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※ 「うらじゅん(ブログ版)」はこちら。 http://ameblo.jp/urajunblog/ 4月28日 「Blue Monk」という曲が今日の課題だ。 恒例の「シラッキーギター教室」が午後7時30分から「森本硝子店」のスタジオで始まる。 「B♭7の構成音はなんですか?」 五線紙にすらすらとシラッキー氏は音符を書き込んでいる。 「ルート音はこれだから・・・3度の音わかります?」 「・・・・」 「じゃあ5度はどうですか?」 「・・・・」 こういうとき、勉強がついていけず次第に「え〜い!ぐれてやるぜぇ!」という気持になっていく少年になったような気になる。 ここがルート音で、ここが3度だから・・あ、こっち見ないで譜面見るようにね。 ついその手つきを真似てこの場からとにかく開放されたい気持になる。 B♭7→E♭7→B♭7+9・・・「ルートの半音上は?」 「ド、ですか?」 外人バーで話が通じず、つい「アイアムアペン」と言ってしまったような気分になった。 「半音上はナインスで、半音下がセブンス、ね」 心の中で「イエスアイドゥー」とつぶやいた。 で、なんとか循環のセッションをこなし、こなしというよりもしどろもどろといった方が合っているような気がするな、これは。 こんなに出来が悪いとブルーになっちゃうよ、文句のひとつも言いたくなるぜ、けっ! それくらい難しい曲です「Blue Monk」は・・・・え?今日はオチも調子悪いって?・・「イエスアイドゥー」 4月26日 予想通りの結果となってしまった。 雑誌の原稿がまだできていない。4項目あるうちの3項目はなんとか走り書きでワードに打ち込んで出力されたものを引っつかんで新幹線に乗った。 午後5時、六本木の雑誌社で打ち合わせがある。 新幹線に乗ったのが12時過ぎで、車内で赤ペン入れするかと思っているうちに寝不足がたたって熱海あたりまで寝てしまう。 東京に着くのが午後3時過ぎ。先に予約を入れておいた半蔵門にあるホテルにチェックインをしてそこで少しばかり校正をしてそこから地下鉄で20分ほどか・・・。 頭の中でスケジュールをたて、また東京駅まで寝てしまった。 スケジュール通りにいけば苦労はない。 思ったとおり何も出来ないまま雑誌社に着く。 他にも原稿を書いておられる専門家の方が5人ほど。 なんとか走り書きをした原稿の説明を終える。 ちょうどこの日、「耐震事件」(あえてこう書きます)に関係していた連中が逮捕される日となったわけだが、それについても原稿の内容に絡めて話題にはなった。 結果として何人かが逮捕されてそれで終わってしまうのか。それならば昨日書いたように原因が突き詰められていないゆえに、何の進歩もこの先はないままになってしまう。 僕としてはあまり過激ではないにしてもこういうことをちょっぴりとその原稿の中に埋め込んでおきたい、とひそかに考えている。 「で、小川さん。阪神大震災を経験した人として何か付け加えたいことはありますか?」 おっと、ぼ〜っとしてる暇はない。 「『何を学ぶべきか』ということについては、この災害の後で出てきた住宅のプランのひどさ、つまり偏芯率なんかまるで無視したようなプランを平気で作る人もいました。 喉元過ぎればもういいんだ、とかもうしばらくはこんなに大きな地震はないなどと考える人がほとんどで、結局他人事のように考えている、ということが問題でしょうね。 どうすれば被害を抑えることが出来るかといった基本的なところを考えるということと、不適格建物(現行耐震設計以前の建物のことです)に対して国を挙げてどういうふうに耐震補強を進めていくかってこともあると思います。」 学習能力のない国に対して言いたいこと絶対に書いてやるもんね。 原稿ボツにならないようにしなくっちゃ。 4月25日 耐震偽装事件の関係者に逮捕状が準備されている、というニュースが流されている。 「イー・ホームズ」の藤田社長がモニターに映し出されており、悔しさをかみ締めた表情が印象的だ。 ただこの事件に対して原因は何だったのか、そして今後どう対応していくか、というところについては混沌としている。混沌としている中には各派閥のせめぎ合いがある、ということが建築雑誌から読み取れる。 で、もうひとつ。 今日25日はJR福知山線の事故からちょうど1年が経った。 1年も経っているのに、JR西日本の社長は変わったようで、当時社長をやっていた男の姿はテレビからは見ることが出来ない。 ま、それはそれで譲るとして、この1年何か解決したのかってことを考えると何も解決してないじゃないの?とワタシ思うんですが、どうです? 何が原因だったのかということも明らかにはされていないと思うし、この先どういう対応をしていくのか、遺族への保障はどうするのかってことね。それとこれは意外と見過ごされてるんじゃないかと思うんだけど、車両をぶつけられたマンションにまだ住んでる人がいるってこと。 そういうのをすべてひっくるめて思うのは、この国っていうのは危機管理がまるでなされていないということと、何かが起こったとしてもそれを学習するってことがまるで出来ない国になっちまったな、っていうことをちょいと早めに自宅に帰ってきてビール飲みながらそう思いました。 自分もそうなじゃないかって?ワタシは自分の身は自分で守るよう努力をしとりますよ。 たまには冷えたビールを飲みながらでもね。 4月24日 お好み焼きを食べるときは、三宮の「どんぐり」か、三宮センター街はずれの「小町」に決めている。 両方とも小さな店ではあるが味の方はなかなかのものです。 夕食にお好み焼きをというときは、どうしても近い方の「どんぐり」に行くことになる。 この店は夫婦で店を切り盛りしているのだが、奥さんがもっぱら作るほうで、気の弱そうな旦那は出来上がったお好み焼きを運ぶ役まわりとなっている。 たまに出前の途中でどこかで道草をくっているのか店にいないこともある。そういうときに限って店の中が忙しく奥さんに電話で呼び戻される。彼が帰ってくる頃にはピークが過ぎているのだが。 憎めないキャラクターで、この二人がいるのでいつ行っても店はいっぱいだ。 「今日から世界卓球なんだよね」 「卓球は小さい方がいいのかな?こまわりききそうやしね」 カウンターに座っていたおばさんがそう言うと、 「背は高い方がいいわよ。手が長いほうがどこにきても返せるからね。」 店の中ではどちらかというと無口でしかめっ面をしながらお好み焼きを作っている奥さんがめずらしく流暢にしゃべった。 「卓球やってるんですね、あの人」 野菜焼きを口のほおばり、モヤシを口からはみ出させながらI平がそう言った。 「だからオヤジがボリューム上げたんだね、めずらしく。」 奥さんに気を使っているようだ。 隣でさっきからでかい声で話をしていた若い男二人が「卓球を見入る店の主人」にちょっかいをかけ始めた。 「どないなったら勝ちになるんやろなぁ、団体戦なん?」 「5人出て3人勝った方が勝ちみたいですよ」 「最初に3勝したほうが勝ちか?主砲が先に出てきて・・・」 「ちゃうがな、最初は先鋒やろ、次鋒に、中堅・・」 「そりゃあ柔道やがな」 下手な漫才を聞いているようで「トンペイ焼き」がまずくなってきた。 「コーナー狙わんとな、コーナーを。でもあんな球よく返すわ、な、おい!」 「そうですな」オヤジはひいている。 「コーナーでやな、シューマッハがリードしてて、そこにアロンソが抜きにかかる・・」 何の話してんだよお前ぇら。 「ピットに入ってからぐぎゃ〜〜とタイヤを・・・、で、ぐぇ〜っとこうなって、ばしゃぁぁ〜〜っと・・・」 I平は口からモヤシをとばして笑いをこらえている。 「メッサとばしよってなぁぁ」 なんなんだよ、その「メッサ」って。 テッサならわかるんだけど、「メッサ」って・・・(若い人たちの中での関西弁で『めちゃくちゃ』とか『とても』という意味、らしい) カウンターではオバサンたちが 「アイちゃんはやっぱり上手やねぇ」 「ペンの握り方は・・・」 「ハンドルをこう握ってやなぁ、メッサこうやってグギギギッとまわしてやなぁ」 「シェイクの場合はこう振って・・・」 「そうそう、コーナーで尻を振りながら・・・」 「で、アイちゃんが勝つ、と!」 「そや、シューマッハ抜いてアイちゃんが勝つと、グワッハッハッハ」 たまにはネギ焼きに冷たいビールでも飲みながらこういうふうに陽気になりたい。 4月22日 電話とメールの督促の日々が続いた。 「どんなもんですか?」ということだけの電話は、 「タダイマルスニシテオリマス。コノサキモシバラクシメキリヲスギルマデハルスデス。」 と留守電を装って対応し、難を逃れたとしても、 「どんなもんですか」とメールが送られてくる、夜中に。 居るのはわかってんだからさぁ、さぼってないでキリキリ仕事してくれよ。締め切りはずすんじゃねぇぞバカヤロー、という気持ちがその一言に込められている。 こっちだってサボってるわけじゃあないんだよ、締め切り守るためにやってんだから文句言わずにちんまり待ってろぃ!、とメールを送りたいところだが、そうすると居るのがバレてしまうので送らない。 そういう嵐がそろそろおさまるほどに仕事が仕上がってきたときに限って別の電話が入る。 「いつまで出来ます?来週?月曜の朝ね。じゃあたのんます。」 たたみかけるように別の督促が入る。 今日は週末土曜の夕方だから、こちらの督促に対する処理をしていかないといけない。 たまには土曜の夜は冷たいビールでも飲ましてよ、ね、お願いだから。 メールでまた別の督促が、 「お忙しいのはわかっているんですけど、何とか月曜の朝までにこれこれをお願いしたいのですが。よろしくお願いします。」 だからメールは嫌なんだよぅ。 「タダイマルスニシテイルノデショリハライシュウカラニナリマス」 メールでは決して留守電の代わりは出来ないことを送ってから気がついた。 4月21日 携帯で電話をしても、 タダイマルスニシテオリマスノデ・・・ ふむ・・・今出られないのか、ではメールを送っておくかな、と携帯のメールをポチポチと打つことになる。 基本的に僕は携帯でメールを打つのが苦手だ。 なぜならば、その姿を第三者的に見たときに決して格好のよくないものだとそう思っているからだ。それは思い込みに過ぎないかもしれないが、僕自身のライフスタイルの中では「格好の悪いもの、だから人前ではあまりそういう姿は見せたくはない」と思っているのですよ、アナタ。 で、ちょっと前置きが長くなっちゃったんだけど、それでメールを送るでしょ。そしたらすぐ返事が返ってくる。 なんだよ、これは。 電話だとすぐに怒鳴られると思ってるからなのか、しゃべるのが極端に苦手だから、メールの方が「オモッタコトヲツタエラレルカラデス」なのかわからないが、そういう姿勢自体とても失礼なことなのですよ、ということをこの際教えておきたいですね、ほんとに、もう。 4月19日 専門のソフトメーカーに勤めていたYと銀座のカフェで話をして別れた。 神戸に戻ってしばらくしてから彼から電話が入った。 「お客さんのところで入力したデータが全部消えちゃって、今その事務所で監禁されてるんです。」 「どうしたんだ?何でそんなことで監禁されなくっちゃいけないんだ。そこから逃げろ!」 「ダメなんですよ。違約金払えば解放するって言ってるんですよ・・・」 「お前の好意で入力して、結果として消しちゃったわけだろ?しょうがないじゃない、コンピューターはそういう可能性もあるんだから。何うじうじしてるんだ、Yらしくもない。早く逃げろって!」 「ダメなんです」 そこで電話は切れた。 建築構造専門のソフトを扱っている大手のメーカーで、彼はそのとき東京支社でも実力者として多忙な毎日を過ごしていた。そのYがどうしてそんな風な状況に陥ったのか全く想像がつかなかった。 また電話が入った。 「30万ほど払えば解放するって言ってるんです。」 「相手はたかが構造事務所だろ?ヤーさまの事務所で脅されてるってわけじゃあないんだから逃げられるだろ。そんなの相手にするな。」 「お金、なんとかなりませんか?」 「会社に電話して事情を説明しろって。どうしてもダメだったら何とかするけどさ。無条件で払うこたぁねぇぞ、聞いてんのか?」 また切れた。 この日を境に彼は変わった。 そのわけのわからない事務所からは解放はされたようだったが、 「明日でも東京に来てもらえませんか?事情はそのときに話しますから」 「急に言われても困るよ。それよりさ、なあYどうしたの?何があったのかもう少しよく説明してくんないかな。」 返事はなかった。 そしてその次の日彼は自ら命を絶った。それが3年前の今日だ。 建築構造の仕事に携わっている僕としては、事務所を開設する前から彼にいろいろと世話になり、仕事が忙しくなってきたときは彼によく手伝ってもらった。 その彼がどういう事情でそうなったのかそのときは全くわからなかった。 ふ〜〜む、ひょっとしたらこういうことなのかもしれないな、と思ったのは去年から世間を騒がしていまだに解決を見ていない例の「耐震偽装事件」が発覚した時期だった。 「飲む打つ買う」ということには縁がなかった彼がどうやって借金を作るはめになったのか、かなり細いのだが線がつながったような気がした。 とはいえ想像の域を超えるものではないわけだし、いまさら考えても仕方がない。 今日くらいはたまにはいっぱいやりますか、Yよ。 とここまで書いて気がついた。 とっくに12時を回っていたわけで、命日もとっくに過ぎちゃったということだ。 これから自宅に帰ってひとりでウィスキーを飲もうと考えている。 4月18日 「クシャ!っという音がそのあたりから聞こえたんですけど」 鶴尾君がオフィスで二人っきりのときに冷蔵庫のあたりを指差してそう言った。 「何かいますよ、ここ」 「あ、それ気のせいじゃない。もしくは良心の呵責がそういう音になって聞こえたんじゃねぇの?」 「何かイマセンカ」 「あんまり気にするこたぁない、それより仕事だ。」 とは言ったもののまあ、なにかいるかもしれないということはわかっているし、霊感の強いT女史などはだから夕方になるとさっさと帰ってしまう。 「なにかいるんじゃ・・・」 「最近は部屋の中が乾燥してるしね。気にしないことだ。」 3月の終わりはゴローちゃんの命日だったし、そういえば明日は3年前になくなった友人のYの命日でもある。 科学では証明できないことはこの世の中に数え切れないほどあるわけだから、たまにはそういうこともあるだろうと思う。 僕自身はそういう「感」というものは全くないし、あったとしてもこれほど仕事に忙殺されていると、現実に目の前にある「締め切り」の方が怖い。 クシャ!っという音を聞いた鶴尾君は今病院にいる。 4月16日 関西で育った人間にとって、笑いの原点といえば「吉本新喜劇」である。 逆にいえば、吉本新喜劇以外は笑えないという「関西人」は多い。 僕の場合は、吉本はもちろん好きで、「花木京」や「船場太郎」、「原てつお」に亡くなった「岡八朗」などは子供の頃からよく見ていた。 ただ、東京の漫才や落語も好きで、「Wケンジ」や「獅子てんや瀬戸わんや」などがテレビに出てきたときはかじりついて見ていた。 落語も「林家三平」が好きで、学生の頃は新宿の「末広亭」によく通ったりもした。 江戸系の粋な笑いのセンスは大好きなのだが、最近はその粋さがなくなってきており、東京も「吉本」系が浸透しているような気がする。 「江戸っ子」がその土地を追われ埼玉あたりに住みつき、地方から上京した成金が23区内に住むという現実を考えればしかたがないことかもしれない。 え〜っと、それで今日は何を言いたかったかというとですね、そうそう、これ。 http://blog.livedoor.jp/kemui/nakamura.html これは少しばかり江戸の粋さが入った笑いを感じさせてくれるもので、なかなか面白い。 20年ほど前に流行った「スネークマンショー」のような笑いのような気もするが。まあ一度聞いてください。 パソコンの先生の「クロ」さんから送ってもらったもので、感想を聞かせてくれということだったので、ここで書いておきます。 面白かった! 4月15日 どうにもやりきれない事件が多いのだが、栃木県警の失態がきっかけとなった「栃木リンチ殺害事件」は特にやりきれない。 宇都宮地裁の判決により被害者側の勝訴、ということがテレビで連日伝えられており、それはそれで当たり前のことだとは思うのだが、マスコミの伝え方にひどく疑問を感じている。 1999年に加害者が逮捕されてから7年。戦い続けてきた両親を美談化するばかりなんだけどさ、じゃあ加害者はどうなのよ,ってことが抜けてないですかぃ。 殺害される前の銀行での被害者の姿を公開する、というよりもどうしてその傍に座っていた加害者の顔にモザイクかけてんのよ? お涙頂戴で視聴率を取りましょう、ってことよりも本来マスコミのとるべき姿というのは真実を正確に報道し、悪を暴きたてるってぇのが筋じゃあないんでしょうかね。 どの局も同じような伝え方だ、というのも気になる。 切り口を変えることで各局の報道姿勢の違いがわかると思っていたのだが、どの局も一緒。 これだったら、NHKと民放1社で充分だと思うんですがね。 他のどの事件も同様で、被害者のことについては長々と報道する割には加害者のことはほとんど伝わらない。出てきてもモザイクやカメラアングルなどでしっかりと保護されている。 学習能力のない国と報道が変わらない限りこれから先もっと凶悪な事件は発生するであろうし、その数も増えてくるんだろうな。 比較的正確な情報は2CHで、という状況になっちゃうかもしれない。 4月13日 昨日に引き続き仕事のことを書く。 「ここには絶対に柱は必要ですよ。不静定次数の低い片持ち床の安全率を2倍までみるくらいだから、いくら梁成を大きくしたところで上階の荷重をすべて受けるとすれば、中央部でいったん塑性化した場合建物が不安定になりますよ。下の階まで柱は必要ですよ、ぜぇったいに」 「それはわかるんだけど、それを数値で証明を・・・」 「数値でというよりはこれは構造工学的なところで判断するべきものでしょう。デザイン上どうしても無理だというような理由なら、この仕事降りますので。」 言わなきゃいいようなことをつい口が滑ってではなく、本当にそういう気持ちで受話器に向ってそう言った。 自分でも確かに頑固だと思うし、途中で降りるっつうのは、なんだぃ、それわ無責任っつうもんじゃあねぇかい、あんたぁ、と言われるかもしれない。 ただ、「言われた通にやりましたが、それが何か?」 と言う方が無責任だと少なくとも僕はそう思っている。 ここまで言い切ったわけだから仕事なくなっても仕方がないと、現場の帰りの車の中でそう思った。 で、結果はどうなったかといえば、柱つけますのでという回答があり、今はその仕事をコツコツやっとります。時計はいつもどおり午前1時を回っている。 春を感じる余裕など今の僕には、無い。 4月12日 とりあえず手持ちの、というよりは差し迫った仕事のみを片付け、雑誌に載せるための原稿を書き始める。建築構造に関するテーマ4題をそれぞれ原稿用紙4枚ほどにまとめるという作業だ。 「切羽詰らないと仕事をしない」という性格のためか、まだ締め切りは少し先にあるという余裕からなのか、いっこうにはかどってはいない。 「ま、ある程度のストーリーは出来てるからなんとかなるか・・」 その頭の中を読まれたのか、電話が入る。 「25日か26日打合せしたいんですけど、どうですか?」 「そのときまでには原稿を・・・」 やっぱり早めに書いておいたほうがよさそうだ。 与えられた項目とは少し違ってはいるが、非常に気になる記事を週刊誌の中で見つけた。 「アスベストに漏水−なのに建て替えは『NO!』」(タイトルそのままです) という記事だ。 新幹線で東京駅へ着く前に「中銀カプセルタワー」という建物が見えるが、これがそうだ。 内容はというと、1972年に完成したこの建物は1990年に「日本建築学会賞」を、そして1992年に「日本芸術院賞」を受賞したのだが、内部のいたるところにアスベストが剥き出しになっており、漏水もひどい状況になっている。住民としては立替しかないでしょと具体的な検討を行っていた。ところが「日本建築家協会」というところから、 「東京には欠かせない景観のひとつだから取り壊さないように」という要望が出たというのだ。 景観を取るか人命を尊重するかを天秤にかければ出てくる答えは常識的にはひとつだと思う。 有名な建築家の作品であり、こういうアートを壊してしまうのはいかがなものか、と考えている人達がいるとすれば「本末転倒」じゃないのかぃ、と言いたいね。 建築基準法には、第一章総則の第一条に「・・・国民の生命、健康及び財産の保護を図り、・・・」 と謳われているわけで、こういった危ない建物に対してその保護を求めるというのは明らかに法律違反だと考えるのが普通なんだけどね。 こういうことを書き出したら、例の「偽装事件」だってことの本質は、ただ改竄しちゃった、というところにあるのではなく、事の本質はもっと別のところにあるというのが実際ではあるんだけど、こんなこと書いちゃったらまたいろんなところからご批判を受けそうなので、原稿を書くことにするか、と思ってもついこのことの延長になって結果ダメ出しを食らうことになる、とすれば、ヤバイヤバイ早く書いておかないと間に合わなくなっちゃうね。 4月11日 地下から銀行への階段を上がっているときに、上から降りてきた女性のスカートが強風にあおられ僕の目の前で思いっきりひるがえった。 こういう時、どういう態度をとればいいのか一瞬の内に判断しなければならないというのは男の悲しい性、だと思う。 少しばかり陽気な性格に出来ている場合は、 「ヒャッホ〜、今日は天気は悪いが運がいいや、ぐわっはっはっは・・」 となる。 そうではない場合は、少し眩しげな表情をしながら目を他へ向ける、という態度を取らざるを得ない。 悲しいかなそのとき僕は後者のほうを採ってしまった。 内気な性格を反省しながら外へ出て傘を広げた途端に、傘がひるがえってしまった。 こういうときは誰も無関心である。 「毎年、私の誕生日は暑いくらいなのに、今年は気候がおかしいわよ。ぜぇぇったいに地球の環境は変わっていってるわよねぇ」 今日はT女史のバースデイだ。 今日でいくつになったかはここでは書かない。書くとオフィスの「環境」が悪化するからだ。 「鶴尾」君が目を患って休んでいる。 「彼から連絡はあった?ない?何をやってるのよぉ、ったくぅぅぅ、あ、もしもしTです。 ええ・・」 どうやら両親のどちらかが出てきたようだ。 「で、目のほうは?そうなんですかぁぁぁ・・・はい、で、『つるおくん』はいますか? えぇ、『つるお』君と代わってもらえますぅ?」 あのねぇ、「つるお」というのは苗字であって名前ではないのですよ。 だから、親に向って「つるお」君と言っても、 「あの、わたしも「つるお」なんですが・・・」 となるはずなのだが、T女史の場合は「鶴雄」あるいは「鶴夫」になっている。 少しでもこういった陽気な性格が僕にあったならば今日はとてもいい日になっていたに違いない、と思う。 4月8日 コンタクトレンズを着けているものとしては、この春先が一番つらい時期でもある。 ランチを摂る為にオフィスを出る。 その角の「モスバーガー」がいいか、角を曲がってしばらく歩いたところにある「ケルン」のパンにするか・・ただあそこはひとり力強いオバサンがレジに入っててパンを鷲づかみにして袋に放り込むから袋に穴開いちゃう場合もあるから、その人がいたら別の場所にするか、などを考えながら通を北へ歩く。 山が真っ白になっている。 ここから見える六甲の山並みが真っ白にかすんでいるのだ。 雪じゃあないとすると、この時期お決まりの「黄砂」だと想像はつくのだが、それにしても異様なほどまでに山がかすんでしまっている。 その途端に両目に細かい砂が入る。 ハードコンタクトをしているものじゃあないとわからない痛みが局部的に走る。 まあ傍から見れば「泣いているオッサン」というふうに情けなく映るのだろうがこの際しかたがない。 なんとか涙で細かい砂を外に出すことに成功したのだが、エネルギーをこれに費やしちゃったことで一番近い「モスバーガー」を選んだ。 チリがいいかな・・チリと、あとはテリヤキバーガーください。 「すぐに出来ますからしばらくお待ちくださいね!!」 おなかが空きすぎて泣いているように思われたのかもしれない。 4月6日 「建築知識」という雑誌に記事を載せる、という仕事を引き受けてしまい(3月15日分参照)、今日はその打合せで東京へ向った。 打ち合わせ場所は「高田馬場」だ。 学生時代は下宿のある西武新宿線「新井薬師駅」からこの高田馬場で東西線に乗り換え「飯田橋」にある大学へ通っていた、こともあり待ち合わせの午後1時30分に余裕を持って行けると確信し、東京駅から中央線に乗った。 中央線「御茶ノ水」駅で総武線に乗り換え「飯田橋」まで行く。 「飯田橋」から東西線に乗り「高田馬場」へ行こうと考えていた。 飯田橋にあるお気に入りの店「尾張屋」で江戸前の(つまり出汁の濃いヤツね)天ぷら蕎麦を食べ、東西線に乗る。 「神楽坂」「早稲田」そして「高田馬場」となる。 高田馬場に着いたのが1時過ぎ、目的地は早稲田通にあるので歩いても10分も見ておけば充分だ。 余裕を持ちすぎたのが悪かった。 頭ではそう考えながらも、つい懐かしさと学生時代の習慣がそうさせてしまったのか、身体は西武新宿線に向っていた。 ドアが締まる寸前に気がついた。 ドコイクンダヨ、オマエハ。 左脳が身体に伝えたときは遅かった。 身体も既に気がついており、 コレハヤバイコトデスヨォ・・・・ 「中井」駅で降り、再び高田馬場行きの電車に乗り換える。 ハヤクイカナキャチコクデスゼィ 頭が身体にそう伝えはするが、身体がついていけない。 「何か考え事をしていたのであろう」というのが原因でボケ老人のようにふらっとどこかへ行ってしまう、というようなことに結果としてなってしまったわけだ。 目的のオフィスに着いたのが、午後1時30分少し前。 ネクタイを締めなおし汗をふき取ってから、 「はじめまして、小川と申します。」 これがプロというものです・・どこがプロやねん! 4月5日 出張前夜は忙しい。 目の前にある仕事に「とりあえず」のけりをつけるために深夜まで仕事をする。 FAX、メールを客先に送りつけておき、やっと自宅に帰って仮眠を取り朝一で出かける。 移動中に不足した睡眠を取り戻し、顔を洗って爽やかな顔をして相手先に向う。 いつもこんな感じだ。 明日は昼から東京で打ち合わせの予定が入っている。 そのために明日入ってくるであろう督促の電話を避けるための処理をし、メールやFAXを送る。 やっと終わった。 これで書類をバッグに詰めて・・・!!「会社概要」を忘れていた。 就職活動中に、朝起きてから履歴書を書くのを忘れていた当時の記憶が蘇ってきた。 4月4日 「中に入れるんですか?」 「エスコートする人がいるんで大丈夫ですよ。ただ身分を証明できるようなものがないとダメだけどな」 怪しい秘密クラブに入るための手段、ではない。 沖縄の嘉手納基地という場所がある。今何かと騒がれている場所なのではあるが、この中へ入れるということなのだ。 但し、身分を明らかにし何時から何時まで滞在するのかをゲート前にある事務所に届けておかないといけない。 沖縄の同業者、つまり構造設計に携わっている方と朝一から大きなプロジェクトの打ち合わせに出かけ、その後沖縄市に向かう車の中で僕にはよくわからない沖縄の方言で誰かとしゃべっていた。 「ちょっと行ってみます?」 「どこですか?」 「カデナ、って知ってます?ちょっと付き合ってもらいましょうね」 何のために行くのかはよくわからなかったが、めったに入れるような場所ではないだけにオーケーの返事をすぐに返した。 ゲート前で兵士がサングラス越しに車の中を覗き込む。背中にはアーマライト(M16)を背負っている。 「本物のライフルですよね。あんなので撃たれたら痛いんでしょうねぇ。」 同乗者は何も言わずにアクセルを踏んだ。 基地の中はアメリカそのものだった。 外周16kmほどあるということだから面積に換算すれば約20平方kmになる。 神戸市でいえば中央区くらい(26.42km)の、東京でいえば、新宿区(18.23km)よりも広いということになる。 道路は広く、芝生の向こうに宿舎や居住地区がある。車でその外周を走っていると金網越しに浦添市の道路が見える。つまり壁の向こうに日本が見える、という不思議な場所を走っているということになる。 「ここも行ってみましょうね」 「そこは戦闘機の修理区域だから入ったら撃たれるんじゃないんですか」 「おう、そうだった、危ない危ない」 シャレにならない。 ぐるっと回って入ったのがホットドッグやアイスクリーム屋が入っているショッピングモールだった。 カップに入って食べ切れないくらいの「キャラメルコーン・アイス」が200円ほどだ。 後ろでは黒人海兵隊、というようなおにいちゃんが「フアァァァリィイアプウゥ」というような表情で待っていた。 甘すぎるそのアイスを食べながら、 「で、今日ここに来た目的っていうのは一体なんです?」 「あ、おがわさんねぇ、今日はスナックのおねぇちゃんのお誕生日なのよ。ここのケーキは大きい上に安いんです。二つも買っちゃった。ハハッハ」 3月31日 まさかJR三宮駅から各停で京都まで行くとは思ってなかった。 加古川のあたりで人身事故があり新快速が不通になってしまい、各駅停車でしか京都へ行けなくなってしまった。 午前11時に京都の『地下鉄丸太町上がったところのカメラ屋の前』での待ち合わせは自宅を早く出たにもかかわらずギリギリの時間になってしまった。 「もう来ている」 と木陰から時間ぎりぎりに姿を現す「ゴルゴ13」のような余裕は、無い。 このところ遠方に出ることが重なり、今日は京都、来週は沖縄に東京とハードな旅を強いられることになっている。 中京区にある印刷工場の耐震改修方法について現場で打合せを行い、また神戸に戻る。 帰りは新快速は動いていた。 「耐震偽装事件」がきっかけで、昭和56年以前の建物が現行耐震設計に基づいていないので地震が来れば危ないんじゃないの?ということがやっと陽の目を浴びることとなった。 ただ現状としてはどうしようもないというのが事実だ。 どうしようもないというのは、地震が来たら倒れるかもしれないという建物は多い。 そのためには国あるいは各自治体が援助を施すということが当然必要となってくる。 で、現実はどうかといえばほとんど出ない。 例えば公共の建築物については、「耐震診断」してくださいね。時間かけてしっかりやってくださいよ。お金?もうこういうのは慈善事業みたいなものでしょ。でも仕事だしね、少しくらいは出しますから、ってぇのが現実で、提示金額見たらやる気なくなっちまいますね。 耐震診断判定委員会で難しい質問の嵐を受け、何度かのやり取りでやっと「判定診断書」という紙切れをもらう。この作業に対する報酬は「雀の涙」以下だ。 建前として、耐震改修やりましょう、いつ災害が来るかわかりませんからね。本音として、でも金出ないからね、であればそんな仕事やる人は当然いなくなってしまう。 だから、帰りの電車の中でどうすればそんな面倒な手続きを踏まないで改修が出来るかを考えていた。 答え?もちろん出しましたよ。そんな面倒な手続きを経なくとも簡単に改修できる方法を,ね。 どうするんだって?もちろん企業秘密ですよ、アナタ。 こういうこと書いてると役所から睨まれちゃうかな? 読んでるような役人がいたらこう言ってやりたい。 こんなブログ読んでないでもう少し実情にあった方策を考えたらどうなんだぃ。 |