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5月30日
国民年金不正免除、っていったいなんなんだい!
各地の社会保険事務所が社会保険庁の号令で数字を上げるためだけの操作をやってしまったってことでしょ?
指示じゃあないって村瀬っていう人は言ってたが、役人がこぞって「偽装」をやってたとなると、「耐震偽装」以上に問題あるんじゃあないですかねぇ。
見つかったからごめんなさいって風潮がここんところずっとあるんだけどさ、いくら日本が「ガキ文化」だといってもこの有様は一体なんなのさ,って言いたいね,ワタシは。
隠し通して見つからなかったらそれはそれで良し、見つかったら謝ればいい、ってことが政治家を筆頭にどの業界でも当たり前になってる。
殺人事件だって、被害者よりも生きている加害者の方に「人権」を与えるような流れになっているような気がするし、ついこの間の政治家(この際「家」ではなく「屋」と表現した方がいいと思うんだけど)の国民年金未納事件なんかもう風化しちゃってる。
情けない国になったと思う。
そういうときに「愛国心」という話題を出されてもいかがなものか、ってことになるんじゃあないかしら。

なんでこうなったかというと、チェックする機構が全くないからだと思う。
昔は村の集まりなんかでも、若い衆のテンションが高くなったときなどは、片隅から年期の入ったオヤジが「いや、それはよしたがいいぞ」と諭すのが常だった。
つまり、この「諭す」という役割を持つ立場の人間が居なくなったということだと思う。
うすら笑いをしながら国会で答弁をする一国の代表を「諭す」人、いないでしょ。
あまりこういう暗い現実をここで書くつもりはないんだけど、あまりにもレベルの低い事件、人が多すぎると思う今日この頃なんで、つい「愚痴をこぼすオヤジ」になってしまった。
奥さんと一緒に浮気発覚の会見に臨んだどこかのお馬鹿な市長が出てくる程度だから、今更嘆いても仕方がないのかもしれない。

5月29日
「生で食べたって?」

沖縄でいただいた「豚の塩漬け」を週末ビールを飲みながら食べた。
食べ方は説明してもらっていたはずなのに、
「そのまま食べるんじゃあなかったっけ?」
で、そのままスライスをして食べた。
若干硬くてしょっぱい感があるものの、いけるじゃない、とビールで胃の中に流し込んだ。
翌日は朝食時に少し焼いて目玉焼きに添えて食べたのだが、
「ん?ひょっとして昨日のはやっぱり生だったのかな?」
という疑問が湧いてきた。
「あれそのまま食べられますよね?」
と聞いたその答えが冒頭の言葉だった。
「ボイルしないとダメですよ。よく生で食べましたねぇ」
一緒にいただいた無農薬のゴーヤが中和してくれたのかもしれない。

5月26日
頭の後ろの方でかすかに聞こえる女子高生の悲鳴と左右に振られるような振動で目がさめた。
沖縄から関空へ向うJALの中でのこと。
僕の行動とともにしているような雨雲の中は気流が悪いらしく揺れが激しい。

クラスJの一番前のシートが確保できたので行くときと違って比較的楽な姿勢がとれる。
ただ僕の隣には身長190cmを軽く超えているガイジンのオッサンが座っているので肩身はとても狭い。
機体がまた激しく揺れた。
悲鳴がまた後ろで聞こえた。隣の大男は頭を抱えて前かがみになったままだ。
「ま、これくらいならばだいじょうぶでしょ」
飛行機慣れをした体裁を取り繕うように新聞を広げた瞬間にまた大きく揺れた。
「や、やばいんじゃあないんですか・・」
不安な気持になったその瞬間に、こちらを向いて座っていた「フライトアテンダント」と目が合ってしまった。
こういうときが一番恥ずかしい。

「今度はコーヒーでも飲みましょう」
前回訪れたときは僕の方には視線をあまり向けてくれなかった設計事務所のT氏が打合せが終わり帰ろうとした時にそう言ってくれた。
こういうふうに言ってもらったとき、やっと仕事をしたという気持になれるものだ。
ドスン!という振動とともに機体は関空の地に足を下ろした。
「熱いコーヒーが飲みたいぜ」
そう思った瞬間に、隣のオッサンの大きな荷物が棚から転がるように僕の目の前に落ちてきた。

5月25日
「そうだ、これちょっと飲んでみない?」
彼が指差した先には、大きなビンの中にとぐろを巻いた「ハブ」がこちらを恨めしそうな顔をしてアルコールに浸かっていた。
「ハブ酒だよ、ハブね」
「飲めるんですか?」
「ちょっと強いんだけど、のめるさぁ。おねぇさんあれ何度くらいある?」
「それほど高くは・・40度くらいかなぁ」
「そっかぁ、じゃあ小川さん飲めるさ。ググッとグラスに注いでやって」
少し大きめな透明なグラスに、勺ですくって流し込んだ。
勺の先がハブの頭にコツンと当たった瞬間にチョロッとハブの尻尾が動いたような気がした。
「一気に飲んだ方がいいですよ。ちびちびだと飲めなくなるから」
匂いを嗅いだがそう悪い匂いではない。
思い切ってグイッと喉に流し込んだ。
カウンターに座ってビールを飲んでいたアメリカ人が、
「WAオオオオオオ〜〜〜」
と目を丸くしていた。
「ハイ次ね、おねぇさんフィリピンビール持ってきて」

沖縄市、旧名称で言えば「古座市」というところの外人バーで仕事の打ち上げをした。
米軍基地が近くなのでこのあたりの飲み屋はアメリカ人ばかりだということで、確かにカウンターに座って飲んでいる連中はジャンクな英語でビールをがぶがぶ飲んでいた。

神戸空港からのチケットはまるで取れないような状況で、伊丹空港にかろうじて沖縄行きの飛行機が残っていた。この時期に何で?という疑問は空港ですぐに解けた。
かろうじてリザーブできたANAは修学旅行の団体が2校も詰め込まれていた。
3列席の真ん中、窓側には小さな子供が母親に抱かれて座っている。ぎっしり押し寿司のような状態で詰め込まれたまま沖縄へ向った。

いつものごとくタイトなスケジュールで、沖縄市のT氏のオフィスで仕事を終えたのが午後7時過ぎ。沖縄のきつい陽射しを期待していたのだが、ついた途端にシャワーのような土砂降りで、いっこうに止む気配はない。
「ちょっといっぱい飲んでから帰りましょうか」
その結果、「ハブ酒」となったということだ。

「ところで小川さんっていくつなの」という話になり、僕よりも少なくとも5つほどは上だとここ10年ほど思っていたその人は、実は僕よりも4ヶ月ほど下だったということを聞かされた。
その日が彼のバースデイだったので「ハブ酒」で乾杯となったということなのだが、修学旅行生と押し寿司と土砂降りの日、そして「オッサン顔」の人が僕よりも実は年下だったということ、と、「ハブ酒」のアルコールが体内を駆け巡ったおかげでホテルに着いた途端にベッドに倒れこんでしまった。
沖縄の一日は早い。

5月24日
TULIPというバンドを知ったのは高校を卒業する頃だったと思う。
当時流行っていたフォークソングとは少し違った感性で、彼らが創り出す音がとても斬新なものに僕には聞こえた。時には懐かしさを覚えるようなサウンドでもあり、今でも仕事をしながら「魔法の黄色い靴」や「あいつが去った日」などを聞いている。
そのTULIPも初期のメンバーから何度かメンバーチェンジを繰り返し、最後にはリーダーの財津和夫氏以外はすべてサポートメンバーという状態だったらしい。らしい、というのはメンバーチェンジの2期目あたりから音楽性が変わっていったので、僕の興味も彼らから離れていった、ということに他ならない。
長い間同じメンバーで仕事をやっていれば、方向性の違いが出て来るのは当然のことだと思う。TULIPの場合は一度に主要メンバーが3人脱退したわけだからワンマンの財津氏にとってもショックだったに違いない。

今の僕にそれを置き換えてみると、オフィスを始めてからいつの間にか11年を経て、6月で12年目に入る。
メンバーチェンジも何度か繰り返した。そして今もメンバーが変わろうとしている。
「いやぁ、おたくの事務所も始めた頃は小さい仕事でも何でも引き受けてくれたのに、今はダメでしょうねぇ」
時々そう言われることがあるのだが、そんなこたぁありませんぜぃ。
気持ちは今もその頃も変わってはいない。ただ、仕事を選ぶようになったということだ。
嫌な仕事は引き受けない?そういう意味じゃあなくって、上からモノを言うような相手とは仕事は極力しないようにする、ということを心がけるようになった。
それだけです。
何度かのメンバーチェンジをすることで「方向性が変わっていくリーダー」のようなものではなく、むしろ「頑固なオッサン」になってきたのかもしれない。
気がついたらすべてがサポートメンバーだけだった、というのも困るので、嫌なことがあっても夜中に椅子を蹴飛ばすようなことだけはしないようにしなくっちゃね。

5月23日
「この部分はこういうふうに変えますので。・・・・ここはもう少しわかりやすく表現をしてください。・・・具体的に言えばどういうこと?・・・・表形式にまとめてもらえませんか。」

雑誌の原稿を書く、という作業はやはり自分に向いてはいなかったと今更ながら後悔をしながらも、やっと加筆訂正を終えた。
自由気ままに思ったことが書けるブログとは違うのは当たり前だが、起承転結を意識しながら、むしろ客観的に見ながら何度も原稿を書き直すというのは大変な作業です。でも、それを添削する雑誌社の方はもちろんもっと大変だと思う。
僕のような、ワープロ+「這ったような字」+文章で表現できないので「絵」にしました、ような原稿は、破り捨てたくなるところをググッと我慢して添削をし、メールで送る。きっとストレスが溜まったことだと思います。・・・おっと普段使い慣れないデスマス調がまだ残っていた。
まあとにかくとりあえずは終わったので、気が抜けている。
やっぱり「こっち」の文章の方が自分には合っていると思う。
合ってるんだけど、今日は書くネタがなくなっちまったぃ。

5月22日
「あのですねぇ、この間電車に乗ってたらですねぇ・・」
セイラちゃんがランチ時に話し始めた。
「えぇとですねぇ・・」
「うんうん、はいはい、なになに?それで、ふ〜〜ん」
隣で口からおにぎり大の米粒を飛ばしながらT女史は合いの手を・・それじゃあしゃべれないでしょ!
彼女の言葉をそのまま書いてしまうと夜が明けちゃうので、かいつまんで書きます。

電車の中で酔っ払いのオッサンが二人で大声でしゃべっている。
その向かい側に座っていた女性がたまたまかかってきた携帯電話に出た。
その途端にオッサンたちが、
「ねぇちゃんよぅ、電車ん中で携帯で話しするっちゅうのはよぅ、迷惑だろうが、おぅ!」
大声で怒鳴った、ということらしい。
どっちもどっちだって話を、T女史の米粒を交わしながら話をしていた。
話し終わった時点でランチタイムはとっくに終わっていた。
T女史もそのオッサンたちとあまり変わりはなかった、ということを彼女はきっと言いたかったんだろうね。
・・・・と、こんなことかいてたら怒られるので閑話休題、です。

ことほど左様に、その酔っ払いのオッサンたちは別として、「迷惑する携帯」は増えている。

「えぇ!今御影過ぎたところやねん・・・あ〜〜〜はいはい」

阪神電車の下りで僕の向かいに座っていたオバハンがけたたましい呼び出し音の携帯を取り出して話し始めた。
「で、なんやってよぅきこえへん〜〜〜えぇぇ?ばんごはんかいなぁ・・チンして・・・えぇ?チンしていうとんやんかぁ」
でかい声だから、そのオバハンのライフスタイルというのかプライベートなことが手に取るようにわかってしまう。
こういうのはわかりたくはない。
で、このまま阪神の特急電車は三宮へ向う。

「なんやって?きこえぇへんがぁなぁぁ」
そりゃあそうだって、岩屋あたりから地下潜ってんだから。
「ま・・・詳しいことは着いてから話ししよか」
じゃあ、今までの話は一体なんだってんだよぅぅぅ!

5月18日
京都で浪人生活を始めたのが18歳の頃だった。予備校に通ったものの目標が全く定まらず、将来への見通しも漠然としていた。
下鴨神社の近くの学生寮(1階が山崎パン店になっていた)で受験勉強をしていたのだが、当時の予備校生に漂うなんとなく「道を踏み外しちまったぜぃ」的なところがあり、勉強の方は試験前にならないとデスクには向わないような惰性的なところが僕にはあった。
部屋にはテレビもないので、3階の部屋から1階の母屋に降りて行き、金曜の夜だけこっそりとひとりでテレビを見せてもらっていた。
この時に見ていたのが「助け人走る」で「中山文十郎」役の田村高廣が大好きだった。
その憧れの役者が16日に亡くなった。
相棒の「辻平内」役をしていた中谷一郎も2年前に亡くなっている。
いい役者がこの世を去るペースが速くなってきたような気がする。というよりも職人気質の「いい役者」が最近はあまりいないからこそ、年齢の高い人たちが目立ってしまうのかもしれない。
それよりも、その役柄を創る側の「職人気質の人たち」も少なくなってきているということなのかもしれない。

僕が属している「構造設計」の世界も考えてみれば「職人気質」の人間は減ってきているのは事実だ。
こういうときはあまり難しいことは考えずに「必殺シリーズ」のDVDでも借りて帰ることにしようと思う。

5月17日
「今度オフィス移転するんだよね。かなり広くなっちゃうんだけど、その一角使ってもらっていいよ。」
「そうですか、ありがとうございます。じゃあ、こうしましょう。もう少し僕に時間をください。3ヵ月後にそのときの仕事量と売上を見てもらいます。家賃を払えるくらいだと判断してもらえるならばそのときにもう一度お願いします。」
「はいよ」

2ヵ月後に手書きで作った物件名と、予定金額として500万と書き込んだメモを持ってその事務所を訪れた。
「家賃払えなくなったら追い出してもらって結構です。」
「小川さんのその気持ち、買いましょ。それにしてもこんなに具体的に書いて持ってくるとは思ってなかったよ。その一角ね、明日からでもいいからさ。」
神戸市役所近くの「三宮ファーストビル6階」にそういういきさつでこっそりともぐりこんだ。

そのデザイン事務所の所長とはそれ以来いい仲でよく飲みに行った。
夜中は一緒にオフィスで飲みながらテレビを見たり、鍋をつついたりもした。
それが今から11年前のことだ。
その後すぐに阪神・淡路大震災でオフィスはひっくり返され、残骸を片付けながら仕事をした。

そこから紆余曲折しながら、「三宮ファーストビル6階」の間借り生活から隣の部屋に移り、そして3年前にもう少し三ノ宮駅に近いこの「マークラー神戸5階」に移った。
「構造屋さんで、こんなところに店構えてる人は初めて見ましたよ」
はいはい、そうですか・・・こういうふうにいう人には何を説明しても無駄なので 「企業努力です」とだけ答えるようにしている。
「バカヤロウ!!こんな広いとこ借りやがって、見栄はりすぎだってんだよぅ。おぅ!!」
そういうふうに温かい言葉をかけていただいた、今は違う要職についているK社のY部長(当時)には感謝しながら、その経緯を全部説明をした。
「そういうことなら・・・しゃあねぇやな」

まあ、そういうわけで督促に言い訳しながらも、周りの人たちに感謝しながら相変わらず遅くまで仕事をしている。

「デスク借りていいですか?」
元所員のA女史から電話が入る。
「かまわないよ。月々の家賃はと・・・儲かるまでは『イカの酢漬け』作ってきてくれればそれでいいや。」

5月15日
期限ギリギリなのに、「保有水平耐力」が出ない。
つまり例の事件で世の中に出てきたいわゆる建物の地震に対する安全率「1.0」以上になかなかならないのだ。
「まだですか?」
相手からの督促の電話及びメールが入ってくる。
この梁のスパンが大きすぎるのでヒンジ(つまり壊れちゃうってことね)がすぐに出来てしまう。結果として全体の耐力が不足している。
どうすればこの問題を解消できるのか・・・・
いろいろと工夫を凝らして新たな数値を入力する。ちょっと数字を変えると今度は別の階の耐力が足らなくなる。
すべて「1.0」以上としなければならないのが仕事なのだが、設計というところのものを主としてはいないプログラマーが作成したソフトであるがゆえに融通が利かない。
はっきりいって、このソフトで出力された結果がすべてだ、とされる風潮にはいい加減閉口してしまうことがある。それに時々バグがあるのか、エラーメッセージが画面に飛び出してくる。
「ゲームの裏技探してるみたいですよぉ」
I平がそう言った。
確かに、この作業にかかわっている時間はとても長く、その割には建設的ではない作業なので、
「もうやめちゃったら?意味ないしねぇ」
と天使のささやきが聞こえてくることもあるし、
「これやりきらないと報酬無しだからね」
悪魔のささやきも聞こえる。
そういう葛藤の中、一応自分の中で理屈が通る程度の流れを見出し、そしてやっと結果を出した。

この作業を終えるといつもヘロヘロになっている。そして2度とやりたくないぜ,こんなもん!と毎度毎度思いつつ、それを商いとしている限りは避けては通れない。

さてと、今度は遅れがちの雑誌の原稿を書かなければならない。
え〜〜っと、残っているタイトルは、と・・・・

「『1.0』の安全性とは?」

5月13日
「こんな時間のかかる人は初めてだぁ・・・じゃあ、最初っから、ワン、トゥ、スリー、フォゥ・・」
先生がため息混じりにそう言った。
「へたくそ、ジャマなんだよぅ、全然先にすすまねぇじゃねえかよぅ」
ピアノを弾いていたガキがそう怒鳴った。

といっても「シラッキーギター教室」のことではない。
「スウィングガールズ」という映画で、「高校の先生(竹中直人)がヤマハ音楽教室でサックスがあまりに下手で周りから怒鳴り散らされる」シーンの1場面のことである。
アンガールズ、ではないのでそこの君、早とちりしないように。

ここだけの話でこっそりと打ち明けると、僕はこの映画が好きだ。
「邦画はほとんど見ませんね、えぇ。やっぱりアメリカ映画の比ではないでしょ。アメリカ映画はビジネスであり、邦画は娯楽という感覚だからお金のかけかたも違うしね・・」
といいながらも、夜中に隠れてこっそりと「ミナミの帝王」を見ているのであまり大きなことは言えないが、それでも
「邦画といってもVシネは別!やっぱり現実的な世界を生々しく描いた、男の世界だぜぃ、というのはえいがだぁ!」
と言い張ってきたのだが、このアンガールズ・・いや違った「スウィングガールズ」は別だ。

主演の「上野樹里」の笑顔と表情と身のこなし方、動きがいい、と言っちゃうと、なんだよそれ、ミーハーなオッサンじゃないのつまるところはさ、と言われそうなので、そういう意味ではないとだけ前置きはしておこう。
映画の題材としての音楽を「ジャズ」に持ってきたところが邦画としては斬新で、しかもそのスタンスを高校生のジャズバンドに置いたというところがいいんだよねぇ。それになんといっても映画の中で出演者全員が「スウィング」しているところがいい。
脇役に「谷啓」などが出ているところがなお良い。
ほめすぎのおすぎ、のようになってしまったかな。

今日はこの映画を見ながら仕事をしていたのでずいぶんと仕事は「スウィング」した。
それだけが書きたかったんだ、今日は。

※ 気の弱い役柄で「真島秀和」が出ていたのだが、「雀鬼」シリーズでは血の通っていない雀プロを演じていた。これだから「Vシネ」はいいんだよね。

5月11日
「この詳細図なんだけどさ、考えて書いたの?ぜんぜんおさまってぇないんだけどねぇぇぇ」

昔のように、頭んなかぁカニ味噌でも詰まってんじゃないのかい?なんて言っちゃうと今の若い人は裸足で逃げ出しかねないので、その言葉はグビッと飲みこんだ。
締め切り間際はたいていこういう感じではあるが、このときはその締め切りを過ぎて提出した後にチェックをしているときに気がついたので最悪だった。
週末の土日もすべてこの図面訂正に追われ、そして提出。
こういう日々が続くと誰でも嫌になるのは当たり前だ。ただそれが現実に出来上がったときはその苦労は報われるものだ。

「小川さん?今ね、現場に来てるんですよ。今日がオープニングなんでね。人が多いんだけどなんとか写真撮ろうと思ってます。撮ったら送るね。すご〜〜〜くきれいですよぉ。」
出来ればそのオープニングに参加したかったのだが、場所が沖縄だけに無理だった。
全国的にチェーン展開をしている結婚式場「ワタベウェディング」のチャペルが読谷村に今日オープンした。
「この場所だったらいうことはないですよね。目の前に広がる真っ青な海。ここに白いチャペルが建つんですから、そりゃあ全国からカップル来ますよ。あ、小川さんも今度結婚式挙げるんだったらここでどうです?」
更地の状態で、土質の耐力試験をしているときに現場でそう言われた。
まあ、そうも言ってみたくなるほどのロケーションだ、ということは確かです。
今はネットで見るくらいしか出来ないけれど、近いうちに訪れてみようと思っている。
もちろん、ひとりでだけどね。

5月10日
アリナミンVと目薬とセサミンEなどの力を借りて山積みされた仕事を片付けている。
今やっている仕事と必ず違う用件で電話が入る。決してその仕事に関する電話は入らない。
そういうふうに出来ているのかね、この世界は。

「えぇ、ちょうど今そこをやっていたところなんですよ。ハイ。いいタイミングですよね。
もうすぐ送れますので、ハイ、ハイ、失礼いたします。」
となれば電話の向こうの担当者は安心する。
「すいませんちょっとその資料は今手が届かないので折り返し電話させてもらいますよ。」
「口頭ではちょっと理解しがたいところもあるんで、FAXかメール送ってもらえます?」
で、とりあえず逃げる。

「あのねぇ、確かにスケッチはいただきましたよ。ただね、スパンの設定がおかしいんですよ。11mの隣が3mで、また11m。これが構造のわかる人であればまだ話は出来ます。でも、全くわかってない『デザイナー』っていう人がプランに合わせて邪魔にならないところに柱置いてるだけでしょ。断っちまいましょ、そーゆーの」

合間にまた無茶な電話が入ってくる。

「え?以前はその程度の部材で出来たのに今回はどうしてそんなに大きな部材が必要か、ですって?以前、というのはいつ頃・・・?え?10年前?・・・やめましょ、はい。以前出来たのに、どうして出来ない、なんていう人ね、お付き合いやめましょ。ね、その方がお互いに無理なく・・・え?・・・どうしてもって?・・・じゃあどんなことでも見事にやってのける『あの人』に頼んだらどうです?ワタシできませんもんね」

ストレス係数が高まってくるのが自分でもわかるので、いったん外に出て深呼吸をする。
戻ってきた途端に、
「・・・5月10日までに加筆お願いします・・・」
10日って・・今日じゃん。
まだ数時間ある、と思ってしまうところが悲しい習性なんだろうね、きっと。

5月5日
オフィスで仕事をし、たまたま少しばかり早く帰ったらテレビでプロボクサーの亀田兄弟の試合をやっていた、という程度で見ていたのだが、なかなかスピードのある試合でつい見入ってしまった。
彼らの言動については賛否両論だが、インタビューなどを見ているとある程度は作られたものだとは思う。ただ、目上の人に対してタメ口をきくというのはスポーツマンらしからぬところで、基本的な礼儀をあのオッサンは彼らに教えてはいない。強ければ許されるということに対しても限度はあるわけで、なんでもかんでももてはやしてしまうマスコミとそれに群がるオバサン連中(いや、若い女性もいるけどもさ・・)は、一体なんなんだよ。
一番気になるのはあの目つきだ。本当に強い男というのはああいう目ではないと思う。
単に睨みつけている弱いチンピラのような目つきが、まだ本物ではないということを証明しているんじゃあないかしら、と個人的にですよ、個人的にですね、僕は思っとるわけですよ。
小泉首相の場合も、小泉チルドレンの場合もそうだし、堀江のライブドア事件の場合もみんな騒ぎ方同じじゃあないのかなって、こどもの日にもう少し国民性がガキ文化から成長してもいいんじゃあないかなって心から思ってるんですがね。

5月3日
なんなんだよこれは、いったい!

自宅の駐車場の前の道路に駐車している車のことだ。
「ベンツ」に「オペル」「BMW」に「クラウン」が並んで路上駐車している。
あのねぇ、まあ駐車場が少ないのは日本の住宅事情が悪いことから始まっているのと、そこら辺を同業者の「建築意匠屋」の計画をする際の意識の低さからだってことはわかってるんだけど、どうして外車に乗ってるのに路上なんだよ。
アルマーニのスーツを着て、カプセルホテルに泊まってるオッサン、みたいな状況ですよ、アナタ。

三宮方面から北野町へ向う、つまり北野坂を上がっていくところは路上駐車がひどくて1車線状態となっているのが常だ。だから渋滞もするのでここを通るのは極力避けている。
たまたま通らざるをえない状態のときに、目の前を車がフラフラしながら出てきた。
「コイツはヤバイや、相当酔ってるな」
北野坂に整然と並んで路上駐車している車の群にその車は突っ込んでいった。
「ヤバイですよ、これは」
突っ込む寸前でハンドルを切ったのか並んでいる車に次々と当たりながら坂を上がっていった。
アクション映画を見ているようでスカッとした。他人事ですもん。
「なんなんだよ、あれ」
とその当時は思ったのだが、目の前に並んだコイツらを見ているともう一度あの車の登場を心の中で願ってしまった。

5月2日
明日から週末までがいわゆるゴールデンウィークってことになる。
その間に処理しておかなければならない仕事は山ほどある。もちろん雑誌の原稿もまだ手をつけられないままデスクの上に資料が置かれたままになっている。
「連休明けてからでいいですから、まだ時間あるでしょ。ね、それまでに頼みますよ。」
こういうふうに電話で聞いているとまだまだ時間があるように思えるのだが、今週いっぱいってことだから時間はとてもタイトなわけだ。
ま、そういうわけで、今年のゴールデンウィークってヤツとは縁がなくなってしまった。
毎年思うことなんだけど、こんなに多くの人が移動する時期にどうして無理して動かなきゃいけないんだってことをね、デスクの上に足投げ出して考えております。
神戸も週末から他府県ナンバーで王子公園あたりは溢れかえってたもんね。
「奈良」「なにわ」「京都」あたりはまだわかるけど「三河」や「愛媛」ナンバーのワンボックスカーなんかがもう勢いよく突っ込んでくるもんだから危なくってしかたがない。
駐車場には「札幌」まであった。
「神戸」の肩身が狭い時期でもある。
早くこういう状況が終わってくれるのを待つしかない、いやいや、この状況の間に仕事やっておかないと間に合わない・・・
どっちなんだよ!

5月1日
「パソコンの画面が眩しいし、長い間仕事していると頭痛がするんです。」

そういってT尾はしばらくオフィスに出てこなかった。
根性が足らん!と言ってしまえばそれまでだが、以前仕事をし過ぎて身体を壊してしまった「カオナシ君」は記憶が時々途切れることがあったと言っていた。
「でね、T尾君のパソコンのモニターに電磁波カットのシールドを取り付けたらその症状なくなったのよ」
T女史がそう言った。
コンピューターが広く普及したのはインターネットというものが使えるようになってからだから、ここ10年ほどのことだ。
まだ症状としては表れてはいないがこれから出てくるであろう原因不明の病気、というのか,まあ花粉症もその種であり、病院へ行っても原因がよくわかんないんだけどおかしいんだよね、というものが「電磁波障害」だと思う。
どういうものかといえば、パソコンや携帯から常に発生している電磁波ってものが人体の、特に脳の機能低下をもたらす原因となっているということだ。
結果として、アレルギーや体調不良を引き起こす。イライラしたりするのもそのひとつらしい。特に携帯電話は電磁波が強いので身につけるのはよくないということだ。
シャツのポケットに入れたり、首からぶら下げている人もよくいるが(これだけはしたくないファッションだと、僕は思っているのだが・・)、これはよくない。心臓に徐々に影響を及ぼしていくらしい。
え?アナタはどこに携帯してるかって?
実はズボンのポケットに入れておくのが今までの習慣でした。
「そんなことしてたら下半身に・・・」
電磁波博士のT女史はそこまで言って口をつぐんだ。
「・・それはよくない。出来れば身体から1mくらい遠ざけておかないとね。」

あまり神経質になることもないだろうが、電磁波に「被爆する」という感覚になってきているので、できるだけ携帯くらいは身体から離しておこうと思う。
・・・と書いているそばから携帯に電話が入った。
相手は遠方の長電話好きなオッサンである。

「あ、オガワさん、じつはねぇ・・・」

被爆したくないんだけどねぇ・・・。

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