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1月31日
那覇から沖縄中部の名護市へ打ち合わせのために移動する。高速道路で約1時間程度のドライブである。
通常ならば金武町から宜野座村にさしかかるとエメラルドグリーンの海が見える、そういうロケーションを楽しむことが出来るのだが、今日は土砂降りで忙しく動くワイパーの音だけが聞こえてくる。え〜ワタクシ雨男ですから。
ん?なんだ、今の看板は?

「銃弾注意。グリーンベレー通過・・・」

一瞬だったのでその辺りまでしか見えなかった。
「確かそう書いてあったような気がするんですけど、まさか、本物の実弾が高速道路に飛んでくるってわけじゃあないですよね・・ハハハ・・・それにグリーンベレーって、あの特殊部隊ってわけではなくって、グリーンの帽子かぶったオッサンの奉仕隊なんかのことなんですかねぇ・・」
「飛んできますよ、実弾がね。米軍の演習場がそこにあったからね。ほらあそこにはげ山のようになったところあるでしょ」
G氏が向かって左手の山を指差した。
「今じゃあ富士山の麓に演習場が移っちゃったからそうそうはないけど、以前はもうビュンビュン飛んでましたよ。」
シャレにならない。
「この高速だって米軍は平気で渡ってましたからね。ほら、あの辺りの道ね。ケモノ道のようなところを彼らは平気で進んでましたよ。」
平和ボケをしている僕にはそれでも現実感はなかった。

サービスエリアに入ってしばしの休憩。
見晴台のような場所があるので土砂降りの中そこまで行ってみる。眠気覚ましってこともあったのだが、
「雨降ってても海はきれいだよな、やっぱり沖縄だぜぃ。なぁ、I平」
「へい」
「なんだか花火のような音がしてるんですけど、なんですか?」
「米軍の演習ですよ。」
「こんな土砂降りの日でも?」
「彼らにとっては天気なんか関係ないんですよ。土砂降りの方が実践的だしね。」
ふぅむ、やっぱり平和ボケの身体にはピンとこないものだ。

名護には「ザ・ブセナ・テラス」というとても素敵なホテルがある。 一度はこういうところで1週間ほど仕事も忘れてのんびりしてみたいと思っているが、海を見ながら仕事の打ち合わせをするというところがいいところだ。
仕事をすべて片付け、このホテルでのんびり過ごす・・ずっと土砂降りだったりして。

1月30日
まさか冬場に蚊にさされるとは思いもしなかった。
「まだ痒いですか?」
隣で運転をしているG氏に聞かれる。
「沖縄の蚊はしつこいですからねぇ。」
沖縄市のとある設計事務所で、グラスに注がれた泡盛の「10年もの」をいただいたのがまずかったのかもしれない。
気温は24度。扉は開け放たれており風通しがいい。それはいいのだがアルコール分が身体から発散されるその匂いにつられて僕の周りを大きな蚊がそういえばうろうろしていた。
おそらくコイツの仕業だろうと思う。

今日の仕事はもうこれで終了なので、ふくらはぎと背中を掻きながら車を降り、「うりずん」という居酒屋に入る。
泡盛が特に美味しい店で、ここの店主のT氏とは6年ほど前に「伊江島」という離島でお目にかかったことがある。
オリオンビールをチェイサーにし、泡盛をグイグイやりながら「たこの塩辛」を美味そうに食ってたオッサンだ。

泡盛を飲みながら沖縄特有の肴を食べる。えー、このお店は何を食べても美味しいです。
最後にソーキ蕎麦まで食べちゃったもんね。
「I平、食べられるか?」
クリンと丸まった海老は「ビジュアル的に受け付けられなくって」決して食べられない、という変わった好き嫌いがある彼をそういえば忘れていた。
「うまいっす!」
大丈夫のようだ。

え?そのお店どこにあるんだって?
それはですね、モノレールのある駅で降りて、そこから商店街を抜けたところにあるんだけど、あまり地名は詳しくないので是非調べてみてください。ここは、美味しいです。
(知ってるんだけど、教えるの嫌だからこういう書き方してるんだけどね、ホントは)

1月28日
ライブにギター担当で出なければならない。
場所は東京の世田谷あたり。開演時間は切羽詰っているのだが、まだ会場には着かない。
おっと、この道行ったほうがショートカットできる、汗をかきながらやっと楽屋に飛び込んだ。バンドの連中は当然のごとく頭にきている。
「このヤロウ、何やってたんだよぅ!2,3発食らわしてやりたいところだが、今は我慢してやるよ。」
僕の胸ぐらをつかんだ男は、その手を緩めた。
「行くぜ!」

「あ、ギター忘れちゃった・・・」

「ナニッ〜〜〜!!」

そこで目が覚めた。
一体なんだったんだろう。
週明けから出張なのだが、持って行くものがいろいろあるのと、時間には遅れることが出来ないという気持ちとシラッキーギター教室での緊張感が頭にインプットされていたからなのだろうか・・・ふ〜む。

1月26日
キーレスエントリーのリモコンはまったく効かないのでキーを回してドアを開ける。
最近はバッテリーの調子も悪いので、こう寒いとどうしてもエンジンを掛けてから暖気をしなければならない。もちろんフロントガラスは霜がびっしり張り付いているのでとけるまでは車は動かせない。
エアコンはエンジンをかけてからきっちり10分後に動き出すのでそれまでは冷え切った車の中で身を丸くしておかないといけないという習慣が身についてしまった。
パワーステアリングのオイルが少なくなってきたのか左折するときに限って「グィギギィィ」と変な音がする。

「お客さん、ガソリンタンクの蓋ぁ、あかないんっすけどぉ」

ロックを解除すればタンクの蓋もフリーになるはずなのだが、最近はそれが効かなくなってきたのでいったん車を降り、トランクをあけ、ガソリンタンク付近にあるプラスティック性のノブを引いて蓋を開けるようにしている。
え〜〜っと、それから一度凍りついたフロントガラスにワイパーかけちゃったから、ワイパーを動かすたびにギギギ〜〜っという音がするようになってしまった、ブレーキを踏むと最近は少しばかり音が大きくなったような気がするのでブレーキパッドがいかれてる、ということと・・・後はオイル交換もしておかないと。
え?今日はなんでそんなこと書くんだって?
平成18年2月1日をもって車検が切れるんで明日出そうと思ってね。
こういうこと書いておかないと忘れちゃうでしょ、修理工場に頼むのをさ。

問題は、一体いくらかかるかってことだ。

1月25日
「仕事を覚える」ということについては、若いスタッフにいちいち手取り足取り教えるつもりは毛頭ない・・・
おっと、なんだか『神戸で働く設計事務所の社長のブログ』風な文体になってしまった。

例えば、僕がI平と仕事について打ち合わせをしているとする。
「この部分のヒンジをつくるようにしないと結果はおかしいものになっちゃいそうだよね。」
「でも、そうするとですねぇ、この断面を変更しないと・・・」
まあ、そういった会話がなされているとしましょう。
その打ち合わせが終わった時点で、
「でさぁ、Sよぉ。今の話どう思う?理解できた?」
「え?あの〜、その〜、こっちに集中して聞いてませんでした。」
これではダメです。
敢えて周囲に聞こえるように話をすることで、他の人たちは、どういう物件のどういう点がポイントなのかを「盗む」ようにしていかないと技術系では決してスキルアップは出来ないということなのです。
僕にしても勤めていた設計事務所の所長が持っているノウハウは全部盗んで自分のものにしたという自負はある。
教えられてステップアップをしていけるような甘い世界ではないし、自分で這い上がって行かなければ技術は決して身にはつかないものだと思っている。

I平はその点で言えばよく人の話を盗み聞きしている。
「ちょっとさっき盗み聞きしたんですけど、その鉄骨の納まり変じゃあないですか?」
などとよく文句をつけてくる。
それでいいと思うし、そういうことに対しては僕は納得できるまで説明をしているし、これからもしていこうといつも考えている。
ただ聞いてこなければ何も教えられない、ということである。

「マウスのクリック音で何やってるかわかりますよ。」
I平は音まで盗もうとしている。
「デスク離れてるけど、オレが何やってるかわかるかい?」
「わかりますよ。右クリックのカチッという音が少し遅くなって『カッッツッチィ』となったときはハンゲームの「麻雀」やってるときでしょ。牌を切るときは少し遅くなるんですよね。」
ばれていたんだ。
「『うらじゅん』執筆しているときはキーボードを打つ回数が長くなっているし、わかりまっせぇ!」
これもばれていた。
「マウスのスクロールを転がす音が長く続いているときはエッチサイト、見てますねぇ」
え、え〜〜と、いちおうスクロールしているときは、ですねぇ、検索サイトで調べ物をしていることもあるんだけど、え〜、ゴホン・・そこまで盗まなくったていいんだよ!ったくぅ。

1月24日
「ライブドア」の堀江貴文が逮捕された途端に政治家たちは彼に対してそっぽを向いてしまった。
まあ、そうなるだろうとわかっていたことではあるけれど、金にならないと見るやすぐに背を向けてしまうところが日本の政治家らしいところでもある。
小泉純一郎も白々しく、
「そんなこと聞かれてもわからんでしょうが、アナタ。そんなコメント何も公開の場所で出せるわけないじゃん。考えて物言いなさいよ。」
なんて顔をしながら、もそもそと口を開かずにコメントを出していた。
「人生いろいろだもんね〜」が本音のお気楽な人だと思う。

「ヒューザー」の社長である、小嶋進にしても、堀江貴文にしても、
「そこんとこどうなってんだよ!」
と聞かれたら
「人生いろいろ、建物もいろいろですわ」とか
「人生いろいろ、会社もいろいろでしょ」
なんて、同じように答えちゃえば彼と同じように周囲を煙に巻くことが出来るんじゃあないでしょうか。
今の日本だったらそれが出来ちゃうかもね。

1月23日
1ヶ月ほど日本に滞在していた長男がNZに戻るため、夕方関空に行く。
こんな時期はずれの関空の国際線、しかも日が暮れた時間帯となるとさすがに人は少ないだろう、と考えていたのだが予想に反して人は多かった。
ハワイへのオバサンツアーに、グアムへ行くのかオッサンと若いおねーちゃんのカップル、クソ寒いのに半袖で飛び回ってるアホっぽい学生と思われる団体・・・。
あのね〜、そーゆーの見せられるとおじさんも暖かい南の島へ行きたくなっちゃうでしょうが・・・という思いを抑えて長男を見送った。

最初ここで彼を見送ったときはさすがにホロッときたもんだがもう慣れてしまった。
僕の頭の中には「夏場のNZ」や「青い空に冷たいビール」ではなく、英語でしっかりと金額が表示された書類が浮かんだ。
さてと、稼がなくっちゃね。

1月21日
午後7時からのNHK教育テレビ「トップランナー」という番組に「デパペペ」の二人が出演するということで録画をした。
三浦君はいつ見ても変わらない。
「これから芸能界で派手にやっちゃうもんねぇ」というような下心はまるでなく、ギターが大好きで「楽しんでるよ」って感じがこちらまで伝わってくるので45分がとても短く感じられた。
二人とも「いつもどおりのギター小僧」であるところにとても好感が持てるし、これからもそのままであって欲しいと思いつつ録画を終えた。

「え?家に来てたの?」
長男がを僕に見せてくれた写真は、彼が自宅の前で長男と一緒に映っているものだった。
「正月に神戸にちょっとだけ帰ってたんだ。全然変わってないんだよね。」
サインもらって欲しかったのに・・・。

1月19日
いい「顔」をしている男が少なくなった。

今朝出がけにテレビを見ていたら、元国土庁長官の「伊藤公介」が出ていた。
生気の無い顔でもそもそと記者会見を受けているその「顔」は不愉快さを募らせるようなものだった。
「何でオレだけこんなに攻め立てられるのよ。み〜〜んなやってることじゃない。オイ、そこのカメラ、あんまりこっちに向けるんじゃあないよ。こんなに寄ってたかって・・路傍の石になりたいぜ、ったくよぉ」
なんて心の中で思ってるからそんな顔になっちゃうんでしょ。
ライブドアの堀江氏は、最初っから人を食ったような「顔」をしていたので、まあ金があるからこその人望かと思っていたらその通りになってしまった。
表情をあまり変えず、口もあまり大きく開かないように、そして語尾はうやむやにしてしゃべる男「小泉純一郎」などは、決していい「顔」をしているとは思えない。
支持率はとっても高いし、改革もいろいろやってきている。こんな総理大臣今まで見たことも無いでしょ、どうですぅ・・・
そう言う人が不思議と多いように思えるのだが、そういう実感は僕には全然伝わってはこない。
踊らされているような気もするし、彼のインタビューを見ていると「裸の王様」を感じてしまう。
言っていることと考えていることが相反するような状況のとき、表情はどうしても硬くなってしまうものだ。後ろめたさというものさえ感じなくなってしまった人には「目の輝き」がまったく感じられなくなってしまうものだ。そういう人の「顔」は造作に関係なく悪い。

おっと、人のこと言ってないで自分の「顔」にも注意しなくっちゃね。鏡、かがみ〜〜っと・・そういう問題でもないか。

「西原さんの場合は、『ナチュラルブサイク』ですよねぇ、ワッハッハッハ」
元スタッフの西原君は、I平にそう言われたのがきっかけでオフィスを去る決心をしたらしい。
うそです。

1月18日
「あ、ご無沙汰してます。」

長男と山手幹線沿いにある「ビデオ合衆国」で「ミナミの帝王」コーナーでDVDを物色しているときに、彼の友人から電話が入った。彼よりも1学年下に当たるNという男からだった。
「大学はちゃんと行ってる?」
「もちろん行ってますよ。それよりも、あのですね、以前オジサンが言ってた話のことなんですけど・・・」
「なんだっけ?」
「ほら、K君(長男のこと)たちとパーティーやってるときにですね、ギターライブが出来るお店を紹介してくれるって言ってたじゃあないですか。」
「あ〜、そういえば酔った勢いでそういうこと言ったかもしれないね」
「うそだったんですかぁ?」
彼はギターが上手だ。
家でパーティーをしたときは、BGMのためにいろいろとリクエストをした覚えがある。
「じゃあ、今度は、ボサノヴァなんかできるか?」
などと、もうすぐ入試だというときに家に来るからそういうはめになってしまったのだが、 確かにそのときは北野坂にある友人のエマニュエルがやっているレストランを紹介しようと考えてはいた。

「一度紹介してほしいんですけど、どうですか?」
「いいよ、今度一緒に行ってみようか。」
「デパペペ」の三浦君がデビューする前にもその店を紹介するつもりだったが、その前に有名になりすぎちゃったのでその話はなくなってしまっていたのでちょうどいい。

「ビデオ合衆国」を出てから歩きながら長男に言った。
「彼もアコースティックギター上手だったよね」
「あぁ、Nはもともとアコースティックデュオやってたんだ。確か『ベロパパ』とかなんとかっていう名前だったんだけど、三浦君がその名前を取って『デパペペ』って名前をつけて有名になっちゃったから、Nはその名前使えなくなっちゃったんだ。パクリだと思われるでしょ。」
「そうなんだ。Nは名前取られちゃったんで怒ってたんじゃないの?」
「ううん、今は『デパペペ』のコピーやってるよ。」

若いとすぐに環境に順応できるちゃうんだ。

1月17日
思ったとおりの進行だったと思う。
え?何の話してるんだ、って?
国土交通省委員会での証人喚問に決ってるじゃあないですかぃ。
「その件につきましては刑事訴追の恐れがあるので証言は控えさせていただきます。」
に終始したヒューザーの社長。
喚問する側とされる側の温度差というのか、したたかさの違いというのか、喚問される側のバックについている力が巨大だからなのか、質問する側が限りなく素人っぽいからなのか、これじゃあ勝負にならねぇや、っというのが率直な感想だ。
ネットの「衆議院TV」を聞きながら仕事をしていたのだが、もう仕事する気なくなっちゃったもんね。なんなんだよこれは。
答えられないってことは、
「やってんだけど、そんなこといえるわけねぇだろうが、このタコ!」
って言ってるわけでしょ。
ならば、答えられないような質問をもっと重ねていくべきだったと思うし、度重なる「補佐人」との打ち合わせのための中断に対しては議長が断固たる処置をすべきだったと思う。
「堂々としゃべったらどうなんですか。」
そんなことを言っている議員がいたが、しゃべるわけないっての。
自分の財産を守るために必死になっている男が、「正々堂々」とするわけがないじゃない。
結局、何を追求するのかっていうところの焦点も定まらないまま終わってしまった。

阪神大震災から今日で11年が経った。
変わっていないのは、学習能力のまったくといっていいほど無いこの国のあり方と自分の利益だけしか考えていない政府役人の姿ってことになるんだろうね。
それに加えて文明が発達しすぎちゃって考えるということが停止してしまった「日本人」が増えたということ。これに尽きます。
11年前、「生きる」ことの重大さを感じ、「生かしてもらっている」という気持ちは今でも忘れてはいないし、その日が今の自分の原点にもなっていると思っている。
今日から気持ちを新たに仕事に精を出すことにする。
じゃあ、仕事ほったらかして国会中継なんか聞いてる場合じゃあないじゃないの?

「それについてはコメントを控えさせていただきます」

1月15日
ふ〜む、なるほどねぇ、なんとなくわかってきたような気がする。

日曜日は近場の温泉に行くようにしている。
お気に入りは、「よかたん」と自宅から約1時間ばかり行った丹波篠山に近い「こんだ薬師温泉」の2箇所だ。
露天風呂に入って頭の中をリセットし、月曜日からの予定を考えるのにはちょうどいい。

「サイズは0.25くらいかな」
「それで真っ直ぐ進むとこう浮き上がる感じなるから、こう抑えるように設計しとかんとなぁ・・・・」
団塊の世代と思われるオッサンが二人、岩風呂の縁に座ってそういう話をしていた。
どういう職業かは定かではないのだが、おそらく技術関係の職についているものと思われる。細かそうな話を二人で楽しそうに話し合っており、会話からすれば現場もよく知っているようだ。
「データ処理してもそういうところはよくわからんから実験でもしてやなぁ・・・」
で、冒頭に戻っての「・・・わかってきたような気がする・・」なのです。
例えばJALの最近の事故の多さ、車にしても以前には考えられなかったようなリコールの多さもそうだ。
JRにしても、銀行にしても、もちろん建築業界にしてもいろんなトラブルが発生するということについての原因はそういうところにあったのかなと、ふと思ったわけです。
つまり『現場を知る』という基本的な姿勢を忘れ、失敗をすればそれを応用することで成功に生かしていくこともなく、すべてをデータ処理に頼る姿勢がトラブルの件数を助長させる原因となること、がわかってきたということね。

団塊世代の人たちの全盛時はこれほどまでにソフトに頼ることもなかった。「試行錯誤」をすることでいいもの、つまり納得の行くものを創り上げてきた。
今はどうなっているかといえば、すべてが専門外の人が作ったソフトに専門職の人間が頼ってしまう流れになっている。いざ何かトラブルが発生したときは手も付けられずに暴走するのをただ見ているだけってことになってしまう、となればこれは怖いことです。
以前も書いたように、ソフトに入力するのは必要条件ではあるが十分条件ではない。専門の人間が自分の技術を活かしていくのはその後になる、と。

「放射能漏れちゃってるんですが・・」
「今株のほうのソフトやってるから後にしてくれないかなぁ」
年配の専門技術者と若いソフト作成エンジニアとの会話が仮にそうだとしたら、これはえらいことですよぉ。

1月12日
料理をする、ということについて書こうと思うので、興味のない人は読み飛ばしてください。

こらこらこらっ!多少料理のことかじってるのか知らないけどさぁ、「ウンチク」というものを長々書くんじゃあないだろうなぁ。
僕は料理についてはまったく素人だし、センスもないと思っているのでそういうことを書くつもりはまったくない。
以前神戸で単身赴任をしているとき、見よう見まねで鶏をホワイトソースで煮込み、ワインで食事をしようとしたことがある。
冷凍室から鶏の塊を取り出しそのままフライパンに放り込んじゃったものだから手が付けられない状態になったことがある。
フライパンに乗せた鶏の塊からいきなり白いけむりが立ち上がり、ガス警報機からは
「ガスガモレテイマセンカ・・ピーピー・・・・ガスガモレテイマセンカ・・・・」
しばらくは鳴り止まなかった。
ことほど左様にやる気がないのもあるのかもしれないが、センスはまったくないと思っている。

ケーブルテレビの「LaLaTV」で放映されていた、イギリス人シェフのジェイミー・オリバー氏の番組をよく見ていた時期がある。
とても簡単に、かる〜く美味しそうな料理を次々と限られた時間内に作っていく。
この番組を見ていると簡単に作れそうな気はするが、現実には無理だということをいつも思い知らされる。
NZから長男が帰ってきており、週末は出来るだけ3人で食事をするようにしている。
彼は僕に比べればまだ食事を作れる方なので、食事の支度をする場合は結構難しそうな作業を妻から命じられている。
僕はといえば、「卵をかき混ぜる」「納豆をパックから取り出して糸をひくまでかき混ぜる」 そういう初心者向けの役回りをさせられている。
少しレベルの高い「海老の皮むき」にいたっては尻尾で指を切る始末でまったく役には立っていないことがわかった。
「ココとモモの食事係」というレギュラーポジションを死守しなければ食卓からリストラされそうな状態になっている。

くそ!「GAO」で「パリ3星 シェフは語る」なんて料理番組なんか見るんじゃあなかった。

1月11日
「この間誘拐された子供の名前なんだけど、変わった名前だとどうしても記憶に残るよね。可哀想だけどいつまで経ってもその事件のことは言われるんだろうねぇ」
ランチ時にT女史がそう切り出した。
仙台での乳児誘拐事件のことである。
「その子もそうなんだけど、いつだったか『日日太』(びびた)という名前の子が殺されたそうだけど、事件性よりも名前のインパクトの方が強かったわよぅ」(一応裏づけをとるために調べてみたがそういう名前は見つかっていない)

確かに親が奇をてらってなのか、将来その名前をブランド化でもするのかっていうくらいに凝りに凝った名前ではあるけれど、客観的に見れば「変な名前」、が最近は増えてきたように思える。
その字から親の思いが込められたような名前ならば理解は出来るが、その場の思いつきじゃあないのかって思えるような、例えば「悪魔」とか、「鬼太郎」(この名前の人がいるかどうかはわからない、思いつきで書いただけです)などと命名されてしまうと取り返しがつかなくなってしまう。

「名前の後ろに句読点はつけてもいいんですかねぇ」
I平がそう言った。
例えば「藤岡弘、」は細木数子が命名したらしいが、戸籍上はやっぱり句読点はないんじゃあないかと思う。(調べる時間もないのでこのあたりは適当です)
まさか「世露死苦」なんて名前はないとは思うが、奇をてらいすぎて「−(ハイフン)」をつけたりするような親が出てくるかもしれない、今後ね。

「竹内アットマークドットコムI平」なんて名前だったらややっこしくてシャレにもならない。

1月10日
深夜、「GAO」という「ネット上のテレビ」を見ながら仕事をすることが増えた。
これはなかなか面白いです。
いろんなジャンルを自分で選択することが出来る上にいつからでも最初から見ることが出来る。
ちょっとややこしい仕事をしているときは、「音楽」のジャンルから「CHICK COREA」などを選ぶ。ライブハウスの中で仕事をしているような気分になる。
ルーチンワークのような比較的流していけるような仕事をする場合は、「映画」からこのときは「邦画」を選択する。字幕を見ながら仕事はできないというのがその理由だ。
仕事をしながらストレスも解消できる。

ただひとつだけ、不便なところはCMを飛ばすことが出来ない、ということだ。
ビデオやDVDのように送ったり巻き戻してもう一度見るということも出来ない。

今は「夜逃げ屋本舗3」を見ている。
仕事ももう少しで終わる。後はラストシーンを見るだけだ。
同時に立ち上げているアウトルックにジャンクメールが入る。
削除して、アウトルックもついでに消しておこうとしたつもりがついうっかり「GAO」の方を消してしまった。
くそ!最後がどうなったかわからない。
これからもう一度CMを全部見て最後のシーンを見る時間も、ない。
こういうときは余計なストレスが溜まってしまう。

1月7日
年末から年初めの数日間は仕事に終われる夢を見た。
やっとそういう夢も見なくなって精神的なリハビリが出来るかなという頃にはオフィスが始まる日になっていた。

だいたいが日本の休みは短過ぎると思う。
せめて1ヶ月ほどはゆったりとヴァカンスを楽しみたいとは思うのだが、休みから戻ってきたら事務所がなくなっていた、というのは嫌なので当分はこういう状態が続くんだろうな。
でオフィスが始まった途端に3連休だ。
休みにしがみつきたくなっちゃうようね、これじゃあさ。

1月6日
3日から3日連続の「古畑任三郎」シリーズは最終日を残して無事録画をすることが出来た。
民放のドラマはほとんど見ないのだが、このシリーズだけはほとんど欠かさず見てきている。最近は「田村正和」のような表情で演技が出来る人がいなくなっちゃったのが民放ドラマを見なくなった理由でもある。
で、最終日だけは九州から車で帰ってくるのでどうしてもその時間に間に合わない。

「あ、オレです。I平君?」
門司港辺りからI平に電話を入れる。
「どうしたんですかぁ?仕事なら明日からですよ」
「悪いんだけどさ、例の、ほらあの『古畑』なんだけどさ。録画頼めないかな」
「わかりました。録画なんてしたことないからよくわかりませんけどなんとか頑張ってみます。」
いまどきの若いヤツは録画の仕方もろくにわかってないのかぁ!・・・
なんてことは心の中だけにしまっておいて、無事頼むことができた。

目の前にあるナビの帰宅予定時間は午後9時30分を示しているので悪いけどしかたがない。朝から降り始めた雪もひどくなっているので今日中に帰ることが出来るかどうかもあやしくなってきている。
一番危ぶまれた九州から下関に続く中国自動車道も比較的順調に走ることが出来広島から岡山までも車は空いており順調だ。ナビの到着時間を見ると午後9時を切った。
「おっと、この調子だったらうまく行けば9時まで帰る事ができるんじゃないの」
テレビ小僧の心境はそういうものです。

山陽自動車道から六甲北有料道路の乗ったのが午後8時過ぎ。そこから山を越えて鶴甲(表六甲の地名でツルカブトと読む。神戸出身の人間で「つるこう」と読んだのはI平くらいのものだ)に戻ってきたのが8時30分を少し過ぎた頃だった。
モモ、ココと荷物を自宅に運び込み、田村正和が例の姿で画面に出てくるまでにビデオを挿入し録画ボタンを押す時間は充分にあった。
長男とゆっくりとビールを飲みながら11時まで「古畑任三郎」を楽しんだ。

「ちゃんとビデオ撮れましたんで。」
翌日オフィスに出たときにI平にそう言われ、
「え〜〜っとなんだっけ」・・・という言葉を一瞬飲み込んで
「あ、ありがとう。助かったよ。今日は家でゆっくり楽しむね」
精一杯の笑顔でお礼を言った。

「昨日の古畑は最後まですりかわったのわかんなかったのよね。」
毎年恒例の小野八幡神社へのお参りに行く途中でT女史がそう言った。
「そうなの?それ解ってないと面白くないじゃん。I平はわかってた?」
「僕は撮るのが一生懸命でほとんど見てないんっすよ」
「そうなんだ。じゃあ今日ビデオで見ればいいよね」
「はい、そうします」
テレビを見ていないはずの僕がストーリーを知っているのもおかしいが、ビデオを僕に渡したI平はどうやって見るんだろうか。

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