう委員会の常なので時間と労力を要する。
指導された補強方法はとっても現実には出来ないようなものとなる場合もしばしあるわけで、机上の計算だけでは判断し難いところもあるし、そういうデータをベースにして設計舎が判断していかなければならない。
「この住宅は震度いくつまでもつんだ?」
「震度7以上の地震が来ても持つようにして欲しい」
そんなの地震が起きてみないとわかんないじゃない、だって、どこから波がやってくるかによっても違うんだからさ、と言いたいところを、
「ここをこう補強すれば、建物が捩れて倒れるという確率は低くなりますよ。それからあまり物を室内に置かないようにしたほうがいいかもしれませんね。」
などと紳士的な顔をしながら煙に巻く。
それが僕の仕事、です。

11月11日
11時11分11秒を体験しようと思っていたのだが、運悪く電話に出ていて見逃してしまった。

シラッキーギター教室へ通い始めて1年以上が経つ。
最近はやっとジャズギターの基本を教えてもらえるようになり、練習曲も「FLY TO THE MOON」と「枯葉」、そしてボサノバの練習曲を手がけるまでになってしまった。
トレーニングジムは六甲で3回、三宮は2回ほどで行かなくなってしまった僕にしては比較的長く続いていると思う。
音楽理論は最初の頃はよく教えてもらっていたのだが、最近はほとんど、無い。
コイツには理論教えるだけ時間が無駄かもしれないな、と思っているに違いない。
まあ、どちらかといえば身体に叩き込んで覚える方だからそれはそれでいいし、督促迫る仕事を投げ出してまで行っているので、気分転換をする時間まであまり難しいことはしたくない、という生来僕が持っている性格をシラッキー先生は既に理解していることだと思う。
そういうわけで、「シラッキーギター教室」は僕にとってとても居心地のいい場所になっている。

金曜の夜は、スタッフが仕事をしている横をギターかかえて先にオフィスを出る、というパターンになってしまった。
ギターを肩に掛け、「じゃあお先に」とオフィスを出て行く姿は、サザンの桑田圭祐のようにカッコのいいもんじゃあなく、
「センセイ、今日はどの店で仕事ですか?」
というひと昔前の、夜の新宿を徘徊する流しの演歌のオッサンのようだ、とスタッフは思ってることだと思います。

11月10日
スタッフの中で一番若いSは、「ヘルニア」である。
「好きな飲み物は、ヘルシア緑茶」というわけじゃあなくって、いわゆる「ギックリ腰」ってヤツだ。
「ギックリ腰」という曖昧な症状群の中のひとつが「椎間板ヘルニア」ということであり、彼はこの病気に悩まされている。
通常、背骨というのはS字型に曲がっており、これが真っ直ぐに伸びた場合に神経が圧迫されるか、神経に緩衝材となる軟骨が触れるかして「イテテテテッ・・」となるらしい。
ま、正確なところは医者の判断によるところになるのだが、そういうことらしい。
重いものを持つ場合に気をつけなければならないことは、足を真っ直ぐ延ばしたまま力を入れて持ち上げない、ということだ。
膝の関節に柔軟性を持たせるようにして、つまり腰を少し落とし、膝を曲げるようにしながら物を持ち上げる、というのが「正しい重いものの持ち上げ方」ということになる。
「Sはずっと座ってるでしょ。あれがだめなのよね。立って屈伸をしたりしないと、ダメ!。それと一番悪いのは、腰をひねるような動作、これはもうだめなのよ、ぜぇぇったいにぃ」
ランチ時、オフィスの「ドクター」であるT女史がそう断言した。
「くしゃみをするときとか咳をするときは、手をどこかに押し当てながらそれをクッション材にしないと、いきなりくしゃみをしたことでギックリ腰になったって人多いのよねぇ」
「じゃあI平のようにドデカイくしゃみをするのはよくないんだ。廊下まで響き渡るようなくしゃみだからね」
「気をつけないと肺に穴が開くだけじゃあなくって、その場でギックリよ、あの子」
それでなくても虚弱体質なI平は注意をしておかないといけないというわけだ。

昨日から少しばかり腰が痛いのは、オフィスに届けられた「海洋深層水」を一箱と思って持ち上げたのが、実は2箱が一体だったので腰に思わぬ力が入ったせいかもしれない。
車に乗ったままギックリ腰になりそのまま病院に直行し、車から運び出されて入院してしまった知合いのデザイナーの先生の話を思い出してしまった。

「骨と骨の間の緩衝材が磨り減ってヘルニアが減ってくるから神経圧迫するのよ」
「だから、ヘルニアって言うの?」

※ ヘルニア [hernia] 臓器の一部が本来あるべき腔から逸脱した状態
と書き記されています 三省堂「大辞林 第二版」より 
※ 椎間板ヘルニアとは
繊維輪(周辺の硬い部分)に亀裂が生じ、髄核(中心部分)が繊維輪を破って飛び出し(膨れて)しまう事を椎間板ヘルニアと言います

11月8日
ローカルな話です。

僕が中学生の頃、深夜のラジオ番組が全盛だった。
毎日放送では「スミジュンイチ」という声のとても良いアナウンサーが出ている番組をよく聴いていた。確か「バチョンと行こう」という番組だったと思う。
どんなかっこいい男なんだよぉ、コイツは。とずっと思っていたのだが、ある日週刊誌か何かにその「スミ氏」の顔が載った。
自分が想像していた男とはまったく別の男がそこにいた。
これと似た経験をもつ人は多いと思う。
「谷村新二」「小椋佳」「大沢悠里」などはショックが大きい面々であろうと想像することができる。

それと逆の場合もある。
今はああでも昔はってヤツだ。
「松山千春」は今はああでも昔はかっこよかった、という話をランチ時にI平にした。
「まあ、それと逆なのは『チャゲアス』だろうね。昔はフォークギター抱えて歌ってたんだけど垢抜けないし歌がまた暗い!えぇぇっとなんだっけ、あの歌。あ、そうそう 『三途の川』だったっけ。」
それを聞いていたT女史の口からパンが飛び出した。
「万里の河でしょ!」
どういう意味かまったくわからず怪訝な顔をしていたC君に言った。
「Cさん知ってる?三途の川って」
胸を張って彼は首を縦に振り、扇子であおぐまねをした。

「そりゃあ、センスや。アンタとはもうやってられんわ」

チャンチャン

11月5日
「団塊の世代」といえば、戦後の昭和20年代前半の男たちのことを言う。
僕が小学生の頃は、この「団塊人」達の「グループ・サウンズ」にかなり深く傾倒していた。
最初に聴いたのが「ザ・タイガース」の「シーサイドバウンド」だった。
子供心にカルチャーショックを受けたのがこれだ。
次に「テンプターズ」「ジャガーズ」そして「アイ高野とカーナビーツ」ときた。
「ブルーコメッツ」や「ワイルドワンズ」を聴きまくり「ヴィレッジ・シンガーズ」はレコードを全て集めてしまうという力の入れようで、最後は「パープル・シャドウズ」でそのブームはいつの間にか去っていた。

それから30年以上たった今、そういったオッサン連中が再結成をしているらしく、どこかで彼らのライブがあれば直に聴いてみるのもいいな、と土曜の閑散としたオフィスで「シャープ・ホークス」の「遠い渚」を聴いているときに、ふとそう思った。

土曜に仕事してるようじゃ無理?

11月4日
オフィス近くには「ローソン」「ファミリーマート」「セブンイレブン」が揃っているので、そのときの気分、例えば信号を渡るのが面倒な場合は「ファミリーマート」、たまには選んでみたい、という気分のときは「セブンイレブン」まで行ってしまう。
オフィスのスタッフになる前に「ローソン」で店長代理をやっていたI平は、
「ローソンはまずいですよぉ」
といっているので、よほどのことがない限りは一番近いローソンは避ける。

コンビニで買い物をしたときは必ず領収書を別に作ってもらうようにしている。
「ミナミの帝王 37巻」1冊、「練乳たっぷりのアイスクリーム」1個・・・
などと正直に書かれたものなど持って行こうものなら、
「こういうものは経費の対象にはならないんでね!」
ときつくお叱りをT女史から受けることになる。

「領収書お願いね。宛名は『上』でいいから。商品代でね。」
セブンイレブンならカウンター内のおにいちゃんやおねえちゃんが手際よく処理してくれる。

「ウエ、でいいから」
「え?」
「ん?つまり、宛名は『ウエ』にしておいて」
「うえ?サンですか?」
「そ、で、商品代で書いといて。」
「ショウヒンダイ・・・」
「あのねぇ、カタカナはないでしょカタカナは。漢字で書いてよ。」
後ろに客が並びだしている。
「ショウヒンダイ、と。それで宛名はどうします?」
「だぁかぁらぁ『うぇえぇ』って言ってるじゃない」
「うえ?さんでいいんですかぁ」
もう二度とファミリーマートなんかに入るもんかぁ、この男の顔を見つめながら心の中でそう叫んでしまった。
名札を見ると「ヒロミ」とカタカナで書いてあった。

11月3日
「自由と平和を愛し、文化を薦める」という趣旨の元、昭和23年に「文化の日」が制定され、国民の祝日となった。そういう日に朝から世田谷のひき逃げ事件のニュースを見た。
1日夜だったらしいが、知ったのは今日だ。
あの犯人のVサインというのは一体なんなんだ。
凶悪事件が発生し、その犯人が捕まった。警察前からの中継があれば必ずその後方を取り巻いて、携帯で電話をしながらVサインをしている、あの連中と同じ類だとは思う。
あくまでテレビを通してではあるが、捕まった男は決して悪いことをしたとは思ってはいないんだろうな、とその表情から感じられた。
原因は、先に述べたようにTPOお構い無しにその事件性関係なく、「目だちゃあいいんだよ」という、そういうところにしか彼らはアイデンティティーを見出せないからじゃあないかと、ワタシ、素人ながらもそう思っとります。

「ブログにかかりっきりで生活ほったらかしにしている奥さん、というのをこの間テレビでやってたんだけどねぇ、ワタシはそういうの信じられないわよ」
先日ランチ時にT女史がそう言った。
僕もその番組は見ていたのだが、確かに彼女と同感である。
まあ、たまには仕事ほったらかしで「うらじゅん」書いてるときもあるので、その「奥さん」の気持にも同感は出来ますがね。
彼女が言いたかったのは、そういうところに彼ら、彼女たちは自分たちのアイデンティティーを見出しているということに疑問を感じている、ということだと思う。
地道に生きていることに不満を感じ、「ぶぁぁ〜〜っとでけぇことやれば、それでいいんだよ、な、ちがうかぁ?」
少しばかり柄が悪くなってしまったが、ま、つまるところそういうことでしょ。
昨日まではまったくの無名の人が一夜明けて有名人になっちゃったっていうケースが増えてきているから仕方がないことだとは思うが、どこか違うと、僕も思う。
基礎を固めた上の話であれば理解は出来るのだが、基礎も何もなくて人が出来てるから自分も、といきなりそっちへ行っちゃって、結局駄目だからじゃあ今度はこっちで、というふうに短絡的な考え方が横行しており、それが「目だちゃあなにしてもいいんだよぉ」に代わっていったっていうところが最近の凶悪事件に繋がってるんじゃあないかと、ね、最初に書いたところにつながってきたでしょ。
ふぅ、やっと話が落ち着いた。
どこまで行くんだいって一時はどうなることかと冷や冷やしたんだけどね。

去年の今頃はどうなってたかと、「うらじゅん」を見返したら去年も同じくぼやいていた。
「文化の日」になるたびに文化程度は下がっていくような気がする。
え?去年も同じこと書いてたって?・・・そこまでは見てなっかたなぁ。

※ アイデンティティー :「他者とは違う独自の性質。また,自分を他者とは違うものと考える明確な意識。」

11月2日
自宅からオフィスまで車で約20分ほどの距離にある。
たったそれだけの距離の間にすれ違う外車の多いことには驚いてしまう。
メルセデスにBMW、JAGUARにゴルフにシトロエン、ボルボ・・・狭い神戸で外車ショーでも始まるのかと思うくらいに、多い。
並行する車は省き、すれ違う外車だけを暇つぶしについつい数えてしまう。
メルセデスの単位は「ベン」、BMWは「ブー」、ボルボは「ボル」というふうに数えやすく短縮している。
阪急王子公園駅辺りでは既に「4ベン、3ブー」くらいになっている。
いくら買いやすくはなっているとはいえ、500〜600万はするだろう「ベン」や「ブー」の新車が、しかもドライバーは女性が多い、そういうところのものがバンバン走っているわけだ。
「なんなんだよぉ、これは。不景気なのは建築業界だけなんじゃないの?これだったら『素人でも出来る株式』でもやってた方がましなのかしら」と思うくらいに外の世界は景気がよさそうに見える。
まあ、芦屋の大丸なぞは、暮れの買出しにそういう外車で乗りつけた毛皮をまとったオバサマで埋まっちゃうらしいから不思議じゃあないかもしれないが、それにしても「近所を走るためだけなんだけど、ちょっと差をつけておきたいのでつい買ってしまった外車」は神戸では断然多いように思う。
そうではない「仕事のために乗ってるんだぜぃ外車」も神戸には多い。
国産窓黒塗りが少し増えてきたヤクザ屋さんもいるが、大型メルセデス、正確には「メルツェデス」、窓黒塗りも本場神戸には多い。
そして三宮に程近い加納町には、おそらく神戸ではこの1台であろう「TVRキミーラ」がいつも止まっている。もちろん「志賀バー」の店主、志賀氏の愛車である。
これを数える場合はもちろん「1ミーラ」、である。

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