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※ 「うらじゅん(ブログ版)」はこちら。 http://ameblo.jp/urajunblog/ 12月30日 毎年のことながら自分自身の仕事納めはたいてい30日になる。 「ジェリー」は午前3時まで、最後まで見切った。 感想はというと、セリフが少なかっただけに訳のレベルの低さが目立った映画だった。 「お前がジェリッたから迷ったんだろう」 肝心なところで「ジェリる」という字幕がでてきて、結局映画の意図するところがわからなかった、ということになる。 まあたまにはこういう映画に当たることもある、これを「ジェリる」という。 仕事の段取りもようやく終え、相棒の「JAGUAR」も綺麗にワックスされてさっぱりした表情をしている。 久しぶりの休日はアナログ的な生活に身を置こうと思っている。 ということで、1月5日までこの「うらじゅん」もお休みです。 では、よいお年を。 12月29日 「ジェリー」というDVDを借りてから3日が経つがまだ見終わっていない。 マット・デイモン主演の映画なのだが、最初っから無言のまま砂漠を歩き回り、いつの間にか迷子になっちゃって車を置いてある場所へ戻れないという映画らしいのだが、ほとんどが風景を長く写したシーンの連続で、途中で嫌になって寝ちゃう日が続いている。 明日返却しないといけないので今日は徹夜を覚悟で見ようと思っている。 このまま返却してしまうと、おそらくずっと最後がどうなったのか気になってまた借りてしまう、それでまたこの静かな映像に飽きちゃって途中で返しちゃう、ということになるので早く帰って見なくっちゃね。 え?じゃあぐずぐずしてないで早く帰れって? そういえば今日は仕事納めの日だった。スタッフはいつの間にかみんな帰ってオフィスには僕一人だ。 早く帰れない理由は、この時間になってやっと自宅の年賀状を印刷し始めたからだ。 オフィスの年賀状はT女史のおかげで早めに出来あがって既にポストに投函されている。 自分の年賀状については相変わらずだ。 静かなオフィスで、プリンターが年賀状を印刷をしている微かな機械音だけが響いている。 最後の一枚が今吐き出されている。 これが終わればやっと家に帰って・・・ん?途中で止まった。 慣れないソフトとプリンターを使うとこれだ。 落ち着いてもう一度リセットして、と・・・・パソコンの画面のど真ん中に赤い×印が出る。 おいおい、最後の最後でどうなっちゃってるんだよぉ。 せめて誰かいるときに止まってくれよ。たいていは僕一人になったときにこういう機械類は反抗を始める。 さてと、一度蹴っ飛ばして最後の年賀状を吐き出さしてみるか。 砂漠でさまよう映画を見る前に、まるで「砂漠をさまよっている」気持になるような今年最後の日になってしまった。 12月28日 ランチを摂っている時にクロネコヤマトからI平が宅急便を受け取った。 「どこから?この時期に年末までなんて仕事じゃあないだろうな。」 「個人からのモノですよ。え〜〜っと、****という人からです。」 まるで聞いたことのない名前だった。たいていは会社名が書いてあり、その次に聞いた名前が書いてある。宅急便というものはそういうものだと僕は思っている。 「個人名はないでしょ・・・・ん〜〜、この名前はまるで覚えがない。」 住所は東京からで、「京王デパート」の包装がされている。 「全然覚えないの?」 「まったく、ない!」 電話番号が記載されているので、T女史がすぐに電話をかけてみるものの誰も出ては来ない。 包みに耳を押し当ててみてもticktackのような音はしていない。 いきなり爆発したらまずいのでロッカーの中にとりあえず入れておくか・・・・ まるで聞いたことのない名前の男からの贈り物。これはちょっと怖い。 まるで聞いたこともない名前の女性からの贈り物、これは別の意味で怖い気がする。 「調布市となってるんですけど、まったく心当たりないですかぁ?」 「ない」 「あ〜、ひょっとして東京のUさんの事務所のOさん、この間結婚されましたよね。」 「それがどうした?」 「どこにお住まいでしたっけ」 しつこくI平が言う。 「そういえば調布だとか・・・」 「じゃあそうじゃあないですか?」 「なにが・・・あ!そっかぁ。I平さぁ、鋭いんじゃないの」 僕が鈍いだけなのかもしれない。 京都で会ったときは確かに結婚のお祝いを渡したのだが、考えてみれば旧姓でずっと読んでいたような気がするし、まあこれはこれで今思い起こせばとても失礼だったような気もするんだけど、そういえば結婚後の姓は聞いていなかった。 「あぁ、オレだけど。Oチャン結婚した後の名前はなんだっけ?・・あ〜そう、わかった、じゃあね、アリガト」 Uに確かめた結果、彼女のご主人からのお祝い返しだということがやっと判明した。 ただ、彼女の連名があればI平を楯に爆弾処理をする覚悟をすることもなかったと思う。 年末は何かと慌ただしい。 12月27日 知らないうちにルミナリエが終わり、雪も降ってクリスマスも終わった。 今年も残すところはあと少し、なのだが相変わらず仕事はまだ残っている。 ただオフィスを開設してから10年。初めて余裕を持って年賀状を作ることが出来た。 「こんなこと事務所始めてから初めてだわね。これで元旦に年賀状が届くってもんだわ。 かんげきぃ〜!」 T女史がめずらしく感激している。 「それはそうなんだけどさ、たいていどこの企業も1日は休みだし、7日か8日くらいに届いてればちょうどいいんじゃないの?」 「・・・それもそうね・・・」 間違って年内に届かないように願いながら、残った仕事を終わらせることにする。 12月26日 長男がNZから帰国している。 4年近く南島に居座っており、英会話の方はネイティブ並みになっている。 「日本から来ている学生はどうなの?普通かたまって行動することが多いじゃない。客観的に見ると見栄えのいいものじゃあないと思うんだけど」 「あぁ、そういう連中は多いよ。もっと地元で友人作ってコミュニケーション図らないといつまでたっても日本語しかしゃべれないしね。」 参加しているバンドもそこそこ売れてきているくらいに地元にとけこんでいる彼にとっては、そういう日本人がとてももどかしげに見えるようだ。 そういう日本人学生が、「異国の土地で日本人同士仲良くしましょうね。パーティーも日本人中心で週末開きますよ、そういう日本人クラブ」を作りたいんですが、と学校に申告したところ、事務局側の言っていることが理解できず、また英語でそれを説明することが出来ずに却下されてしまった、らしい。 何しに海外行ってるんだかね。 12月23日 雪の日に20年後の自分を見た。 あのねぇ、疲労が溜まりすぎて変なものでも見たんじゃあないの?って言われるかもしれないけれど、そうではない。 この2日間、オフィスへ行く時はツルツルに凍った山道を降り、帰りはタクシーを待つのにこの先寒い中何時間待たないといけないのかと思うくらいの行列を見た途端に、あ、これはもうだめだとすぐに諦めてツルツルに凍った山道を息をはずませながら登って自宅までたどり着くという生活をしている。 自宅から六甲の駅までの間に歩道橋を渡らなければならない。 高さ約70〜80cmほどの高さにある手摺を持ちながら脇を歩くか、若しくは滑るのを覚悟で真ん中をバランスをとりながら歩くかのどちらか、だ。 当然手摺を持ちながら脇のほうをそろそろと歩いて行くのだが、年老いて足が悪くなり、どうしても外を歩かざるを得ないとき、滑って骨折しないようにこういうふうな気持ちでそろりそろりと道を歩いているのでは、と、ふとそう感じてしまったのだ。 普段ならば 「もう少しさっさっと歩けないのかしらね」とか、 「ゆっくり歩くんだったら、もう少し端によれば」 なんて気持になるときも、ある。正直に言うとね。 道が凍っていると、出来れば滑らないような場所を選んでそろそろと歩かないと危ないじゃん。こらこら!その車!ちっとはその辺考えてよけて走りなさいよ! 勝手ながら雪の日などはどうしてもそういうふうに思っちゃうわけで、老人にとっては外を歩くときはすべてこういう「雪の日」に道を歩くという感じなんだろうなと、そう思ったわけです。 つまり自分の20年後は夏場でも「雪の日」の道を感じるんだろうなと、今日はその疑似体験をしたような気分になったということなんですよ、つまるところは。 気持ちを込めて年老いた人たちに対していたわりの気持を持たないといけないな。そういう優しい気持が自分の中に湧いてきた。 駅前のコンビニから婆さんが飛び出してぶつかりそうになった。 持っていた杖で足を振り払われるような感じになったので避けはしたが、その婆さん、「失礼」の一言も言わず颯爽と駅に向かって歩いて行った。 いたわりの気持ちが半減した。 12月22日 自宅から一番近い電車の駅は阪急電車の「阪急六甲駅」だ。 但しこの降り積もった雪の中、しかも吹雪のように横から細かい雪が吹きつづける中、傾斜の大きな下り坂を降りて行かなければならない。 朝起きてみたら視界の距離はほとんどなく、まるで雪国のようにこの六甲周辺は変わり果てていた。 車でオフィスまで勇気はサラサラないので、とにかく歩く決心をして駅までの坂を降りた。 「神戸でこんな雪降ったっちゅうのはめずらしいでぇ」 途中で追い越そうとしたジイさんにそう言われた。 「お互い滑らないように注意しなくっちゃね。気をつけて」 高羽小学校辺りから少しばかり平地に変わる。 真正面から吹きつける雪が目にしみる。 ここまで来れば坂道はあと少しだ。 「BARBAR TAKEO」の前で「滑って転ばないような安全度の高いルート」を考えているうちに滑って転んでしまった。傘は見事に折れ曲がり、後ろにいた女子高生の集団に笑われてしまった。 くそ!あんまり悔しいので駅前のコンビニで登山靴買っちまったい! 12月21日 大阪に打ち合わせに行った帰りに心斎橋から難波まで歩き、難波の「金龍ラーメン」でランチを摂った。 松竹座ではなぜか「関ジャニ」が出演しており、そのせいかコスプレ風のおねーちゃんが溢れかえっている。それにしてもいくらなんでもこの寒空にノースリーブはないんじゃあないの。鳥肌立てながら携帯で写真撮るこたぁないでしょ。 「師走の難波」にしては人が少ないように感じる。 「このくらいの人なら三宮と同じですね。」 ラーメン食いながらI平がそう言った。 「いつもはこの気温でも道頓堀川に飛び込むヤツがいるくらいに人多いんだけどね」 それは嘘です。 月曜日、遠方からの来客があり、一緒にルミナリエに行くも人はかなり少なかった。 周囲の様子を見計らいながら、東遊園地から元町方向へ逆行し、そこからまた東遊園地の方向へ人の流れに沿って光の輪の中を通ってきた。いつもならば、こんなことをしちゃったらそれこそ殺気立った人の群れに踏み潰されてしまうところではあるが、今年は違った。 週明けだってこともあったのかもしれないが、神戸も人が少なく感じられる。 オフィスの北側には観光バスの駐車場があり、毎年この時期はそこからバアさんが「ギズモ」のように飛び出してくるので歩くことすら出来なかったのが、今年は堂々と歩くことが出来る。 嫌な事件もこのところ増えているので、人ごみは出来るだけ避けようという本能が働いているのかもしれない。 「先生、ちょっと相談があるんですが。」 去年お世話になった弁護士の先生に、ちょっとした事件の相談をしようと電話を入れた。 「どうしました?」 「今流行りの建築業界の事件あるでしょ。あれによく似たケースでちょっとご相談したいことがあって」 「おお!小川さんもやっちゃったの?」 「違いますよ。知り合いから相談を受けてるんで先生にお願いをしようと思って電話を入れたんですよ。もちろん被害者側としてですけどね。」 「そういうことなら話聞きましょ、はい」 人ごみを避け、こういう事件からも出来れば避けて通りたいと思ってはいるが現実はそうもいかない。 ますます引込み思案になっちゃいそうだ。 12月20日 週末から今度は構造設計の組織事務所までがマスコミに登場してきた。 「悪の代表」とされているゼネコンと少しでも繋がっていれば同類とみなされてたたかれる。 今は、鉄筋コンクリートの構造についてどうのこうのと言われているというのに、テレビには鉄骨が専門の大学の先生が登場してきて、 「やはりおかしいと思う!」 というシーンが「とくダネ!」に映し出されていた。 建築の構造の世界にも「ユニオン」のようなもの、はある。 「社団法人 日本構造技術者協会」というものがそれだ。 僕はそういった組織に属しておらず(強制加入ではないのでね)、そういうところからの情報はメディアからは取り入れることは出来ない。 立派な協会だからこそ、こういうときはメディアに登場して 「震度5で0.3の安全率」 なぞというあまり筋の通っていない流行語について、もうそろそろきちんと説明してもいいんじゃないのかなって思うんだけどね。 テレビに登場してくるいわゆる「建築士」は肩書きがついていないのも不思議だ。 「日本構造技術者協会の**です」 の方がよほど説得力はあると思うのだが、いざというときは譲り合いをされるのか、肩書きが、ない。 「許容応力度設計ではなくって、限界耐力設計だったらもう少しその低い安全率って言われてる数字が安全側になるんじゃあないんですか?」 I平がそう言う。 確かにそうだと思う。 何を持ってその数字が出てくるのかを明確に説明しないまま「危険だ」と言われてもそれこそパニックを引き起こすんじゃあないかと思っている。 多少荒っぽくても、 「今まで黙ってたんだけど、実はこの程度の数値まであげることは出来ますよ」 「この建物についてはまだこの部分を補強すればなんとか持つ、かもね」 などと言ってもらったほうが具体的だってことですよ。 実は11月28日にもそれとなく書いたんだけど、肝心なときに出て来てもらいたいものだと思いますよ、技術者協会さん。 っと、こんなこと書いちゃったらきっと睨まれちゃうんだろうな。 ただこの時期にさ、 「将来望ましいこと・・・確認申請料を10倍にする」や 「構造設計者へ同行を求め、構造設計図および構造計算書を検討してもらう。当協会の 2,500人の建築構造士を活用する。ただし、有料。」 なんてこと書いてるようじゃあ何言ってんのって言われてもしょうがないような気はするけどね。 え?何をそんなに突っ張って物言ってるんだって? 今の事件のおかげでイライラしている役人に八つ当たりされたんだよ、今日。 12月17日 「日本全体が金目当てになりつつあると思う。」 経団連の奥田会長がそう言っていたのを朝のテレビでやっていた。 建築業界は例のごとくもう混沌としちゃって、マンションを提供する側は政治家とつるんでの私腹を肥やすことに奔走する人間がぞろぞろ出てくるわ、ブッシュ大統領が「牛は怖いから食べないもんね。でも売れないと困っちゃうから日本で引き取ってよ。」 「まかせておくんなはれ」 で、日本の某フード産業がこれまた政治家とつるんで金をばら撒いて 「危ない部分を取り除けば食べても大丈夫です」 と、素人でも言えるようなことを大学の教授に言わせて国内輸入を決めちゃった。 チェック機構である国が、まるで「ERI」と同じように危険なものを素通りさせちゃう、目をつぶってね。 これも金、だ。 ITの時代だから自宅でも大儲けできますよ。だから再びバブルの時代が来る、というようなことも言われているが、それはないと僕は思う。 デスクの前でモニターを見ながらお金を稼ぐ、んなぁこたぁできませんって、アナタ。 まあ出来たとしても、そういうふうに「乗せられる人」がいるからこそ一握りの人たちは出来るかもしれないけどね。 50年前に出来たテレビは年収の3倍ほどの値段だった。30年前のテレビはこんなでかいリモコンを使ってチャンネルを変えていた。 でも今はほらほらこんなに薄い形態で、現実と変わらない色を再現できるのよ、とこれも週末の朝のテレビ番組でやっていた。 でもその当時に比べると番組の内容は非常に希薄になってきておりぜんぜんつまんないじゃない、ということについては誰も語らなかった。 つまり、内容なんざどうでもよろし。 結果として金が残るかどうかそれしかないでしょうが。アナタたちはそれだけ考えておけばいいんだから。 国民、消費者?関係ないのよ。だましてでも何でもやって金巻き上げなさい! っていうのが冒頭、経団連の奥田会長の言葉に繋がる、と考えておるのですがね。 12月16日 そういえばルミナリエは今年もやっていたんだ、ということをシラッキーギター教室へ行く間の三宮の渋滞の中に入り込んでから気がついた。 あわてて2号線から山手幹線へ方向を変えはしたのだが、ここも同じだった。 ちょうど加納町交差点を西に入ったあたりでピタリと車の動きが止まってしまった。 最近寒さのせいか愛車の調子が悪く、時々信号で止まっているときにエンジンが切れてしまうことがある。一度経験をしているので、落ち着いてすぐにシフトレバーをパーキングに入れ、再度キーを回すことでエンジンはかかることがわかっている。 わかってはいるが、もしこういうところでそういうことが起きたならば、後ろについている黒塗り黒のスモークガラスで覆われているベンツからこわそうなオニイさんが出てくることは間違いない。 このシーズンの北野周辺は関西周辺からいろんな車が終結してきているので、斜め前の三重ナンバーの黒のシーマなんかもなかなか怖そうだ、と考えてるような余裕はない。 修理に出しておけばよかったと、この渋滞の加納町で後悔しながら流れが始まるのを待つ。 渋滞の加納町をなんとか抜け出し、県庁前をかろうじて通り抜け大蔵山も順調に通り過ぎることができた。 調子が悪くなったのは湊川公園の高架の少し手前だった。 信号で止まったときについにエンジンが切れた。 そこは「柳筋」という商店街のちょうど入り口付近だった。 全国でも有数な風俗街のひとつに「福原」という場所がある。 「柳筋」というのはそのオッサン天国である風俗街の入り口にあたる場所でもある。 何もよりによってこんなところで止まらなくっても・・・・ 12月15日 「こんなやり方だとぜ〜〜ったいに申請通りっこないですよ」 「まあ、いいからやってみなって」 「通っちゃいました?」 「な、だから最初っから言ったとおりにすりゃあいいんだよ。これからもこれで出すんだぞ、いいな!」 「わかりました。」 っていう流れだったんだろうと思う。 ん?何がって? 「姉歯」事件、ですよ。 詳細についてはかなり情報度の高い「きっこのブログ」を読んでもらえば、おいおいどこまで行くんだいっていうところまで行ってるのかが解る。 この話題を延々と書くつもりはないんだけれど、昨日の証人喚問を見てもう少しだけ書くことにする。 質問をする側の能力があまりにも低すぎるってことね。 特に最初に出てきた自民党のジイさんは予想通りレベルの低い質問を、というよりもこの人何のために出てきたんだろうっていうようなお粗末さがそこにはあった。 これだったら、「とくダネ!」の大村レポーターの方がよほどキレがいい。 「民間の確認申請機構は何もチェックをしていないではないか!お前らはフシアナではないのかぁ!!ここに問題がある!」と言っているアナタ達、その証人喚問で何も肝心なことを見出せないまま終わってしまったわけじゃあないですかぃ。 自分のことは棚に上げきっちりとたたんで奥の方にしまいこんでから、「けしからん!」はないでしょ。 一緒じゃないのさ・・・・・なんだかピー子のような口調になっちまったぃ。 証人喚問というのが一種のセレモニーに過ぎず、次の証人をと言ったところで、 「もうこれ以上やっても同じだ」 と幕を引いてしまうやり口は、大金が動いているであろう大物政治家が絡んだ事件にはつきものだと判ってはいても腹が立つ。 国民の代表が国民よりも金のなる木をかばって事件をうやむやにしてしまう構図はいつになれば解消されるのか。 あまり腹が立つので、姉歯氏が世に出てきたときには仕事手伝ってもらうことにするもんね。 もちろん偽造なんてしませんもん。 12月14日 「たいへんですなぁ、仕事どうでっか?」 この手の会話は、 「風邪流行ってるからこの時期気をつけなきゃあね」 と同格の挨拶に過ぎなくなってきた。 構造のソフトメーカーの営業マンと話をしていると、 「今はどの行政でもソフトの導入の話があって、そのために走り回ってますよ。」 「理由はどうあれ、ソフトが売れるのはいいじゃない。」 「そんなぁ、・・・あれですよ・・・、なんですなぁ・・はは」 次第にトーンダウンしてくる。 つまり、この業界での事件は単に「姉歯元建築士」だけにはとどまらず、すべての「現在建築士」について疑いがかかってきている、ということなのだ。 役所がそういったソフトを導入するということは、まずは構造計算書をCD−ROMで提出をする。 そのデータを審査担当者がソフトにかけて偽造をしていないかどうかのチェックをする、「構造設計者」は、そういった審査にかけられてから晴れて内容を審査されるという、そういう流れになっていくんだろうね、きっと。 「まずは持ち物検査だぁ!変なもの隠してんじゃあねぇだろうなぁ」 と、同格じゃあないんでしょうかね。 もう少し、知らない人のために書いておくと、構造の設計というのは「複雑なもの」ということはともかくとして、設計者の判断にゆだねられる部分が結構多い。 そういうところについては曖昧模糊とした表現しかされておらず、経験則に委ねられることになる。 たいていは、大きな流れのところでの質疑というよりは、「重箱の隅」に絞られてきて、 「じゃあどうしたらいいのか具体的に言ってよね」 「そこは設計者の判断でしょうが」 こういった隘路に話が落ちていくとしたら、仕事にはならないだろうね。 証人喚問にしたって、まるでわかってないどこかの党の爺さんなんかがしゃしゃり出てきて、わけわかんないことを言ったとしても何の進展もないってことになる。 まだニュース見てないからどんなこと言ってたのかはわからないが、大体のことは予想がつく。 ま、この事件は適当にはぐらかされて幕が下ろされてしまうのかもしれないが、後に残るのは技術者の「厭世観」だけかもしれない。 さてと、こんなこと一生懸命書いてないで、早く帰ってニュース見なくっちゃね。 「あねは」をキーボードで打つとすぐに「姉歯」と変換されてしまうところがなんともやりきれない。 12月9日 めちゃくちゃ忙しい中をかいくぐってシラッキーギター教室へ行く。 電話で督促があろうと、遅れている仕事に対する矢の催促があろうと、もう知らんもんね〜。 たまにはこういうふうに全てをデスクの上に置き去りにして気ままに出て行くことも必要だ。 NZから帰国している長男と一緒に新開地の「森本硝子スタジオ」で約2時間、久しぶりのレッスンを受ける。相変わらず理論はだめだ。 「この『裏コード』は何?」 「え〜〜・・・うら?」 相変わらずの劣等生のような気持になってしまう。 つまり、3度と7度の音が重要になっていて、ひとつのコードを構成しているキーの音から3度に当たる音と7度に当たる音、これをキーとする音が「裏コード」ということになる。あれ?オレひょっとして理論判ってる? ギター教室は途中で終わり即興でセッションが始まる。 まあ、僕は覚えたてのボサノヴァのコードを刻むくらいしか出来ないのだが、こういうふうに音楽の中に入っていくのはとても気持ちがいい。 帰りは2号線を走り、三宮に戻ってきた。 いやに警備員が道沿いに多く出ている。 「なんかあるのかな・・・花火大会でもないだろうし、新しくショッピングセンターでもできたのかな・・・」 「ルミナリエが始まったんだよ」 もうそういう時期だった。 毎年試験点灯に行こうと思いながらまたその期を逃してしまった。 12月7日 例の事件のせいばかりではなく、ここんところめちゃくちゃに忙しい。 忙しいところにいろいろと電話が入る。 「重いタンクを隣接している建物に取り付けて不同沈下を抑えたいんですが」 「一緒に沈んじゃいますよ、その建物」 「保険のことでね・・・」 「年末手があいた時期にお願いしたいんですが」 知り合いの保険マンからとはいえ忙しくてついそういうことを言ってしまう。 「設計料値切られちゃってるんだけどね〜」T女史がそういう。 「サングラス掛けて取り立てに行ってくれば払ってくれるよ、きっと。」 「この茶色い液体に沈んでいるものは何?」 「コレハ朝鮮ニンジンデス。カラダニトテモイイ」 C君のデスクの上にあった謎の生き物の正体はそれだった。 で、気がついたら午前2時少し前になっている。 今日も一日が長かった。 まだ処理できていない電話の数は無数にある。週末になるとまた別の電話がかかってくるであろうから先に手を打っておかないとシラッキーギター教室へ行けなくなってしまう。 これ以上休むとクビになる可能性もあるので、明日は頑張って仕事を処理してしまわないとね。 12月6日 携帯でメールを打ちながら街を歩いている人の数が増えた。 「増えたような気がする」というどころではなく、確実に増えている。 ま、確かに移動時間を利用しながら他人に用件を伝える手立てとしては電話をかけるという行為よりも便利だと思う。 相手とのコミュニケーションを図っているようで、実は自分の一方的な気持ちをストレートに伝えるだけのツールだとも思うのだが、 「もしもし、あ〜〜、ワシやっ!どないやねん」なぞと言っている間に 「ここで待ってます」ポチっと「ここ」を押すだけで全てのセンテンスが出てくる場合もあるので便利だと思う。 僕もオフィスでどうしても電話をするのが億劫な場合、つまり、もう既に締切時間を過ぎ、電話の向こうから怒鳴り声が聞こえてきそうだと感じた場合は、とりあえずメールで散々誤り倒し、「土下座小僧」というgif動画まで貼り付けて送ってしまうことが、最近は増えてきている。 締め切りを守らないという行為を棚の上に上げてしまってこう言うのもなんだが、メールを打ちながら道を歩くという行為はどう考えても非常識だと思う。 もう自分の世界に浸りきっており、こちらに真っ直ぐ進んで来ているのだがこちらを全く見ていない。 目の前に来たところでやっと顔を上げ、よけながらまた携帯に顔を沈めて過ぎ去って行く。 最近はいいとしかっ食らった「オッサン」までそれをやっている。これは絶対に、みっともないです。 メールを打つために画面を見る。 「どないや今晩あたり」 などと打っているのだろうけど、顔のしまりがなくなっているわけだ、知らないうちに。 向こうからニヤニヤしながら片手で携帯ポチポチやりながら突進してくるオッサンを見ると不気味だ。 そのうちに街のあちこちでメールを打っていたことが原因で喧嘩や殺人、なども起こりかねないような気がしている。 今後はそういうことがないように、またニヤニヤした「オッサン」が増えないように新しい携帯のシステムが出来上がるものとひそかに期待をしている。 知らない人は知らないだろうが、「ドラゴンボール」というアニメの中で、相手の戦闘力を測るためのツールとして、目のあたりに取り付ける「スカウター」というものがある。 もうだいぶ前から携帯電話の最終形はアレだ、と僕は考えている。 サングラスあるいは眼鏡をかけるような状態でその向こうには相手が映し出される。 口元にはマイクが取り付けられているので両手は開いたまま話ができる。メールを打つまでもなく相手とのコミュニケーションも図れるわけだから、すぐれものだと思うんだけどね。 「スカウター」をつけて顔は上げているが、こちらのことには気がつかずにニヤニヤしながら、 「今晩どないやねん、あきまへんか〜」 そういうオッサンがちまたに溢れてる図。だめか。 12月5日 岡山駅から車で約1時間。玉野市というところにある市役所におおよそ4年ほど前に手がけた集合住宅の構造説明に行く。 どんなに忙しい状況でも、こういう時期であるから役所からの呼び出しがあれば行かなければならない。 「中空スラブ工法」というものについての質疑回答を二人の担当官の前で行う。 解析する際のソフト、どういった種類の解析をするか、建物のどの部分の設計をこのソフトで行ったのか、そのときのアリバイはあるのかないのか・・まあ、担当官を前にして事情聴取を受けるような感じでもあり、ここに安っぽい卓上型のライトで顔でも照らされようものならば、まるで取調べを受けているような状態だ。 今更何のために既に「確認」を終えた物件に対して説明をしなければならないのかという疑問は誰しも感じることであろうけれど、相手はそれが仕事だ。 あらためて感じたのは、「偽造できるソフト」というものを何が何でも、どういうものに対しても使用しているのではないか、という疑念が今の役所にはあるということだ。 建物の形状に関するデータを入力すれば、長期的な応力や地震時の応力、基礎設計用の軸力などがすぐに出てくる。終局時の設計においては保有水平耐力というものが計算されて、どういう崩壊メカニズムになるかということも短時間で計算され目の前に結果が出る。前にも書いたようにあくまでそういうものは必要条件ではあるけれど十分条件ではない。 別の切り口からシュミレーションしなければならないこともたくさんあるわけで、そういうときにはまた別のソフトを用いることももちろんある。 「これは全て手書きなんだけど、コンピューターで打ち出されてくる数値というものはないのですか?」 「打ち出すことは出来ますが、何が書いているのかわからないと思いますよ。だからそれを手書きでわかりやすい状態にしたのが、この計算書なんですけどね。」 どうも手書きだとごまかしをしているように思われるのか、「不信感」というものが漂っているような気がする。 「何か、打ち出したものがあれば・・・」 「そういうものでも一応打ち出しちゃったらどうですか?」 同席している意匠担当者がそう言った。 「アンタのそのアリバイはどうも疑わしいんだけどね・・・」 「とりあえず吐いちゃったらどう?」 なんて言われてる気分になってしまう。 「これをチェックするためには同じソフトを購入して再度打ち出すくらいしかできないのかなぁ」 「固定法とD値法を使えば一応検算するくらいは出来ますが・・」 「D値法?・・・」 どこまでフィードバックすべきかを考えたが、ここでいったん力を抜いた。 これからもまた同じことあちこちで言わないとダメなんだから、開き直るに限る、と心の中で自分に言い聞かせた。 12月3日 「あんたぁ、プロだなっ!」 「えぇ?なんですか、いきなり」 「どんな理由か知らないが、なぜ隠す?」 「ちょっと待ってください。ひどい言いがかりです。ワタシィただのサラリーマンですから。」 Vシネマ 真雀鬼VOL5「新宿麻雀決戦」の中に出てくるシーンで、麻雀の裏プロなのだが素人になりすました小沢和義がトイレで清水健太郎に攻め寄られるシーンがあった。 それが冒頭のセリフだ。 こういうのって1970年代の新宿歌舞伎町の中で成り立つようなセリフだと思っていたのだが、30年以上たった今、 「あんたぁ、プロだなっ!」 「ひどい言いがかりです。ワタシィ、ただの建築好きな人ですから。」 組織に属さず自由に構造設計をやっているとそういうふうに思われるような時代になってきた。 おっと、週末の深夜オフィスでこんなこと書いてないで早く仕事終わらせないと。 12月1日 京都の南禅寺に午後6時。 大学時代の悪友であるUは東京の初台というところで僕と同じく設計事務所を経営している。今日は社内旅行で「晩秋の京都」を訪れる予定になっている。 設計事務所といえば、この時期あまり大きな声ではいえない商売ではあるが、まあしかたがない。 「朝から何度も電話してるのに、どうしても来ないのよね、宅配便が」 何度も電話の受話器に向かって文句を言っていたT女史がそうつぶやいた。 時計は4時を既に回っている。これから京都に向かっても午後6時ぎりぎりになってしまう。 こちらも普段オフィスにこもってばかりで外へ出るのを嫌がるスタッフを、この際京都まで引っ張り出し、合同で秋の京都を楽しもうという予定を無理やりに組み込んだというわけだ。 遅れ遅れになっていた計算書がやっと完成し、後はこれを送れば出発できるのだが、今日に限って宅配便はなかなか来ない。 「じゃあさ、オレこれ送ったら行くからみんな先に行ってくれる。」 もっと早くに送っておけばこんなにみんなをやきもきさせることはなかったわけで、責任を感じて僕はスタッフにそう言った。 4時半くらいに来たとしてもまだ余裕はある、誰もいなくなったオフィスでそう考えていた。 時計の針はとっくにその時間を過ぎてしまった。 「あの〜、今日朝からお願いしてるんだけど。4時を回っても来ないし、どうなってんのぉ?」 「ちょっとお待ちください・・・・・・あぁ、5時過ぎちゃうんですけどねぇ」 「あのさ、そりゃあないでしょ。4時頃って言ってたから待ってるんでね、それだったらもっと早めに言ってよ」 「そう言われても・・・」 あまりにも対応が悪いので、 「もういい、わかった!もう二度と頼まないからよぉ!」 多少ガラ悪いと思ったがそのまま受話器をたたき切った。 荷物を持ち、出かける用意をしてオフィスの鍵を閉めた。 いいもんね、他にも手はある。コンビニ行けばいいじゃん。ふん! 近くのファミリーマートに飛び込んだ。 カウンターには婆さんが慣れない手つきで宅急便の送り状を書いている。 5時を回ってる・・・JRで行ってそこから地下鉄がいいか、この時間タクシーは渋滞してるだろうから・・・ 眼鏡を取ったりはずしたりしながら婆さんは送り状を書いている。 住所をちゃんと書きなさいって。そこじゃあないって、そこは電話番号でしょうが、でんわぁばんごうぅぅ・・・ 「お次の方、お待たせしました。」 まだ間に合う。 「で、このお荷物ですけど・・」 「ハイ、何か問題ある?」 「今日の集配はもう終わったんで明日になりますけどいいですかぁ?」 「だめ!」 荷物を持ってオフィスに戻る。 「あのぉ、すいませんけど。さっき電話したものですが、え〜っと、やっぱり取りに来てもらえますか?え?あ〜、さっきはね、つい時間がなかったもので、ええ、何とかそこを、ハイ、じゃあお願いね」 で、集配に来たのはいつもと同じ5時20分だった。 |